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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
一章 転生?
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1-36 大根




「よう、肉坊主。相変わらず羽振りがよさそうじゃねえか……今日は豪勢に護衛を連れて死体漁りか?」


「ははは、一応獲物は狩っているんですけどねえ……」


 下卑た笑みを浮かべて話しかけて来た男にレオンは笑顔を張り付けて応える。


『肉坊主』というのはレオンにつけられたあだ名であった。


 ちなみに『紅小熊のペット』というあだ名もあったのだが、こちらは愚かな探索者が赤髪の紅茶職人兼金級探索者の前でうっかり口にしてしまい、ギルドの入り口で泣きながら土下座することとなってから誰も口にしなくなった。


 『肉坊主』も酷いあだ名なのでレオンとしてはやめてほしかったのだが、荒くれものぞろいの探索者たちが聞いてくれるはずもなく残念ながら定着してしまっていた。


 そんな酷いあだ名由来は実にシンプル、肉を納品していて坊主と呼ばれていたからである。

 

 レオンは忙しい間も暇を見つけては魔物を狩りに行っていたのだが『インベントリ』のギフトを隠すため、狩りの成果は毎回ギルドの個室の中で納品していた。

そのためチャージボアの肉を納品していることも周りには知られていなかったのだが、そうして子供のレオンが何度も個室に出入りすることで変に勘繰る者たちが現れた。

 その結果「ああして何度も個室を使っているのは高価な宝石でも持ち込んでいるのではないのか?」というような噂が立ってしまい、かえって身の危険を感じるようになってしまった。


 こうなると本末転倒となってしまうので、仕方なくレオンが『インベントリ』のギフトを持っておりチャージボアの肉を納品していることが周知されることとなった。

 その際、探索者ギルドの解体担当のアルバンがレオンのことを『坊主』と呼んでいたことも知れ渡ってしまい、いつしか『肉坊主』と呼ばれるようになってしまったというわけである。

 

 またそれと同時に抑止力として、探索者ギルドと付き合いのあるポーション職人であること、金級探索者のカレンと親しいこと、レオンが恐ろしい攻撃手段を持っていてフォレストエイプも狩れることなども合わせて周知された。


 ちなみにポーション職人であることが周知されたのは、探索者が暴力を振るった場合相手によって罰則が異なるからである。

 相手が同業者……つまり探索者の場合、比較的罰則は軽く罰金や無償労働などで済むことが多い。もちろん重傷を負わせた場合や殺した場合は別であるが……

 しかしその対象が一般市民となると刑罰は一気に重くなり、その中でもギルドの取引相手に暴力を振るってしまうと軽傷でも場合によっては登録抹消、最悪死罪となることもあり得る。

 またその顧客情報を他所に流したりした場合も処罰対象となる。



 そのおかげもあり、情報が周知された後もレオンが身の危険を感じることはほとんどなかった。

 しかし不名誉なあだ名で呼ばれることについては特に罰則もなかったので、残念ながら『肉坊主』は定着してしまった。

 また手さえ出さなければいいと思っているのか、こうして絡んでくる探索者も少なからず出て来てしまった。

 特にレオンがチャージボアを自力で狩っているということを信じない人間は多く、そういった輩はレオンを死体漁りと呼んで蔑んでくる。

 もっともレオンも適当に受け流してしまうので、相手もそれ以上絡んでくることはほとんどなかったのだが……どうやら今日の相手は違うようであった。


「はあ?お前みたいなガキにチャージボアが狩れるわけねえだろ。吹かしてんじゃねえぞ!」


「はあ、全く信用されてませんね。まあ残念ですがこんな子供ですから仕方ありませんよね。ああ、ホルストさんお待たせしてすみません、すぐに出発しましょう。それでは申し訳ありませんが先を急ぐので失礼しますね」


 レオンはいつも通り適当に流して立ち去ろうとしたのだが、絡んできた探索者はそれを許さない。


「てめえ待ちやがれ!俺がまだ話してんだろ、ぶっ殺すぞ!」 


 立ち去ろうとするレオンの肩を掴んでその場に押しとどめると、顔を近づけてきてドスの利いた声で恫喝してくる。


 これにはさすがにレオンもカチンとくる。

 目の前で凄まれて鬱陶しいうえに息が酒臭い、何より唾がかかった。

 恐らく酔っているせいで執拗に絡んできてしまったのであろうが、こんな朝っぱらから飲んでいる時点で同情はできない。

 容赦する必要も感じなくなったレオンは即座に行動にうつる。


「痛いです、放してください!!僕は一般人ですよ。護衛依頼に来た人間に探索者が理由もなく突然暴力を振るうんですか?職員さーん、ちょっと来てもらえませんか?この探索者の方に突然暴力を振るわれたうえに殺害予告までされてしまったんですがー!」


 突然大声をあげたレオンに周りにいた探索者たちが注目するが、その発言の内容を理解すると皆がギョッとしたようにレオンの肩を掴んでいる探索者を見る。


「なっ……おい、てめえ黙れ!」


「痛い痛い痛い痛い!やめて下さーい」



 突然自分に視線が集中したことでその探索者、ジェイムスは慌ててレオンを黙らそうとする。

ところがその拍子に肩を掴んでいた手に思わず力を込めてしまい、レオンが大げさに痛がり座り込んで見せたことでさすがにまずいと思ったのか慌てて距離をとる。


 しかし時すでに遅く、周りの視線が集中する中で『肩を押さえてうずくまる子供と慌てて自分のしたことを隠そうとする探索者』という構図がすでに出来上がってしまっていた。


 周囲からはジェイムスに非難の視線が集中し、遠くから慌てた様子で職員が走ってくるのが見える。

 ようやく状況を理解し、顔色が徐々に失われつつあったジェイムスであったが、ふと近くから耳障りな声が聞こえて来ることに気付く。


「…………フッ…………ククッ」


 声の発生源はレオンの隣、彼と一緒にいた探索者であるホルストであった。


 こちらから顔は逸らしているが肩は震えており、漏れ聞こえる声からも明らかに笑っていることが分かる。

 カッと頭に血が上ったジェイムスは、周囲からの視線に耐え切れなかったことも相まってホルストに怒りをぶつけにかかる。


「てめえ、何笑っていやがる!」


「ああ、いや、スマン。あまりにも鮮やかな対処だったもんでついな……」


「なんだと!?てめえ……ん?お前どっかで見たことあるな。ホルスト?よく見るとてめえ緑青のホルストじゃねえか!!」


 どうやらジェイムスはホルストのことを知っていたようで、彼がホルストだとわかった途端に嘲るような表情に変わる。


 緑青ろくしょうとは金属の銅を長期間放置することで浮かぶ錆のことである。

この緑青という呼び方はホルスト個人のあだ名というわけではなく、銅ランクのままずっと昇級できずにいる探索者に対する蔑称である。

要は錆が浮くほど長期間銅ランクのままで劣化しつつあるというようなかなり侮辱的な呼び方である。

そのため普通の探索者はまず使わないのであるが……。


「てめえ緑青のくせに舐めた態度とってんじゃねえぞ。おい、肉坊主。おまえこいつのこと知らねえのか?こいつは5年以上探索者やってるくせに未だに1階層も抜けられねえ雑魚だ、こんな奴を護衛になんか雇ったところでなんの役にも立たねえよ……そうだ!なんなら俺が護衛してやろうか?おれも銅ランクだがこいつと違ってもうすぐ一階層を抜けて銀ランクになる。今日なら特別にこいつと同じ料金でやってやるぞ」


「…………」


 どうやらホルストを盛大に貶してそちらに注目を集め、その間にレオンを懐柔しようという魂胆のようだ。

 意外と悪知恵が回る……と言いたいところであるがそれなら最初から絡まなければいいだけの話なのでやはりただの考えなしである。


 媚びる様に笑みを浮かべるジェイムスを無視してレオンはホルストに視線を向ける。

 しかしレオンの心配は杞憂であった。

公衆の面前で侮辱されたホルストであったが、特に気にした様子もなく平然とした様子であり、レオンと視線が合うとニヤリと笑みを浮かべる余裕もあった。


 以前であればずっと銅ランクであることに強いコンプレックスを持っていたのであるが、一年以上レオンと付き合ううちにそれは徐々に解消されていった。

 レオンは探索者の先達としてホルストに対して常に敬意をもって接してくるし、それどころか実際に優れた技量を持つと見ているようで積極的に教えを乞うてくる。

 さらに金ランク探索者であるカレンにも堂々と優秀な探索者として紹介され、そのカレンからも『今まで依頼した中で一番使える』と評価されて何度も採取依頼の指名を受けていた。

 

 そうして過ごすうちにホルストにも徐々に自信が芽生えはじめ、少なくとも職人や商人には必要とされる探索者として自分の仕事に誇りをもつようになっていった。

 もっともレオンからするとそれも過小評価であったのだが……


 とにかくホルストが気にした様子もなかったので安堵したレオンであったが、だからといって侮辱していいわけでもない。

 いまだに何やら話しかけて来るジェイムスを無視したレオンはようやく到着したギルドの男性職員に向かって冷たい笑みを浮かべて口を開く。


「なんなのですか、このギルドは?護衛を依頼した探索者と合流しに来たら別の探索者が嘘つき呼ばわりして一方的に絡んでくる。これだけでも十分問題あると思うのですが、こちらがトラブルを避けるために仕方なく受け流したのに今度は肩を握り潰されそうになったうえに殺害予告。さらに最後は商人でもある私に向かって無知だの見る目がないだのと最大限の侮辱。これが探索者ギルドとしてのやり方なのですか?」


「は?いえ、そんなことは……まさか……本当にそんなことやったのか!?お前、何をやっているんだ!!ほ、本当に申し訳ございませんでした!」


「え!?いや待てよ。おれはそんなことはしてねえって……」


「そして今度は反省した様子もなく私の言うことを嘘よばわりですか?それでは具体的にどのあたりが嘘だと?」


「いや……嘘というわけではなくて……」


「もういい、お前は黙っていろ。重ね重ね本当に申し訳ございませんでした。詳しい話をお聞きしたいのでどうぞ奥にお越しください。ああ、そいつはひとまず地下に連れて行っておいてくれ」


 こうしてホルストともに奥の応接室に通されたレオンは、この職員と後で合流してきたナターリエを交えて一時間ほどワイワイと談笑することとなった。


 ちなみにこの職員はナターリエの直属の上司で、ベギシュタットにおける紅茶派閥ではホルストとともにストレート派の筆頭であった。





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