1-53 生意気な子供
「レオンシオ、貴様どういうつもりだ!?」
「放していただけますか?」
「いいから言え!どういうつもりだと聞いているんだ!」
「そちらこそさっさと放してください、胸倉を掴むのも立派な暴力ですよ。それとも私に危害を加えるつもりですか?」
怒りのままに胸倉を掴んだバシリオに対して冷めて目で見返してくるレオン。
その目が気にくわずバシリオは殴りつけたい衝動に駆られるが、かろうじて理性が働いて踏みとどまった。
さすがにこれほど衛兵と群衆に囲まれている中で殴りつけては言い訳が厳しくなる。それだけで裁かれるようなことはないだろうが、面倒なことになるのも事実だ。
ただでさえ息子のテオバルトが犯罪者として捕えられている中で、これ以上問題を増やすのは得策ではない。
バシリオは自制心を総動員して硬く握りしめられた手から力を抜き、ゆっくりとレオンの胸元から手を放した。
拘束から解放されたレオンは平然とした様子で服の掴まれていた部分を伸ばして整えようとするが、少し伸びてしまっていることに気付いてため息を吐いた。
そしてうんざりしたような視線をバシリオに向ける。
「弁償してくれませんかこれ?けっこういい服なんですけど……」
「…………」
「まあそれは後で請求するとします。それでどういうつもりだというのは?もっと具体的におっしゃってくれませんか?」
その憎らしいまでに動じない様子を見て当然バシリオの怒りは増すのだが、それと同時に疑問も感じていた。
(このガキが本当にレオンシオか?確かにここ数年遠目にしか見かけたことはなかったが……ワシの記憶では母親の後ろに隠れてこっちの顔色窺っているような頼りないガキだったはずだぞ。テオバルトも確か『いつもペコペコしている情けない奴』だと言っていたはずだ。そんな奴がなんで急にこんな態度をとれる?偽物……はさすがにないにしても何があった?まさか今までずっと猫を被っていたのか?)
考えれば考えるほど疑問が湧いてくるが、いつまでも態度の違いのみにこだわっていられる状況でもない。
バシリオはひとまず疑問を頭の隅においやると、目の前の状況に集中することにする。
「具体的にだと?貴様がテオバルトのことを犯罪者呼ばわりして痛めつけたんだろ!それがどういうつもりだと聞いているんだ」
「どういうつもりも何も見ての通りなんですが……。テオバルトさんたちが武装して押し入って来たので仕方なく鎮圧して衛兵さんたちをお呼びしただけですよ」
(鎮圧しただと!?武装したこの人数をか?あいつらの中には探索者崩れだっていたはずだぞ。衛兵が取り押さえたんじゃなかったのか!?)
10人前後の武装したテオバルトの部下たちをレオンシオは鎮圧したと言う。
てっきり衛兵たちに取り押さえられたと思っていたバシリオはレオンの発言に驚きを隠せなかった。しかし横にいて話を聞いている衛兵たちも否定しないことから、少なくとも衛兵が捕らえたわけじゃないことは事実だろう。
そうなると当然別の人間がやったということになるのだが、レオンシオが一人でそんなことを出来るはずはない。
(そういえば見かけない武装した連中が何人かいるな。こいつらがレオンシオに雇われているということか?……クソッ、そうなると例の噂の方もあながち間違いじゃないってわけか。厄介なことになって来た)
この場でそれが出来そうなのは見かけたことのないあの武装した連中だけだ。
しかし彼らは4、5人しかおらず怪我をした様子もない。
ということは倍以上の武装した人間たちを無傷で捕らえることの出来る相当な手練れということになるのだが、問題はその連中をレオンシオが雇ったということだ。
それほどの手練れを雇うとなるとそれなりの財力や人脈が必要となる。
つまりレオンシオすでに商人として相当な力を着け始めていると考えた方がいいということだ。
だがそうなってくると力尽くで言うことを聞かせて被害の訴えを撤回させるというのは難しくなってくる。バシリオは想像していたよりも遥かに厄介な状況となっていたことに頭を抱えたくなった。
しかしだからといってここで引いて息子を見捨てるという選択肢もない。
「なあ、レオンシオ。確かに大勢で押しかけたのは息子が悪いかもしれないが、多少交渉がこじれただけで強盗扱いというのはやり過ぎじゃないか」
「いえ、彼らは武装して押し入って来たのですよ」
「いやいや、君は普段から家にいないから知らないのかもしれないが、君の父親と息子はいつも一緒に仕事をしている。だから息子はしょっちゅう君の家を出入りしているんだ。君にとっては多少強引に感じたかもしれないが、息子としてはいつもどおりの感覚で入っていっただけなんじゃないのかね?」
「いつもうちの戸を斧で打ち破って入って来てるんですか?」
「なっ!?」
(あのバカは何をやっているんだ!)
何とか穏便な方向にもっていこうとしていたバシリオであったが、テオバルトがやったことを聞いて思わず絶句してしまう。
強盗の嫌疑がかかっているとはいえ、せいぜいが暴力を匂わせて脅しただとか強引に押し入ったとかその程度だと思っていたのだ。だからバシリオも解釈のしようによってはまだ言い訳が立つと思っていたのだが、家の戸を斧で打ち壊して押し入ろうとしたとなると言い訳のしようがない。
「いや、しかし……あいつも気の荒いところがある。君に馬鹿にされたから物を壊してちょっと脅かそうとしただけじゃないのか?」
「来客中だと断っただけですよ。それなのに私を突き飛ばして押し入った挙句、剣を抜いて『ぶっ殺す』だの『それをよこせ』だの喚いていましたよ。最後は客人にまで危害を及ぼそうとしたので仕方なく取り押さえたのですが……」
「…………」
さすがにそこまでしては弁護のしようがなかった。しかもレオンシオとは別に証人までいるらしい。
バシリオはチラリとレオンシオの後方に目をやる。
先ほどまで衛兵たちの陰にいて気付かなかったが、確かにレオンシオのいう通り護衛たちとは別に身なりの良い男達が何人かいた。
恐らくレオンシオと取引のあるよその街の商人であろう。そうなると彼らがこちらに有利な証言をするとは思えないし、彼らに証言されればそれを覆すのは不可能であった。
そうなると攻め方を変えるしかない。
バシリオは無罪を主張することは諦め、標的をレオン自身に絞ることにした。
「そうか……ところでレオンシオ。君たちトーレス商会の人間は我々ムゼッティ商会に大きな借りがあったはずだ」
「確かに借金はありますが、定められて分は毎月きっちり返してしますよね」
「そうではなくて、君たちが前領主と癒着して私をいわれのない罪で陥れた件だ。領主様が替わられて君の祖父が処刑された時、君たちは恩情によって助命されたはずだ」
「ええ、領主様には感謝しています」
「そうじゃない!!あの時私が強硬に主張すれば君たちも処刑されていたはずだと言っているのだ!」
「そうかもしれませんね……あの時はさすがに良心が咎めたんですか?それとも我々をもっといたぶりたかった?」
「なにっ!?」
実際バシリオはレオンの祖父が処刑された時、強硬に主張すればレオンたちを殺すことも出来たと思っている。だから彼らを生かしたのは自分の慈悲だといつもレオンたちに恩着せがましく主張していた。
「あなたが水銀入りの化粧品をこの町に持ち込んで罰されたのは自業自得ですよね?それを不正だのなんだの言ってうちに罪を着せたことでさすがに良心が咎めたのですかと聞いたのですが?」
しかしレオンたちからすればそもそもトーレス商会にかけられた容疑自体が冤罪なのだ。それをでっち上げておいて慈悲だと言われたところで馬鹿にしているとしか思えなかった。
これは客観的に見れば当然のことなのだが、実はバシリオ自身は本気で慈悲をかけてやったと思い込んでしまっていた。
よくあるケースなのだが自分たちの立場を正当化するためにでっち上げた主張をずっと続けているうちに、いつしか自分でも本当のことだと錯覚してしまっていたのだ。
しかし今その慈悲をかけたはずの相手から完全に否定されてしまった。
その恩知らずな発言にバシリオの中で激情ともいえるようなレオンに対する激しい憎悪が沸き上がって来る。この感情が純粋な怒りからくるものなのか、もしくは保身のための焦りから来るものなのかバシリオ自身にもわからなかった。
「ふざけるな!それをでっちあげたのは貴様たちだろう!せっかく慈悲をかけてやったのに反省もせずにこっちが悪いだと!?なんならもう一回領主様に頼んで貴様らの罪を追及してもいいんだぞ!!」
「…………」
「どうだ?そうなったら困るのは貴様らだろう?証拠もなく偉そうに言いやがって!おおかた今回もそうやってテオバルトに罪を着せたんだろうが、そっちがその気なら今度は慈悲なんてかけずに徹底的に潰してやってもいいだぞ!」
事実証拠など残っていないのだ。
大量にあった水銀入りの化粧品は危険物としてすでに処分されてしまっていた。
そうなると当時を知る者たちの証言が重要になってくるのだが、前領主の部下の多くは処分されるかこの領地から出て行ってしまっている。
残った者たちも領主とつながりの強いムゼッティ商会に不利な証言などしないはずだ。
そのためいざ裁きの場となれば、バシリオの主張が通ることは明白であった。
しかし……
「出来るものならやってみて下さい」
レオンは動じた様子もなく、冷たい目でジッとバシリオを見据えていた。