1-30 お茶会のはじまり
「本日はようこそお越し下さいました。お初にお目にかかります、メンブラート公国のプレージオ出身で商人をしておりますレオンシオ・トーレスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げたレオンに対して複数の視線が突き刺さる。
純粋な好奇心を込めて、あるいは品定めするような含みを持たせて……
部屋の中央に置かれた大き目の円卓。そこに設けられた座席についているのは4名の女性。
その中心人物、鋭利な印象の妙齢の女性がレオンの挨拶に応える。
「メンブラート公国出身という割には見かけない作法ね。ベルナデット・バラデュールよ」
第一声からいきなり切り込んできたのはこの街の領主夫人であるベルナデットだった。
(ベルナデット・バラデュール、これが領主夫人か……って、いやいや怖いから。こっちは子供ですよ、いきなりそこツッコミます?)
レオンも思わず笑顔が引きつりそうになるが、それをかろうじてこらえる。
「バラデュール領主夫人、お目にかかれて光栄でございます。本日は異国の風習であるお茶会にお招きさせていただいたということで、作法も異国風でご挨拶させていただきました。もしご不快でしたらこちらの作法に戻させていただきますが……」
「それなら結構よ。今日はプライベートな場ですからそれほどかしこまる必要もないでしょう。せっかくなのであなたのいう通り異国の風情を楽しませてもらうわ。呼び方もベルナデットでかまいません」
「ありがとございます、ベルナデット様。ご期待にそえるように本日は精一杯おもてなしさせていただきます」
レオンはそういってもう一度深々とお辞儀をして見せる。
すると令嬢たちの方からクスリと笑いが漏れる。
おそらく子供のレオンが優雅に振舞って見せたことが、かえって子供が背伸びしているように見えて微笑ましく感じたのだろう。
これは実はレオンにとっても好都合なことで『かわいい商人さん』として甘く見てくれている方がありがたい。
というのもまだこの世界の礼儀作法を学んでいる途中で、商人として完璧に振舞う自信がなかったからだ。
(けどなんかこの人の視線だけは違う気がするんだよなあ……)
しかしさすがの領主夫人、ベルナデットはそれほど甘くは無いようで笑顔の下ではこちらを油断なく観察しているようであった。
「こんにちは、小さい商人さん。私はアデライト・バラデュールよ。ごめんなさいね、お母様ともどもついてきちゃって……。私もアデライトと呼んでくれると嬉しいわ」
「初めまして、レオン君。ロメーヌ・マルランよ。今日は呼んでくれてありがとうね。ナタリーから紅茶はとっても美味しいって聞いてたから今日のことずっと楽しみにしていたの。あっ、もちろん私もロメーヌでいいわよ」
二人の令嬢からも自己紹介を受け、レオンも挨拶を返しながら二人を観察する。
まず領主令嬢のアデライト。
確か成人したての16歳だったはずだが、さすがはベルナデットの娘といったところですでに色気を感じさせつつある非常に大人びた美少女であった。
ただレオンや紅茶に対する好奇心は隠しきれておらず、まだ年相応に少女らしい素直な一面もあるようだ。
一方のロメーヌ。
彼女は聞いていた通り好奇心旺盛で明るい少女なようで、同様に明るい性格であるナタリーと仲がいいというのも頷ける。
ちなみそのナタリー、本来はホスト役を務める予定であったこのジスカール商会の令嬢は、領主夫人が同席すると聞いて固まってしまい動かなくなったので仕方なくそのまま席に設置されている。
最初に挨拶だけして壁際に下がった彼女の兄、オディロンも心配そうに彼女を見ているが未だ反応を示す様子はない。
一通り挨拶を済ませたところで、レオンはさっそくばかりに簡単なお茶会の説明を始める。
「それではまず初めに私が知る『かつて存在したと言われる異国の風習であるお茶会』について簡単に説明させていただきます。といってもその名の通り紅茶を楽しむための集まりでして、それに合わせてお菓子やデザートなども出されるのが一般的な形式だったようです。そのため主に女性が中心の社交の場として催されることが多かったようです」
「へえー、お菓子なんかも出て来るんだ、楽しみだね」
「そうね、異国のお菓子というのも興味深いわね」
「女性が中心の社交の場ですか」
レオンの話を聞いて少女二人はお菓子へ、ベルナデットは女性の社交の場へとその興味の対象がわかりやすく分かれる。
「紅茶とともに出されるお菓子などは招待された側が持ち込むことも多かったようです。いずれ皆さんで好きな菓子を持ち寄って、、食べ比べをするなんていうのも楽しいかもしれませんね。もちろん本日はこちらでご用意させていただいておりますのでご安心ください。それから社交の場としてはドレスコードなどもなく少人数で開催できたので、手軽に行える催しとして重宝されていたようです」
さらに付け足されたレオンの説明を聞いて令嬢組はさらに楽しそうな雰囲気で話し合いを始めるがその横のベルナデットは少し眉をひそめる。
「ドレスコードがないのですか?それでは社交の場としてはあまりふさわしくいと言えないのでは?」
どうやらベルナデットは「ドレスコードがないということは集まる場としての格も落ちる」と考えたようである。
権力者として常に周りに権威を示す必要のある領主夫人。
そういった立場にある者としては見過ごせない点ということになるのだろう。
そのためレオンとしてはしっかり否定しておく。
「いえ、そのように思われるかもしれませんが夜会などとは社交の場としての性質が違うのです。例えば夜会はいわば正装をして集まる公的な場ですが、お茶会はどちらかというと私的な場に近いと言えます。そのためドレスコードなどはありませんが、逆にそういったものがないことでゆったりとした優雅な時間を過ごすことが出来ます。また私的な空間に招くことで相手への親しみを示すことにもなりますし、落ち着いた雰囲気で話すことで込み入った話をすることも出来ます」
「まあ、あなたの言いたいこともわからないわけじゃないけど……私的な社交の場ねえ」
レオンの説明に一定の理解は示してくれたものの歯切れは悪い。
自分が催す場としてはあまり魅力を感じないといったところであろうか。
そんなベルナデットの様子を見てレオンはひとまずこれ以上説得を続けることは諦める。
それよりこれ以上続けている間に令嬢たちが飽きてしまう方が困る。
「そうですね。ここまで説明がばかり長くなってしまいましたので、この続きは実際に紅茶を楽しんでいただいてからにしましょう…………それではお願いします」
最後の一言はこの部屋の入り口の横に立つ使用人に向かってかけたものであった。
それに応じた使用人が一礼をすると部屋の入口の扉を開ける。
するとそこからティーセットの乗ったワゴンを押して小柄で赤毛の女性が入ってくる。
その女性の服装は白いシャツに黒のチョッキとタイトロングスカート。この世界では極めて珍しい恰好であるが、薄く化粧を施された整った顔立ちと相まって凛とした印象を与えている。
そのまま部屋に入って来た彼女はワゴンを押して皆が座るテーブルの近くまで来ると、なめらかな動作で一礼をしてから自己紹介を口にする。
「紅茶職人のカレンと申します。どうぞお見知りおきを」
極めて端的な自己紹介ではあったのが、その佇まいは付け焼刃のレオンなんかよりはよほど洗練されていたのであった。