1-57 三歳の娘
がっくりと項垂れるバシリオを横目にレオンは大きく息を吐いた。
(これでやっと終わったな)
紅茶の利権を売ってから半年、それだけの期間をかけて準備してきた計画だった。
出費が増えてしまうなどいくつか予定外の部分はあったのだが、おおむね狙った通りの結果に持っていくことが出来た。
レオンは解放感と達成感の入り混じったなんといえない感覚をしばらく噛みしめた後、その功労者ともいえる3人に礼を言うために彼らの元へと歩み寄った。
「コルティス男爵、レイナルドさん、フェリクスさん。皆様のおかげで無事ムゼッティ商会から解放されることが出来ました。本当にありがとうございました」
「いや、私は侯爵の命に従っただけだ。ここに来たのも公務の一環としてだから礼を言われるようなことではない。だが……よかったな」
「パブロは相変わらず堅いなあ。けど礼はいらないというのには同感かな?僕は自分の利益のために動いただけだしね。でもよかったじゃないかアレの下から抜け出せて……会ってみてレオン君が何としてでもアレの下から抜け出そうとしていた理由がよくわかったよ」
「同感ですな、あの者の下にいたのでは心休まることがないでしょうからな。レオン殿。苦労が報われましたな、おめでとうございます」
三者三様の態度だが、それぞれから祝福されてレオンは本当にこの三人に来てもらってよかったと思った。
レオンが紅茶の利権と引き換えにしてまで本当に欲しかったもの、それが彼らのようにこの国において権力を持つものたちとの繋がりであった。
なぜならレオンの実家トーレス商会は政変に負けた前領主の御用商人であったため、現政権からすると潜在的な反乱分子と見なされる立場であったからだ。
一方のムゼッティ商会は現領主の御用商人。そのためレオンがたとえ正当な手続きを経て借金を完済したとしても果たしてそれが認められるのかという危惧があった。
搾取したいムゼッティ商会と反乱分子に自由を与えたくない権力者側の思惑が一致するからだ。
だからレオンはこの国に中枢にいる人物に対して利益を提供して叛意のないことを示す必要があった。
そこでレオンがまず行ったのがベギシュタットでも有数の商会たちからの協力を取り付けることであった。そして彼らに相談した結果、白羽の矢がたったのがサルガード商会……というよりもその背後にいるベルグラーノ侯爵家であった。
早速レオンはレイナルドと知り合いだと言うフェリクス・グレッツナーを介して、サルガード商会にコンタクトを取った。
そこでレイナルドと何度か交渉し、この国においての紅茶の販売権を献上することで、レオンはついに自分の国外転出を侯爵家が支援するという確約を勝ち取った……というよりもあっさりと認められた。
なぜならばこのメンブラート公国、紅茶の発信源であるルーネス共和国と非常に仲が悪かったからだ。
元々は一つの国であったものが封建的国家と共和制国家に分かれたため当然といえば当然である。
そのためこの国では中々紅茶が手に入らなかったのだ。
だからベルグラーノ侯爵としては紅茶の利権は是非とも欲しかったのであったが、そこへレオンがその喉から手が出るほど欲しい紅茶の利権を持ってきた。さらに自分はそこから手を引いて国外に出ると言う。
潜在的な反乱分子がこちらの欲しいものを献上し国外に出て行くというのであれば、ベルグラーノ侯爵にとって拒否する理由は見つからなかった。
話はとんとん拍子に進み、レオンが成人するのを待ってからトーレス商会の借金の清算を行いレオンの国外転出手続きをすることが決定された。そしてその手続きの実務を行う者としてベルグラーノ侯爵の意を汲んで派遣されてきた文官がパブロ・コルティス男爵であった。
彼は一見すると不愛想でお堅い文官の典型といった感じの人物であったのだが、実は正義感が強く情に脆い人物であった。彼とレイナルドは幼馴染であったこともあり、二人してレオンの境遇に同情して積極的に力を貸してくれた。
今日もテオバルトを罠にかけるために、わざわざトーレス商会のようなあばら家まで来てお茶会に参加してくれた。その結果テオバルトは貴族に剣を向けることとなり、厳罰に処されることがほぼ決定してしまった。
彼らと同じく最後まで付き合ってくれたフェリクスも含め、レオンとしてはこの3人にはどれだけ感謝してもしきれなかった。
「たとえ利益のためであったとしてもとても感謝しています、本当にありがとうございました。これでようやくやりたいことに集中できるようになりました。これからは一人の探索者となりますがよろしくお願いします」
だから改めてもう一度感謝の意を示したレオンであったのだが、ここで微妙に雲行きが怪しくなる。
「ああ……そうだった、それがあったんだったな。なあレオン君、もう一度考え直さないか?この国を出ることも残念だけど商人の世界から足を洗うというのは本当にもったいないと思うぞ」
「ははは……過分な評価をありがとうございます。でもやはりずっと前からの夢でしたから……色々やってみたいこともありますし」
「そうかぁ……まあ気持ちもわからんではないが……。なんならうちの娘が成人した時の婿として商会に迎え入れてもいいんだぞ」
「い、いえ。そんな恐れ多い……」
レイナルドから本気とも冗談ともつかない口調で、唐突になされた提案にレオンは目を白黒させる。
確かに彼らには感謝している破格の待遇ではあるが、それを受け入れてしまって本末転倒だ。
レオンとしては到底受け入れることは出来なかった。
しかし……もしレイナルドが本気で取り込みにかかって来るのであれば、頑なに拒否することで彼との関係が悪化してしまう可能性もある。
どうやって失礼にならないように断ろうかと頭をひねるレオンであったが、それを見たパブロ・コルティス男爵が呆れた様子でレイナルドに声をかけた。
「おい、レイナルド。やっと解放されたと喜んでいるところにそれはないだろう。冗談にしてもたちが悪すぎる」
「いやいや、冗談じゃないって。この歳でこれだけのことをやってのけたのだぞ。こんな才能めったにない。取り込もうとするのは当然じゃないか」
思わぬパブロからの助け舟に感謝するレオンであったが、レイナルドの発言を聞いて頬が引きつる。
だが、レオンが何か言う前にパブロがそのレイナルドの発言に対して反論する。
「それだとなおさら悪い。お前の気持ちもわからんではないが、彼はそれだけのことをやってまで探索者になりたかったということでもあるんだぞ。それをお前が潰すのか?貴族の世界から抜け出してまで商人になったお前が?」
パブロに強い口調でそう言われたレイナルドはハッとしてからしばらく沈黙する。
やがてレオンの方に向き直ると唐突に頭を下げた。
「…………そうだな、悪かったレオン君。どうやら僕は自分の善意をおしつけて第二のムゼッティ商会になるところだった」
そう言われたレオンは慌てて否定する。
「いえ、それだけ私のことを買ってくれていたということですし、本当にありがたいことだとは思っています。ですがどうして探索者に挑戦してみたくて……ギフト的に無理だと言われているのもわかってはいるんですが、無理と言われると余計に挑戦してみたくなりますし……」
それを聞いたレイナルドはキョトンとする。レオンはそれを見て自分の言い分があまりにも子供じみていることに気付いて慌ててフォローしようとする。
しかしレオンが口を開く前にレイナルドが唐突に笑い出した。
「ハハハハハ……。無理と言われると余計に挑戦してみたくなるか!」
「す、すみません」
「いや、その気持ち凄くわかるよ」
「えっ?」
「僕もね、商人になるときにさんざん言われたんだ。貴族の坊ちゃんに出来るわけがないだとか、商人ごっこは他所でやれだとかね。だからその気持ち凄いわかるよ」
「そ、そうですか……」
「うん、それなら惜しいけど仕方ない。僕はその挑戦の結果を見守らせてもらうこととするよ。僕からの誘いを断ったんだ、中途半端は許さないよ」
「ご、ご期待にそえるように頑張ります」
微妙に重すぎる期待にレオンの笑顔が引きつる。
それを見てレイナルドとフェリクスが笑い、パブロがやれやれとため息を吐く。
こうしてレオンはパブロのおかげでなんとか関係がこじれることを免れたのであった。




