1-60 犯人は……
「大丈夫かい?」
レイナルドから心配そうにかけられた言葉にレオンは苦笑する。
どうやらさきほどのサンチョとのやり取りをしっかりと見られていたらしい。
「はい、大丈夫です。すみません、見苦しい場面をお見せしました」
「いや、気にしなくていい。それから彼のことは私が責任をもって面倒を見るから心配しなくていいよ」
「ありがとうございます。お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
レイナルドが請け負ってくれるならサンチョの今後を心配する必要はないだろう。レオンは彼の好意に甘えてお願いすることにした。
そうしてサンチョの件がひと段落するとやはり気になるのは、火事が起きた原因だ。
「それで……何があったのですか?」
レオンがそう尋ねると途端にレイナルドは表情を険しくする。その表情を見てレオンはこの火事がただの事故でないことを悟った。
「…………レオン君、落ち着いて聞いて欲しいんだが……」
「レイナルド殿、それは私から説明しましょう」
レイナルドがためらいがちに説明しようとしたところで、横にいた衛兵隊長が声をかけてきた。
レイナルドが確認するようにレオンへと視線を向けて来たので、レオンが了承の意味を込めて頷くと彼は「お願いします」と衛兵隊長に声をかけてその場をゆずった。
そしてその衛兵隊長から聞かされた話はレオンの想像以上にきな臭い話であった。
ことのきっかけは昨日の夕刻。
ムゼッティ商会の主バシリオが、裁きを待つ罪人である息子テオバルトに面会に行ったところから始まった。
地下牢での面会が終了しムゼッティ商会の馬車が城を去ってから数時間後、牢番の交代の時間になってからようやく事件は発覚した。
交代のために地下牢へと降りていった兵士たちが目にしたのは血の海に横たわる無数の死体であった。看守を務めていた兵士たちに罪人たち、そしてバシリオとその側近までもがその場に横たわっていたのであった。
すぐさま衛兵たちが招集されることとなったのだが、その頃にはとっくに日も暮れており大半の衛兵は帰った後。必要な人員が揃うまでにかなりの時間を要することとなった。
そのため現場検証は遅々として進まず、いくつかの死体が足りないことが発覚したのは日付が変わった後のことであった。
死体が残っていなかったのは4名。
テオバルトとその取り巻きが2名、そして牢番の兵士が1名であった。
他にもムゼッティ商会側の人間が現場にいたのかもしれないが詳細はわからない。
そのため現場にいたことが確実なこの4名だけがひとまず指名手配されることとなった。
しかしその捜索が始まる前に第2の事件が発生する。
それがトーレス商会への放火であった。
深夜ということもあり発見が遅れ、消火のために人が集まったころには建物全体へと燃え広がっており手遅れであったそうだ。
ちなみにサンチョはムゼッティ商会からの報復を心配したレイナルドの提案で、サルガード商会の人たちと同じ宿に泊まっていたため難を逃れたそうだ。
怪我を負っていたのも駆け付けるときに転んだからであり、特に心配はないとのことであった。
そして明け方、ようやく消火活動が終わり改めて逃走したと思われる4人の捜索が行われようとしたところで第3の事件が発覚した。
南門の夜間警備をしていた衛兵が何者かの襲撃を受け4名のうち3名が死亡、1名が行方不明とのことであった。
門が開け放たれていたことからテオバルトたちが町の外へと逃走したとの見方が濃厚、行方不明の衛兵は共犯の可能性が高いとの見立てであった。
すぐさま捜索部隊が編制され現在に至るまでテオバルトたちの捜索は行われているそうなのだが、今のところ発見されたとの報告は入っていないとのことであった。
衛兵隊長の話を聞き終えてレオンは思わず頭を抱えたくなったが、その前に聞いておかなければいけないことがあった。
「それで……うちに放火したのはテオバルトたちということで間違いないんですか?」
「ああ、我々は一連の事件は全てテオバルトとその一味の犯行で間違いないと見ている。行方不明の衛兵たちも普段からテオバルトと親しくしていたとのことだから、恐らく共犯で間違いないだろう」
「しかしそれでは父親のバシリオが殺されていたのはおかしくないですか?他の囚人たちも死んでいたそうですし……」
「そこは難しい所なんだが……テオバルトを牢から逃がそうとした際にもみ合いとなって衛兵に斬られたのではないかと私は見ている。他の囚人たちは口封じだろうな」
「…………バシリオ自身がもみ合いに参加した形跡があったんですか?」
バシリオを逃がそうとしてもみ合いになったというのは分かるが、用心深いバシリオがそんな状況で前に出るとは考えにくい。強引に逃がそうとするなら用心棒にやらせて自分は後ろから指示を出すタイプだろう。
レオンが疑問を口にすると案の定、衛兵隊長は嫌そうに眉をしかめてからため息を吐いた。そして険しい表情でレオンを見ながら口を開く。
「いや……それがバシリオ自身は一撃でバッサリとやられていて服装も乱れた様子はなかった。だからお前と同じように違った見立てをする奴らもいる」
「すみません、別に疑っているというわけじゃないんですが……」
「ああ、別にかまわん。俺もおかしいとは思っているからな」
「そうですか。でも確かに他の可能性というと……」
「ああ、そっちも微妙な見立てでな。処刑の恐怖から錯乱したかテオバルトが殺したんじゃないかというものだ。もしくは釈放されないことで父親を逆恨みしたんじゃないかというのもある。聞いたとところによると牢に入れられている間もテオバルトはかなり情緒不安定だったそうだからな。……まぁどちらせよ我々がやることも、テオバルトたちが捕まれば処刑されることも変わらないからな」
「…………そうですね。ありがとうございました」
「いや……こっちこそあいつら取り逃がしてしまったり、同じ衛兵から裏切り者が出てしまったりと、身内の恥をさらすようで済まない。それにもしこのままあいつらが捕まらなかったらそのうち逆恨みしてお前の元に行くかもしれん。すまないが身辺には十分に注意しておいてくれ」
「……わかりました」
レオンが頷くと衛兵隊長はもう一度「すまない」と言ってレオンたちの元を去って行った。
レオンは黙ってその背中を見送る。
やがて十分に距離が離れたところで、黙って話を聞いていたレイナルドへと声をかけた。
「レイナルドさんは先ほどの話……どう思いますか?」
「…………どう……とは?」
「用心深いバシリオが前に出て衛兵にバッサリやられるなんてことはまずないと思うんですが……それだとテオバルトがバシリオを殺したということになります。ですが本当にテオバルトが錯乱して絶対服従だった父親を殺したり……その直後には急に冷静になってウチに火をつけて陽動してから南門を突破するなんてことしたりすると思いますか?」
「…………何がいいたいんだい?」
「逃げた衛兵はテオバルトと親しかったそうですが……死んでいた衛兵たちもムゼッティ商会とよくつるんでいたりしませんでしたか?」
「………………レオン君、そこまでだ」
レイナルドに低い声で言われるがレオンは思考を止めない。
(領主本人……は暗躍するタイプじゃなさそうだし違うよな?そうなると……)
「…………代官か?」
「レオン君!!」
レイナルドに強い口調で言われてレオンは慌てて口をつぐむ。
だがそのレイナルドの態度で予想が当たっているかそれに近いこともわかったしまった。
元侯爵家令息のレイナルドや男爵であるパブロに聞いたところ、この町の領主は生粋の武人だそうで領地の運営には全く興味がないタイプの人間とのことであった。
そのためムゼッティ商会が好き勝手出来ていたという話であったのだが、冷静に考えると領主本人は無関心でも町の統治を全く行わないということはありえない。
だから誰かが町の行政を取り仕切っていたはずなのだ。
その誰かとは代官もしくは領主代行と言われる人間……おそらくは貴族だ。
そしてムゼッティ商会が好き勝手出来ていたということは、その貴族とバシリオは間違いなく繋がっていたはずだ。
(そんな状況下で息子が処刑されそうになればバシリオはどう動く?多少強引なことをしてでも息子を救おうとしないか?例えば残していた代官の不正の証拠を使ったり……)
これは単なるレオンの想像でしかないが恐らく当たらずとも遠からずといったところだろう。
バシリオなら何かしら足掻くだろうし、つながりのある権力者に頼ろうとするのも間違いない。
一方の代官側からすると犯罪者の一族となり御用商人から外されたムゼッティ商会との繋がりは間違いなく重荷となっていたはずだ。
特に何かしら不正をしていて共犯関係にあったのなら間違いなく邪魔になる。
そんな中で起こった今回の事件。
都合よくバシリオとその側近、そして癒着していた衛兵たちまでもが軒並み死んでしまった。何もしらない馬鹿息子だけが生き残って罪を背負ったまま行方不明。ついでに余計ことをしてくれた生意気な子供の家は焼け落ちた。
テオバルトたちが本当に生きているかは知らないが、その容疑が晴れることはまずないだろう。
レオンはそこまで考えたところでふと顔を上げると、レイナルドが厳しい目でジッと自分を見ていることに気付いた。
そこでレオンは余計なことは口にせず、大切なことだけを聞くことにした。
「レイナルドさん、一つだけ聞いてもいいですか?」
「…………なんだい?」
「今後も僕や父が狙われ続けると思いますか?」
「……いや、あの放火はどちらかというと陽動が目的だろう。ついでに憂さ晴らしとして君の家を狙ったのは確かだろうが……殺そうとする意図はなかったと思う。サンチョ殿が私たちのところに泊まっていたこともレオン君がいないことも別に隠していなかったからね」
「……そうですか」
「それに……僕がこれからこの町の御用商人になるんだ。そのうちいなくなるさ」
「いなくなるって……わ、わかりました」
ニッコリ笑うレイナルドを見てレオンの背筋を冷たい物が滑り落ちる。
あえて主語をぼかした会話であったが、意味は十分に通じた。
どうやらレイナルドは件の代官をそのうち排除するつもりのようであった。
普通の商人が同じことを言えば血迷っているとしか思えないが、侯爵家出身のレイナルドがそういうのであれば本当に出来るのであろう。
レオンとしても家を燃やされはしたが、貴族に手を出すリスクを背負ってまで報復しようとは思わない。レイナルドに任せておいた方がいいだろう。
「まあそれでも一応しばらくは身の回りには気を付けてね。テオバルトが本当に生きている可能性もあるしね」
「はい、ありがとうございます。それから父のことですが……」
「ああ、サンチョ殿のことは任せてくれ。おそらく公都に来ることになるだろうしあそこなら警備は万全だ」
「そうですか。お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
笑って頷いたレイナルドは早速話をしてくると言ってサンチョの方へと去って行った。
それを見送ったレオンは大きく息を吐く。
本当に色々なことがあったが、レオンはこれでようやくこの町ですべきことを全て終えたのであった。