1-17 頑固な職人? 上
探索者ギルドでホルストと顔合わせをした翌日、レオンは迷宮都市ベギシュタットの南側、様々な工房が集まっている職人街に来ていた。
「着きました、ここですね」
同行者は昨日に引き続き探索者ギルドのナターリエ。
今日は彼女に紅茶を作った職人を紹介してもらうことになっている。
こんなに連日自分の相手ばかりしていて大丈夫なのかと思わないでもないのだが、本人曰く問題ないとのことで同行してもらっている。
目的地は職人街でも繁華街に近い一角にある小さな古びた工房……というよりただの平屋。
辺りには食品加工関係の工房が集まっているらしく何とも言えない独特の匂いが漂っている。
レオンが周辺に気を取られている間にナターリエが来意を告げていたようで、視線を件の平屋に戻したところでちょうど入口が中から開かれた。
戸の後ろから出て来たのはぼさぼさの赤毛を頭の後ろで雑にくくった小柄な人物、若い女性であった。
彼女を見てレオンは職人の家族か小間使いかと一瞬思ったのだがナターリエから聞いていた話では職人は一人暮らしだったはずだ。
つまり彼女がその職人で間違いないようだ。
レオンはそのことに軽い驚きを覚える。
紅茶の製法を見つけた職人と聞いて、てっきり頑固そうな老人とか偏屈な研究者のような人物を思い浮かべていたからだ。
もっとも見た目ただの子供であるレオン自身も一応はポーションを調合する職人の端くれなのだが……。
そのことに思い至ったレオンはすっかり固定観念に縛られていた自分を反省し、改めて相手を観察する。
そして思わずため息を吐きたくなった。
しかしそれはあちらも同様であったらしく、ナターリエとは笑顔で挨拶していたその顔がレオンを見ると一瞬不思議そうな表情に変わった後、徐々に表情が強張り今では明らかに不満そうな表情を浮かべている。
どうやら子供であるレオンが取引相手であると分かり落胆しているようだ。
そんなお互い微妙な雰囲気を察したのかナターリエが慌てた様子で口を開く。
「カレンさん本日は時間を作っていただきありがとうございます。先日お話した通り紅茶の納品先になってくれそうな方、レオンさんをお連れしました。レオンさん、こちらはカレンさん。紅茶の製造にこの迷宮都市で初めて成功した職人です」
不満そうなカレンの表情を見てナターリエが呼称を『レオンさん』に変えたことに苦笑を浮かべたレオンであるが、せっかくとりなしてくれたナターリエに応えてひとまずは不満を引っ込めて挨拶をすることにする。
「初めまして、カレンさん。メンブラート公国の都市プレージオで商いをしているトーレス商会の長男、調合士のレオンシオ・トーレスと申します。このベギシュタットにはポーションの材料を仕入れに来たのですが、今後も定期的に仕入れに来る予定なので同時に行商を行えないかと思い商材を探していたところ、今回ナターリエさんにこちらをご紹介頂きました。よろしくお願いします」
そう言って軽く微笑みながら会釈をして見せる。
そんなレオンを見て驚いたように目を見開いたカレンではあるが結局不満そうな様子はあまり変わらずボソリとつぶやくように口を開く。
「紅茶をつくっているカレンです……」
「…………」
そのあまりも不愛想な様子にレオンの作り笑いも思わず引きつる。
そこにナターリエが慌てた様子で割って入る。
「えっと、とりあえず入口で立ち話するのもなんですから座って一度落ち着いてから話しません?カレンさん、上がらせていただいていいですか?」
「……わかった……」
不承不承といった感じで頷いたカレンはそのまま案内どころかこちらを振り返りもせずさっさと奥に引っ込んでいく。
そんな彼女の様子を唖然として見ていたレオンにナターリエが近づいて来て小声で話しかける。
「あの、レオン君ごめんなさい、気を悪くしないでね。その……彼女は人付き合いが苦手なタイプでちょっと愛想がないんだけど悪意があるわけじゃないの。仕事に関してはとても真面目で研究熱心だし……とにかくついて一度ついて行ってきちんと話をしてみない?」
ナターリエに申し訳なさそうにそう言われたレオンは、慌てて気にしていないことをアピールする。
「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまってすみません。少し驚きましたが大丈夫ですよ。元々頑固オヤジが出て来て、子供の僕の見て怒鳴りつけてくるなんてことも想定していたので全然問題ないです。むしろここからが僕の腕の見せ所ですよ」
「まったく君って子は……ほんとあの子とどっちが子供なんだかわからなくなるわね。そうね、君なら本当にそれくらい想定してそうだし……それではお手並み拝見さていただきましょう」
レオンが空気を変えようとおどけて見せたこと察してナターリエも同調する。
そしてどちらからともなく笑いながらカレンの後に続いた。
ナターリエに続いて戸をくぐるとそこにはカレンの姿はなく奥のほうから微かに物音が聞こえてくる。
部屋の中を見回すどうやらこの部屋はリビングとして使われているようで中央に古びたテーブルがおいてあり簡素な作りの椅子が複数据えられている。
それ以外に目につくのは壁際に拵えられた棚に雑然と置かれた鍋や用途のわからない調理器具らしき物ぐらいで、どうやらカレンは内装などには興味がないらしい。
もっともその棚にあるものもほとんどがホコリをかぶっており最近は全く使われていないことがうかがえるが……
そうしてしばらくレオンが部屋の中を観察していると奥の部屋からお盆に木製のカップを乗せたカレンが現れた。
カップから立ち上る微かな湯気や漂ってくる香りから中身が紅茶であることが見て取れる。
出て来るタイミングの早さからどうやらレオンたちの来訪に合わせて準備していてくれたようだ。
ただその表情は相変わらず不機嫌なままで明らかにレオンに対して不満を持っていることが見て取れる。
(これはちょっと厄介そうだけど、せっかく母さんがつないでくれた縁から転がり込んできた大きなチャンスなんだ。この世界で上手くやっていくためにもここは踏ん張りどころだな)
一つ息をついて気合を入れるとレオンは笑顔を浮かべて席に着くのであった。