1-43 たちの悪い手口
「いやー、あいつら訓練にはいいんですけどやっぱりあまり金にはなりませんよね」
「まああまり使い道がないからなぁ。なんならこの前みたいにはく製にして売ったらどうだ?」
「いや、あれはちょっと……。あれを芸術だっていう人に深入りするのは……」
「オイ!おまえがレオンってガキか?」
ホルストと二人でフォレストエイプの群れを狩り、上機嫌でベギシュタットへと帰還したレオン。
納品を済ませ意気揚々とギルドを出て、少し歩いたところで突然声をかけられた。
相手はどう見ても堅気には見えずレオンはそっとため息を吐く。
実は最近こういったことが増えてきていた。
理由はもちろん分かっている……それは紅茶が流行りだしたからであった。
ルーネス共和国の主要都市の一つラブール、その領主夫人ベルナデット・バラデュールにレオンがお披露目した紅茶。
それをいたく気に入ったベルナデットは1年かけて万全の準備をし、今年に入り満を持して上流階級の新しい文化『お茶会』として富裕層に広めていった。
その洗練された様式と紅茶の上品な味わい、それらはルーネス共和国の支配階級のご婦人方にも魅力的に映ったようですんなり受け入れられ、瞬く間に話題となり国中へと広がっていった。
さらにその勢いは国内にとどまらず、お茶会に招かれた他国の貴族のご夫人方にも気に入られ、他の国の間でも徐々に話題となりつつあった。
そうなると黙っていないのが商人たちだ。
富裕層で流行りつつある高級品、大きな利益を生むであろうそんな商品を血眼になって探すのは当然の流れであった。
そしてたどり着くのはラブールに居を構えるジスカール商会。しかしジスカール商会もそう易々と儲けの種を明かすことはない。
そんな中ジスカール商会を出入りしていた商人を名乗る子供レオン、目をつけられるのは必然であった。
「おい、聞いてんのか!?てめえがレオンってガキなのか聞いてんだよ」
威圧するように距離を詰めて来る荒っぽい雰囲気の男。さらに後ろにはその仲間らしき連中が4人、厭らしい笑みを浮かべてレオンを見ている。
「どちら様ですか?」
それをチラッと見たレオンは面倒くさそうに応える。
せっかく上機嫌で食事に行こうところで邪魔が入り、機嫌が急降下していた。
「あっ?そんなことはどうでもいいだろ。お前のことをうちの雇い主が呼んでるんだ、とにかくついてこい」
「嫌です」
「はあ?てめえ状況分かってんのか?いいからついて来いって言ってんだろ!!」
「だから嫌です。状況分かってますか?」
「てめえ舐めてんのか!?口の利き方気をつけろよ」
「口の利き方に気を付けてください。最低限の礼儀を学んでから人を招きましょうね」
さっさと手を出させようと明らかに煽っているレオン。
そしてその思惑通りに激高する男。
生意気なガキに痛い目を見せてやろうと一歩踏み出した……ところでその足に何か柔らかい物がぶつかる。
「痛い」
「…………は?」
踏み出した足にぶつかったのは小柄な女であった。
先ほどまで誰もいなかったはずなのに突然現れて痛がっている。男としては意味がわからなかった。
「いきなり蹴られた。探索者は舐められたら終わり……売られたケンカは買う」
「てめえ何言って……そんなこと……ひっ!」
明らかに自分から割り込んできたくせに無茶苦茶な理屈で攻撃してこようとする女、カレン。
混乱する男であったがその胸元で揺れる金色の探索者証を見て息をのむ。
「ま、待て!こんな所でそんなことしたら……」
「正当防衛」
「そんな無茶苦茶な……待てって!悪かったって、俺は雇われただけで……」
「そう。ならその宣戦布告、確かに受け取ったと伝えて」
「なっ!?だから違うって、悪かったから……と、とにかく、ちがうからっ!!もう二度と来ねえから、な、見逃してくれ!!そ、それじゃあなっ!!」
言うが早いか男は取り巻きともども急ぎ足で立ち去っていく。
そんな彼らの様子を見て毒気の抜けたレオンはカレンへと話しかける。
「ありがとうございます、カレンさん。しかし当たり屋ってまるでヤク……スラムの人間みたいな手口ですね」
「レオンの手口を参考にした」
「えっ……俺!?いや……そこまであくどくは……と、とにかくありがとうございました」
酷い風評被害に抗議しようとしたレオンであったが、過剰に痛がって被害者アピールをする自分の手口も似たようなものだと気づき口をつぐむ。
だが同様の考えに至ったのであろう人物、人の悪い笑みを浮かべたホルストと目が合ってしまい苦笑するしかなかった。
この日は皆で食事に行った後、カレンの工房に向かい新しい紅茶の試飲をすることになっていた。
今は3人だが後ほどギルド職員のナターリエとその上司オットマーも合流することになっている。現在はひとまず着替えるためレオンとホルストの泊まる宿、笑う白熊亭へと向かっていた。
ちなみにホルストは別の宿を使っていたのだが、レオンとパーティーを組むことに決まってから移動してきていた。
さらに最近ではレオンが絡まれることが多くなったため、ほとんどの時間を一緒に行動していた。
「おや、レオン君、ホルストお帰り。あら、今日はカレンさんも一緒なのね」
「ただいま、ヨハンナさん。今日はまた試飲会なので着替えたらまたちょっと出てきますね」
「おう、ただいま」
「どうも……」
笑う白熊亭の入り口をくぐると、いつも通り女将のヨハンナが迎えてくれる。
一階は食堂を兼ねているのだが、活気はあまりない。
この宿の主人、ヨーゼフは迷宮料理というかなりマニアックな食事を提供しており、レオンも一度口したのだが口に合わなかったのでそれ以来食べてはいない。
そのため全く流行っていない……というわけではなく実はそれなりに客は入っていた。
ただ、万人受けするものでもないので一人で来店している客が多く、会話を楽しみながらというよりはじっくり味を楽しむ店といった雰囲気なのであまり騒がしくないだけであった。
そもそもこの店、ゲテモノ料理店かと思いきや魔物食材という一種の珍味を扱っている結構な高級店と見られており、客層も富裕層が多い。
ただやはりあまり外聞はよろしくないのか、そのほとんどの来店者が顔を隠して入ってくる。そのため余計に怪しい店と勘違いしている人も多いらしい。
そんな怪しい店に素顔を晒して出入りしているレオンとホルストであったが、宿としては非常に気に入っている。
料金は若干高めだが店主夫妻の人柄はいいし部屋は清潔、朝食は普通の料理が出て来てとても美味しい。なにより意外?なことに客層が真っ当なので、騒いだり干渉してきたりする輩がいない。
最近面倒な相手に絡まれることの多い二人とっては実に快適で過ごしやすかった。
ところが今日は違ったようでレオンの名前に反応してこちらを窺う様子を見せる客がいた。
それに反応してレオンたちが警戒レベルを上げたところでヨハンナから再度声がかかる。
「ああ、あちらはレオン君のお客様よ。あたしも知っている顔だから変なことしないと思うけど……気が進まないなら帰ってもらう?」
そう言われて改めて相手を見ると、相手もやはりこちらを見ていたようで視線が合う。
しかし黙って頭を下げるだけでこちらに寄ってこようとはしない。
どうやらレオンの意向を汲んでくれるようだ。
「いえ、そういうことでしたら話を聞いてみます。ありがとうございます」
レオンはヨハンナに礼を言うと相手、中年で身なりの良い紳士風の男の元へと向かう。
こうして接触してくる人間が増えたことを煩わしく思っているとはいえ、レオンもそのすべてを拒もうとは思っていない。
現在は独占している紅茶の販売であるが、今後も広がりを見せていくならばいつまでもそのままというわけにはいかないからだ。
現状だと生産能力に限界があるし、レオンとジスカール商会だけでは販路も狭すぎる。なによりここで欲をかいていつまでも独占すれば、周りの商人とも関係も悪化していつか痛い目をみるだろう。
そのためいずれは他の商人や職人に対しても解禁せねばならないだろうし、そのタイミングが目前まで迫っていることもレオンは理解していた。
だから関係者たちともあらかじめ相談して対処法も考えてある。
だが解禁するにしてもタダでは譲る気はないし、相手を厳選する必要もある。
こちらを子供と侮ってくる相手とは取引する気はないし、ガラの悪い連中をよこして脅し取ろうとするような相手は論外だ。
そもそもまともな情報収集能力があればレオンがただの子供ではないことは分かるであろうし、その程度の力もない商会では富裕層をターゲットにした紅茶は扱えないだろう。
その点今回の紳士は物腰も丁寧でこちらの意向を尊重しようとする意志も見せてくれている。もっともその分油断のならない相手でもあるのだが……
「申し訳ございません、どうやら長い時間お待たせしてしまったようで……メンブラート公国のプレージオの商人、レオンシオ・トーレスでございます」
レオンは男の座るテーブルの食器をチラリと見て、軽く詫びを入れる。
「いえいえ、とんでもございません。こちらが勝手に押しかけだけですのでお気になさらずに。改めまして私はこのベギシュタットで商いを営んでいるグレッツナー商会、そこで番頭をさせていただいておりますブルーノと申します。どうぞよろしくお願い致します」
それを聞いてレオンの頬がわずかに引きつる。
グレッツナー商会といえばこのベギシュタットでも5本の指に入るほど大きな商会である。その商会で番頭を任されているとなればそういった商会の跡取りでもない限り、商人にとって到達できる最高峰といっていい。
そんな地位にいるブルーノがわざわざ出向き、いつになるとも知れないレオンの帰宅を待っていたのだ。どうやらレオンの想像していた以上に紅茶重要性は上がっているらしい。
だがそれでこそ取引する価値があるし、ブルーノのような人物こそレオンが待ち望んでいた相手でもあるのだ。
レオンは内心で気合を入れなおすと笑顔を張り付けてブルーノと向かい合った。