1-18 頑固な職人? 下
「どうぞ」
そういってお盆をテーブルの上に置いたカレンは椅子の方を指し示す。
相変わらず表情は不満気な様子ではあるが、一応歓待はしてくれるようだ。
「ありがとうございます」
「カレンさん、ありがとう」
レオンはナターリエとともにお礼を言って席につくと目の前に置かれた木製のカップに目を移す。
探索者ギルドでナターリエに出されたのはミルクティーですでに砂糖とミルクが入れられていたが今目の前に置かれている液体は紅、ストレートだ。
まずは香りを確かめようとカップを手に取ったところで隣に座ったナターリエから声がかかる。
「あ、レオン君まだ飲んじゃだめよ。そのままだとまだ完成じゃないの。ミルクと砂糖とかはちみつを加えて味を調整しなきゃ苦いわよ」
「……ありがとうございます。でも本来の味も確かめたいのでこのままいただきますね」
どうやらナターリエの中では紅茶とはミルクティーの状態が完成形であって、ストレートで飲むものではないようだ。
(まあ女性だし、特に甘味の少ないこの世界の人間にとってはミルクティーの方が美味しく感じるよな。というか今まで見たことがないし、このあたりではかなり珍しい飲み物らしいから、ナターリエさんだけじゃなくて皆がそういう認識なのかもしれないな)
そんなことを考えながらカップを手に取り口元に近づけてからまずは香りを確かめる。
独特の甘みを含んだ華やいだ香りが鼻孔をくすぐる。
懐かしいその香りを十分の楽しんだ後、今度はゆっくりとカップに口をつける。
ミルクを入れる前提なのか少し熱すぎるが癖になるような紅茶特有の渋みは強過ぎも弱過ぎもせずちょうどいい塩梅。
品種が違うのか産地が違うせいか記憶にある紅茶とは少し風味が違う気はするが、日本で飲んでいた紅茶に遜色ない香りと味わい。
前世ではコーヒー党であったレオンであるが、紅茶が嫌いなわけではなかったのでそれなりの頻度では飲んでいた。
そして飲むときはどちらかというと甘いレモンティーやミルクティーよりはストレートで飲むことを好んでいた。
「……うん、美味い……」
「…………」
「…………なんかレオンくんおじさんみたいね」
「…………」
思わずつぶやいたレオンを、先ほどまでとは違い観察するような様子でジッと見つめるカレンと、ある意味では的を射ているツッコミを入れるナターリエ。
ナターリエ容赦ない感想に軽く傷つきながらも、カレンの様子にチャンスと感じたレオンはこのまま続けることにする。
「いや、本当に美味しいですよ、かなり品質がいいと思います」
「…………」
「えー、そうなの?そのまま飲んでも渋いだけだし、渋みで美味しいってやっぱりレオン君おじさん?」
無表情ながら褒められて少し嬉しそうなカレンと、何故かより嬉しそうな顔でまぜっかえすナターリエ。
(あれっ?この人手伝いに来たはずだよな?なんで嬉しそうに邪魔してんだよ)
どうやらあまり子供らしくないレオンが、オジサン呼ばわりされて嫌そうな顔をしたのを見てからかいたくなったようだ。
レオンはそんなナターリエを見て軽くため息をついてから口を開く。
「もちろん甘いミルクティーも魅力的ですが、ストレートのこういう独特の渋みというか苦味も好きな人は多いと思いますよ。くせになりそうな味ですし甘い物を食べた後の口直しにもなります。それにそもそも甘くしたときのコクになるのがこの苦味だと思いますし……」
「……なるほど……」
さすがに露骨にため息を吐かれて反省したのか今度はナターリエも素直にうなずく。
レオンはそんなナターリエから視線を移し、ジッと聞いているカレンに向かって言葉を続ける。
「そういう視点で見てもこの紅茶は雑味もなくて紅茶独特の渋みのバランスもちょうどいい。なにより紅茶の最大の魅力である香りも全く損なわれていない。これはよっぽど製法にこだわって試行錯誤しないと出せない品質ですよ」
「……うん……」
レオンの視線を受け止め、無表情ながら心なしドヤ顔でうなずくカレンに不機嫌そうな様子はもはや見られない。
どうやらレオンが自分の職人として仕事の理解者だと認めてくれたようだ。
こだわりを持つ職人ほど、そのこだわりを理解してくれる者に弱い。
カレンもその例に漏れないようだ。
そうしてようやくカレンとの心の距離を詰め始めたレオンにナターリエが不思議そうに声をかける。
「ねえ、レオン君。なんか妙に紅茶に詳しい気がするんだけど、本当にこの前飲んだのが初めてなの?」
「……すみません。本当はギルドで頂く前に一度だけ飲んだことがありました。ただその時に色々聞いたんですが……紅茶って本来は南方の国の王侯貴族専用の飲み物で本来手に入るものじゃないんですよね?僕が飲んだのも横流し品だと聞いていたので素直に話していいのか判断がつかなくて嘘をついてしまいました。ほんとうにすみません」
実際これも嘘でレオンとしても心苦しいのだが、さすがに前世のことを安易に話すわけにはいかない。
「ああ、いいのよ。別に責めたいわけじゃないから。確かにそう聞いていたなら大っぴらに話せることじゃないでしょうしね。けどここはその南方の国じゃないし、そもそも庶民が飲むことを禁止されているわけでもないから、正当な売買で購入して飲む分には問題ないわよ。出回っているものはごくわずかだけど必ずしも横流し品ってわけでもないしね」
「そうなんですね、よかったです。よければそのあたりのことも詳しく伺っていいですか?この国や南方の国での紅茶の扱いとか売り先を決めるのにも知りたいですし、そもそもなんでカレンさんが紅茶を作ろうと思ったかも知りたいですし……」
「確かにそうね、そのあたりのことも知っておいたほうがいいわね。カレンさんもいいかな?」
「……うん……」
こうしてレオンはこの世界での紅茶事情……というよりはカレンの生い立ちと紅茶づくりをすることになったきっかけを聞くことになった。