1-21 怪しい商品 下
「三つ目の理由ですが、これはかなり失礼な物言いになるかもしれませんがカレンさんの見た目の問題です」
「なっ!?」
「ええー!!な、なんてこというのよ!カレンさん可愛いじゃない。ちょっとレオン君!子供にはわからないかもしれないけど……」
レオンの爆弾発言に愕然とした様子で固まるカレンと憤慨するナターリエ。
それを見てレオンは慌てて弁解する。
「いや、そういう意味じゃなく……その、衛生上の……身だしなみのもんだいというか……端的に言って汚いです」
「…………」
「なんてこと言うのよ!いくら子供だからってっ……」
軽く涙目のカレンと席を立ち詰め寄ってくるナターリエ。
「いや、そうじゃなくて……ちょ、ナターリエさん暴れないでちゃんと聞いてください……痛っ……聞いてくださいって、これって商家にとって死活問題なんですよ」
「…………このっ……って、どういうことよ」
「いいですか?先ほども言ったように紅茶は高級品なのでその顧客は貴族などの富裕層や権力者たちなんです。そして紅茶はそんな彼らが口にする食品なんですよ。そこに髪の毛一本、虫一匹紛れ込んでいれば最悪な場合どうなるかわかりますか?」
「えっと……それは……」
「僕が汚いと言ったのは権力者たちの食品を扱ううえでの衛生観念が足りてないという意味です。服には汚れが目立ちますしほつれているところがあるので糸くずが混入する恐れがあります。手についている汚れも僕たちだと紅茶の色だと分かりますが客観的に見るとただの汚れです。爪も少し伸びていて黒ずんでいますし髪を括っているのはいいですが、出来れば落ちないように布を巻いてください」
「そんなに細かく……」
「僕も口に入れるポーションを作る職人ですから普段から手洗いや身だしなみには気を遣っていますし、特に納品や交渉に行くときにはより徹底しています。商人というのは相手をよく観察するものですから、当然身だしなみは厳しくチェックされますからね。もちろん調合するときも異物がはいらないようになど細心の注意を払っています。カレンさんは元々探索者ですからそういったことを教えてくれる人がいなかったのでしょうから仕方ないですけど、万が一権力者に出した紅茶に異物が入っていたりしてお腹を壊しでもしたら最悪毒殺騒ぎ、商家は潰れ納品したカレンさんは処刑されますよ」
「そんな……」
処刑と聞いて真っ青になるカレン。
これはあまりにも極端な例だが、衛生管理が徹底されている現代でもまれに食中毒はおこるのだ。
それが徹底されていないこの世界でなら十分に起こり得る。
そして細菌などの概念のないこの世界で食中毒の症状、腹痛や嘔吐を引き起こせば毒物が混入されたと判断されることは十分にあり得る。
「はい、ですから食品を扱うなら普段から……特に人と会う時や作業する時は身だしなみには気を遣ってください。食品を扱う商人からの印象が明らかに違います。極端な例えですが、お二人も食事に行ってうす汚れた格好に黒ずんだ手で給仕されるより身綺麗な人に給仕される方がいいでしょ?」
「確かに……」
「……うん……」
ナターリエは感心したように、そしてカレンはなにか考え込むような難しい表情をして頷く。
そんな二人を交互に見た後、レオンはカレンに視線を固定して話をまとめにかかる。
「ということでどうでしょうか、これが僕から見た紅茶の売れなかった理由です。ですので身だしなみを整えてから、社会的の信用のある人……例えば前のクランの渉外担当の方とかと一緒に、紅茶を扱ったことのあるような大きな商家に持ち込めば取引を出来る可能性も十分にあります」
「えっ?」
自分に不利な情報をサラッと言ってのけるレオンに驚いたような視線を向けるカレンだがその視線を受け止めレオンは堂々と続ける。
「販路としてもそういった大商会の方がすでにしっかり確立されていますし一度取引出来ればその後も売れる可能性は高いでしょう。ただ紅茶の魅力を引き出す方法や扱いに関してなら僕の方が間違いなく優れているという自信はあります。ですので出来れば僕と契約していただきたいと思っているのですがいかがでしょうか?」
「……うーん……」
「…………」
レオンの言葉を聞いてジッと下を向いて考え込むカレンとそれを不安そうに見守るナターリエ。
最初に比べれば態度はかなり軟化しているし、レオンとの取引も真剣に考えてくれている。このままじっくり考えてもらっても十分にレオンと契約してくれる可能性はあるだろう。
ただここは確実に契約してもらうためにレオンは奥の手を出すことにした。
「摘んできたお茶の葉を少し萎れるまで干してから揉み潰す。それを広げてから湿気の多い部屋にしばらく置いてから乾燥させる」
「えっ?」
「なっ、なんでそれを!?」
突然淡々と話し始めたレオンの言葉の意味が分からないナターリエと意味を理解して愕然とするカレン。
「漠然とした知識ですが合っていましたか?紅茶の製法……」
「…………ほとんど合ってる……」
「ええぇー!?」
「それはよかったです。先ほども言ったように紅茶に……というよりお茶に関する知識なら誰にも負ける気はしないですよ」
レオンは前世で確かに紅茶党ではなかったのだが嫌いではなかったし緑茶は結構好きであった。そしてお茶の歴史や違いに関するドキュメンタリー番組も見たことある。
「レオン君……なんでそんなことまで知っているのよ。他国の嗜好品に関して他の商人より知識のある子どもって……ルーさんから年のわりに物分かりが良くて賢いとは聞いていたけど、そんなレベルじゃなくてもはや異常よ」
「ナターリエさん、異常は酷いです。たまたま出会いに恵まれて知る機会があっただけですよ。詳細は企業秘密ですが……」
「企業秘密って……」
ニヤリと笑って平然としているレオンであったが、内心では引いてしまっているナターリエを見てやり過ぎたかと少し後悔する。
だが変に隠してこのチャンスを逃すことの方が損失だと思って開き直ることにしてそのままカレンに声をかける。
「どうでしょうか、カレンさん?」
「でも、紅茶の作り方を知ってても……」
「はい、それだけじゃ広める役には立ちませんよね。でも僕の知識はそれだけじゃありません。まず今日出していただいたミルクティーとストレートティー以外の飲み方も知っています」
「ミルクティーとストレートティー…………」
「はい、そして他にも色々な紅茶の楽しみ方を知っていますし、広め方に関しての腹案もあります」
「…………」
どうやら色々な紅茶の楽しみ方という部分に食いついたカレンはゴクリと唾を飲み込む。
それを見て成功を確信したレオンは最後のカードを切る。
「なにより……違った香りの紅茶の育て方や、お茶の葉を紅茶以外の飲み物に変える加工方法なんかも知っているんですが……」
そこまで言ったところでダッと立ち上がったカレンが瞬時にレオンの前まで来るとその両手をガッチリと掴む。
「け、契約する!!だからそれっ!!教えて!!……ください」
「は、はい……」
(さ、さすが上級探索者。全く反応できなかった……)
こうしてカレンと無事契約出来たレオンではあるが、とっておきのカードを切って驚かせたつもりが、全く反応できない彼女の動きに驚かされてしまい、どこか釈然としない気持ちを抱えてそっと息を吐くのであった。