1-20 怪しい商品 上
ナターリエのフォローを交えながら……というよりは8割がたナターリエが喋っていたような気もするが、とにかくカレンの半生を聞いてレオンは何とも言えない気分になった。
ボーっとした感じのカレンが上級探索者で、意外な情熱を紅茶に注ぎこんでいたことにも驚いたのだが、やはり現代日本人の感覚を持つレオンとしては彼女の生い立ちの方が気になった。
現代日本の感覚では不幸と言えるような生い立ちだが、この世界ではありふれているともいえる。
悪く言えば親に売られて借金漬けにされたのだが、いいように見れば才能を見出され奨学金をもらって全寮制のエリート学校に入学させてもらったと考えられなくもない。
ナターリエによると実際、上級探索者には似たり寄ったりの生い立ちの者が多いそうで特別彼女が不幸というわけでもないそうだ。
むしろ客観的に見ればレオンの方が不幸だと指摘された。
レオンとしては一度成人した精神を持っている自分は比較にはならないので苦笑するしかなかったのだが……
ともかくカレンも内心では自分を売買した両親やクランに対して思うことがあるのかもしれないが、生い立ちを語り終えても本人は漂々とした様子だったのでそこについてはレオンが口を出すところでもないので深く考えることはやめた。
それよりも今後のことだ。
現状この界隈で紅茶がほとんど流通していないなら大きなチャンスであるし、4年もかけて紅茶を再現した彼女のことなら信用もできそうだ。
是非とも継続的に取引したいところだ。
そうなるとあと必要なのはその逆、レオン自身が彼女からの信頼を勝ち取る必要がある。
ここからが勝負だとレオンは気合を入れる。
「色々教えてくださりありがとうございました。で、そうして苦労して作り上げた紅茶なんですが……品質には自信があるのに商人に持ち込んでも買い取ってもらえない、もしくは買い叩かれそうになったんじゃないですか?それで知り合いのナターリエさんに相談した結果子供の僕が来てしまったのでがっかりした」
「なっ!?」
「えっ!?……なんでそれを?」
両者の驚いた様子から自分の予想が合っていたことに内心ホッとため息を吐きつつも、表面上はさもありなんといった表情をたもちつつレオンは続ける。
「これでも僕は商家の生まれの端くれでこれから行商を行おうというんです。当然商人としての視点も磨いています。そして商人としての視点で見ればこの紅茶が売れない理由もわかりますし、逆にどうすればこの紅茶を商人たちに認めてもらえるかもわかります」
「…………」
「なんというか……自分で連れて来ておいてなんだけど、やっぱりレオン君ってちょっとおかしいわね」
「…………さすがにおかしいというのは心外ですが……、まあそれはいいとしてこれからその理由を説明しますが、もし僕の説明に納得していただけるなら僕を一人の商人として認めて取引について真剣に考えていただけますか?」
「…………わかった、納得がいったらちゃんと考える。だから教えて」
そう言ってレオンをジッと見つめるカレンからは、先ほどまでの様子とは違いレオンの言葉に真剣に耳を傾けようという意志が感じられる。
本当にゼロ状態から茶の木を探し出し、試行錯誤してやっと納得のいくクオリティで紅茶が再現出来た。
そんな自負をもって商家に持ち込んだのに全く認めてもらえない。
それは納得できないだろうし、不満を持っていることがありありと見て取れる。
「ありがとうございます。先に言っておくと僕の見た感じ紅茶の品質には問題ありません。むしろ長期間湿気の多い船に乗せて遠方から輸入してきたものより品質はいいかもしれません」
「……うん」
その通りといったように、それでもどこかホッとした様子でひとつ頷くカレン。
「ではなにが理由なのかというと、『紅茶が滅多に手に入らない貴重な品だということ』に問題の大半は集約されます」
「んっ?」
「それのなにが問題なの?」
それの何が問題なのか分からないといった風に首をかしげる二人。
「まず貴重な品というのは高級品ということになりますよね?で、そういった品物の顧客というのは当然貴族や領主などの権力者、富裕層となります」
「……うん」
「そこで大切になってくるのが商品に対する信用です。権力者相手に下手な商品を納入出来ませんからね」
「なるほど」
「しかしこの場合3つほど問題があります」
「んっ?」
「3つも!?」
「はい、3つもあります。それでまず一つ目ですが、紅茶が希少過ぎてほとんどの商人が実物を扱ったがないということです」
「あっ!」
「相手が大きな商家の商会長とかならまだしも持ち込み品の買い取りなんて下っ端の仕事です。名前を聞いたことはあるけど、飲んだことはおろか下手すれば見たことすらないような代物を本物かどうかもわからず買い取ることはできません」
「…………」
「さらに二つ目、そこで必要になるのがカレンさん個人の信用なんですが、カレンさんは上級探索者ということですが……それって正確に言うと高ランクの探索者ということですよね?」
「うん、金ランク5級」
「金ランクなんですか!?凄いですね……。ただ金ランク探索者といえば一見すると信用がありそうなんですが、ランクってあくまでも探索者としての実力の証明であって、人格の証明ではないということはお二人の方がご存知ですよね」
「そ、それは……」
「……うん」
ナターリエの立場としては素直に頷くわけにはいかないが、カレンには信用できない金ランクに思い当たる人物でもいるのか素直に頷いている。
実際探索者のランクは迷宮での到達階層で決められているので人間的な信用度とは一切関係がない。
「ましてやカレンさんは金ランクとしては低い5級で積極的に依頼をこなしているわけでもなく、社交を好むタイプでもないでしょう?それに大手クランという後ろ盾も辞めてしまっている」
「……うん……」
「もちろん僕はこうしてナターリエさんに紹介してもらって色々と話をさせてもらっているのでカレンさんが信用できる人だとわかっています。しかし持ち込んだ相手は誰の仲介もない初対面の商会員です。金ランクとはいえ大手クランを脱退した見知らぬ探索者が、南方の国でしか産出されない高級品である紅茶を、新たに迷宮で発見したうえに自分で加工したと言って持ち込んだとして果たして信用してもらえるでしょうか?」
「……無理……」
「……そうね」
ここで思い出されるのが先日レオンとギルドで面会したホルストの存在だ。
迷宮の踏破率から考えてもギルド内での彼の評価はせいぜい下の上か中の下。
しかし彼は丁寧な仕事をして取引相手からの評判を高めていたし、人脈づくりにも積極的で自分の顔を売っていた。人当りもよく物腰も柔らかい。いうなればカレンの対極にいるような人物であるのだが、恐らく商人からの信用という面では彼の方が圧倒的に上だろう。
ナターリエの脳裏にも彼のことが浮かんだようでレオンと視線が合うと「なるほど」といった様子で一つ頷いた。
ただどうやら同時に先日のレオンの熱弁ぶりも思い出したようで少し意地の悪い表情を浮かべている。
思わずレオンがスッと視線を逸らすとナターリエはクスっと笑ってからその笑みを今度はカレンに向ける。
「うーん、確かにレオン君のいう通りかな。カレンさんって経歴だけ見ると粗暴な探索者と見分けがつかないもんね。それにカレンさん口下手だしなあ」
「…………」
どうやら今度はターゲットをカレンに変えたようでからかうように言うナターリエ。
「ちょ……ちょっとにらまないでよ、冗談よ、冗談。」
しかし無言でジッと見つめてくるカレンの圧力に負けたのか、慌ててフォローする。
そんなナターリエを呆れた様子で横目に見ながらレオンは続きを話す。
「それで三つ目の理由ですが……」
「えっ……あ、うん……」
戸惑った様子のナターリエとこちらをジッと見つめるカレンを交互に見てからレオンはとても言いにくそうにためらった後、申し訳なさそうに口を開く。
「三つ目の理由ですが、これはかなり失礼な物言いになるかもしれませんがカレンさんの見た目の問題です」