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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
一章 転生?
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1-45 理想の生活




「いやはや、お若いというのにお見事でしたな」


「全くです、あの女狐がしてやられるところなんて中々お目にかかれるのもではないですからね」


「だまりなさい、陰険坊や」


「ははは……たまたま私に有意な条件が揃っていただけですよ」


 このベギシュタットを代表する商会の主たちに褒められて苦笑するレオン。

 実際カレンがレオンを差し置いて他と契約することはないと信じているが、この件がなければこうも鮮やかにはやり返せなかっただろう。


 それにこれでようやく交渉に入口に立てただけであって、本題を話し合うのはこれからだ。気を引き締めなおしたレオンは改めて本題を切り出す。


「それではひとまずこちらから条件を提示するのでそれをたたき台に交渉を進めていくという形で大丈夫ですか?」


「ええ、結構ですよ」


「私も問題ありません」


「かまわないわ」


「それではまずこちらが提供するものですが、現在私が独占契約している紅茶及びティーセット職人からの購入権、そしてそれらの製法の伝授、及び職人の派遣になります」


「ほう……」


「職人まで派遣してくれるのですか?…………それはまた随分と至れり尽くせりですね」


「確かにね、まぁ詳しい内容を聞いてみないとなんとも言えないけど……その分見返りが怖いような気もするわねえ」


 まずは自分たちの提供するものを提示したレオンであったが、その内容は結構な大盤振る舞いであった。

そのため3人の商会長たちは少し驚きつつも歓迎する様子を見せたが、それとともに少し警戒を強めたようでもあった。


「それに対する見返りはおおまかに3つ。まず1つ目は金銭的な要求で、金貨1000枚と今後10年間で得る紅茶関係の利益の3パーセントです。金貨1000枚は私の持つ独占契約権の売却金額、利益の3パーセントはカレンさんの持つ技術の使用料と思っていただければ結構です」


「…………まあ妥当なところね、問題ないわ」


 三人は顔を見合わせてアイコンタクトをしてから頷き合うと、カサンドラが代表して肯定の意志を示した。

レオンとオディロンの見立てとしてはこの金額は相場よりも安い。他の二人も不満は特にないだろう。


「次に2つ目、職人の保護です。まずはティーセットを製作している工房ですが、僕の抱えている工房がこのベギシュタットにちょうど3つあります。それらを皆さんの専属として直接契約してください」


「ん?ちょっと待ちたまえ、それではレオン殿は彼らを派遣するどころか手放すということですか?」


 疑問を挟んだのは神経質そうな男、ヨーナス・シュトラウス。どうやら彼はレオンのことをレオン殿と呼ぶことにしたようだ。


「はい、実は私は探索者を目指していまして……そうなるといつまでも紅茶事業に関わっている余裕はないですし、職業柄いつ何があるかわかりませんからね。そうなって職人さんを困らせるのも無責任ですし、それなら今のうちに手放して大商会の傘下に入ってもらった方があちらにとっても安心でしょう」


「探索者ですか?これはまた意外な選択を……」


「はぁ?あなたインベントリ持ちでしょ?せっかくいいギフト持っているのに何考えてるの!?そもそも一般系ギフトで探索者なんかやっていけるわけないでしょ!」


「私も残念ながら同意見ですね。紅茶事業をここまで成功させたあなたの手腕から考えて何か策がおありなのかもしれませんが、それでも一般系ギフト持ちが探索者としてやっていくのは厳しいと言わざると得ない。むしろせっかくの才能の無駄遣いと言っていいかと……」


やはりこれについて理解は得られなかったが、カサンドラは文句を言っているようで心配してくれているようだし、ヨーナスは商才を活かせないことを残念がってくれている。

 どうやらこの短いやり取りの間で多少なりとも自分のことを認めてくれていたようでレオンとして少しうれしくもあった。


「ははは……これは手厳しいですね。まぁこれについてはいつか皆さんを驚かせられるように頑張りますので、それまでは愚かな子供の見る夢として暖かく見守って下さい。それでこの条件については問題ないでしょうか?」


「まぁ、すでに技術を習得している職人を譲ってもらえるっていうならもちろんこちらに否やはないわよ。彼らを不遇な目には合わせないことも誓うわ、問題ないわよね?」


「ええ、もちろんです」


「はい、私も問題ありません」


「ありがとうございます。次に紅茶の職人に関してなのですが、こちらはカレンさんの弟子の方々を皆さんの元に一人ずつ派遣します。もちろんこの方々も紅茶の製法は一通り習得していますので皆さんの元で紅茶の工房を持たせていただけますか?」


「は?ちょっと待ちなさい、カレンさんのお弟子さんの派遣って、工房を持たせて私たちの元で独立させてしまうってこと?」


「そうです」


「それはこちらとしても願ったり叶ったりですけど、カレンさんにとってはデメリットしかないのでは?その……失礼ですが率直に申し上げますと、我々の資本で工房を建てて運営をするとなるとカレンさんの工房より数段大きな工房が出来上がってしまうのですが……」


「ええ。それがカレンさんの希望ですし、もちろんお弟子さんたちにも不満はないでしょう」


「ちょ……意味が分からないんだけど」


 せっかく作り上げた巨万の富を生む技術。それを教え込んだ弟子たちをあっさり手放し、その弟子たちが自分より大きな工房の主となることを望む。

 カサンドラからすると大金をドブに捨てるようなもので理解が出来ない。それは同じ商人であるヨーナスとフェリクスも同様であったようで不可解な表情をカレンに向ける。

 しかし当のカレンはその通りとばかりにひとつ頷くと、役割は終わったとばかりに澄ました顔でたたずんでいてその意図を説明する様子もない。


 その結果説明を求める視線が集中してしまったレオンが苦笑を浮かべる。


「えっとですね……そもそも人によって理想とする生活というのは違うと思うのですが、その根本は実は似たようなもので『好きなことをして過ごしたい』『嫌なことはなるべくしたくない』というのが根底にはあると思います」

 

 これには納得いくようで3人ともが頷く。


「生活水準や欲しい物を手に入れることなんかを考えると富というのは非常に重要なので、皆さんが納得いかないというのは当然だと思います。ですがそれがすでに必要なだけ得られているという状況にあればどうでしょうか?カレンさんのしたいことというのは紅茶の研究です。その点今回の取引で得られる収入や工房の売り上げだけ十分ですし、高い生活水準も維持できる程度の余裕もあります」


「なるほど……おっしゃることはわかりますし、一理あることも認めます。ですがだからといってわざわざ自分の利益を手放す必要もないのでは?おっしゃっていただければカレンさんのために3人で出資して大きな工房を建てることくらいは当然するつもりだったのですが……」


「そこでもう一つの『やりたくないこと』ですよ。カレンさんは金ランク探索者で既に地位も名誉も手に入れていてこれ以上必要がない。というよりもむしろ面倒な人付き合いは避けたいと思っています。そんな彼女にとっては大きな工房の主になるということは、多くの仕事や権力者との付き合いに時間を割かれるデメリットでしかないのですよ。それならそちらはそうなりたいと望むお弟子さんたちに譲ればいい……そういうわけです。あ、ちなみに工房の運営も残ったお弟子さんに丸投げして自分は研究に専念するそうですよ」


「………………」


「それはまた、なんというか……」


「ハッハッハッ……確かにおっしゃられる通りですな。要はやりたいことを十分にやれるだけの資金は足りているので、面倒なことは他に任せて自分はそちらに没頭したいというわけですか。なるほど、ある意味ではまさに理想の生活ですな」


 絶句する若手商人2人と大笑いする老齢の商人。

 金を稼ぐことが至上命題であり、これからさらに一旗揚げてやろうとしている野心溢れる若手商人にとっては真逆の発想であり理解できない心情であろう。

その反面、後進に譲ることも考え始めている老齢にさしかかった商人フェリクス・グレッツナーにとっては共感できる部分があったのだろう。


 レオンがチラリと横をみると同様に野心溢れる若手商人であるオディロンはやはり微妙な表情をしていたので彼も前者に近い心情のようだ。

 

 一方その反対側カレンの方に目をやると、こちらは満足そうな表情を浮かべていた。そしてレオンと目が合うとまさに我が意を得たりといった表情で頷かれた。

 レオンの脳裏になんとなく『残念美人』という単語が浮かんだのだが、実はレオンの心情としても彼女に近い。


 残念美人と引退間近のおじいちゃん、それらと同じ発想の自分はどうなんだろうか?


そんな疑問がチラリと一瞬レオンの脳裏をよぎったが、見なかったことにして思考の隅へと追いやるのであった。






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