3-26 勝利の宴と今後の予定
ヴェレンテ防衛戦が開始されてから四日。
防衛部隊は辛うじて魔物たちの群れの撃退に成功し、ヴェレンテの街は都市全体を挙げてのお祭り騒ぎに包み込まれていた。
まだ正確な数字が出ているわけではないが最終的な死亡者数は参戦した者たちのうちの約一割、三千人を超えると見込まれており決して喜び一色とは言えない。
だがそういった者たちへの追悼の意味も込めてのお祭り騒ぎであった。
それにフィレット王国との長期対陣を含めれば、住民たちは優に一か月を超える期間ヴェレンテの城壁の中に閉じられていたのだ。
さらに魔物たちの襲撃で街は陥落寸前まで追い込まれたとあって、住民たちのストレスは計り知れないものとなっていた。
そんな状況からようやく解放されたのだから、住民たちが羽目を外すのも仕方のないことであった。
とはいえベギシュタットから届いた支援物資は武器、医薬品などの軍事物資がメインであったため、それほど贅沢が出来たわけではない。
街中に辛うじて残されていた食料やアルコール類をかき集めてのどんちゃん騒ぎだったのだが、それでも住民たちの笑顔からは喜びが溢れ出しており、お祭り騒ぎは夜遅くまで続いていた。
ここはそんなお祭り騒ぎが行われている広場のうちの一つ。
主にベギシュタットから派遣されてきた探索者たちが集まっている一角で、レオンも仲間たちと勝利を祝っていた。
最初に同じ席についていたのはレオンたちとヴァレリアたちのパーティーだけであったのだが、いつの間にか徒然なる貴婦人のメンバーたちやオットマーまでもがその輪の中に加わっており、かなり賑やかな状況になっていた。
「いやぁレオン君、本当に君たちはたいしたものだよ。いっそパーティーごと徒然なる貴婦人に加わる気はないかい?」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。徒然なる貴婦人は女性限定クランじゃないですか」
「大丈夫、君やホルストなら皆も大歓迎なはずだ。どうだい?男二人であとは全員が美女たちだ。夢のハーレムクランだぞ」
「何言ってやがる、ほとんどが既婚者じゃねえかよ!しかもその旦那はほとんどが元探索者、手なんか出そうもんなら命がいくつあっても足りねえよ!!」
「いいじゃねえかホルスト、お前にはお似合いだよ。元一線級で一度は引退してる女探索者たちってことは、そのほとんどはとうが立ってい……ゴハァッ!!」
余計な一言を言いかけた瞬間に制裁を受けるトーニオ。
どうやら彼らのパーティーもかなりこの面子に馴染んできたようで、他のメンバーたちもベギシュタット組と思い思いに交流している。
ダンジョンのことについても色々聞いているようなので、そのうち彼らとベギシュタットで再会することになる可能性も低くはなさそうであった。
だが酔った勢いとはいえトーニオの一言はさすがにタブーだったようで、結構本気で痛い目に遭っていた。
レオンはそれを横目に見て内心ではかなり冷や汗をかいていたのだが、視線を逸らした先でちょうどオットマーと目が合ったので、気になっていたことを尋ねることにした。
「そういえば、オットマーさん。俺たちの今後の方針って決まったんですか?」
「ええ。明日正式に発表されることになると思いますが、恐らく十日ほど休養を取った後、我々も敵の本拠地に向けて進軍を開始することになりそうです」
今回の戦いはヴェレンテ防衛部隊の勝利に終わったが、まだミュータントインセクトが全滅したわけじゃない。
相手にはまだクイーンが残っていることもあり、その討伐は必須であった。
「それってベギシュタットから来る探索者ギルド本隊の進行に合わせてってことですか?」
「ええ、それに加えてフィレット王国側からも部隊を出してもらって、三方向から敵の本拠地を攻める予定だったのですが……あちらは厳しいでしょうね」
そう言ってオットマーが表情を曇らせると、ロザリンダもその話に興味を持ったのか会話に加わって来た。
「つまり、あっちは撃退に失敗したということ?」
「はい、あちらでは東部最大の都市が陥落したようです。幸い防衛部隊が全滅しきる前に日が暮れたため、夜のうちに多くの住民たちが脱出出来たようなのですが、それでも被害は計り知れないとのことです」
「……そうですか。それで、フィレット王国は今後どうするつもりなのですか?」
「国中からあらゆる戦力をかき集めて対処するようですね。まあそれだけでは足りないと見たのか、周辺諸国にも援軍を要請しているようなので恐らくはなんとかなるでしょう。ことが終わった後に国として残っているかはわかりませんが……」
「…………そうですか」
オットマーの答えを聞いてレオンはため息を吐くと、思わずセフィへの方へと視線を向けた。だが幸い彼女は取り乱したような様子もなく、冷静にオットマーの話を聞いているようであった。ただし、やはり心配ではあるようで顔色は少し悪いように見える。
先日彼女に話を聞いたところあの国自体に未練はないと言っていたのだが、親しかった知人たちの安否は気になるとのことだったので、やはりそちらが心配なのだろう。
「まあ確かに国軍がボロボロでなりふり構わずに他国にも援軍を要請したとあっては、周辺諸国の食い物にされることになるわね。けどそれは仕方のないことなんじゃない?自業自得よ。それより私はオットマーの言い方の方が気になったのだけど、ギルドはあっちに援軍は送らないの?」
「ええ、送りません。こちらは予定通り魔物たちの本拠地制圧に向かう予定です」
「なんか随分と急いでいるように思えるんですが、何かあるんですか?」
「確かにそう見えるわね。こっちが十日後に出発ってことはベギシュタットの本隊は今日か明日には出発するってことでしょ?さすがにそれは早過ぎない?」
レオンたち先遣隊は招集された翌日には出発したのだが、それはたった千人の部隊であったからだ。
ギルドの本隊は万を超える大軍になるので、出発するにはそれ相応の準備が必要になるはずであった。それに元々備蓄してあった物資はレオンたち先遣隊が残らず持って行ってしまっているので、余計に時間を要するはずだ。
それらを勘案すると少なくとも十日以上は準備期間が欲しかったはずなのだが、今日はまだギルドが緊急招集をかけてから七日しか経っていなかった。
そもそも上位探索者の場合ダンジョンに数日泊まり込んで探索するのが普通なので、七日では全員が帰って来ているかも怪しいところであった。
「ええ、実は少々問題がありまして……」
「問題?」
「はい。先日お見せしたミュータントインセクトの資料の中に、卵についての記述があったのを覚えていますか?」
「ええ、確かクイーンが卵を産んで、それに因子を与えているとかなんとか……」
「はい、そうです。ですがダンジョンに生息している魔物というのは、いつの間にかリポップしているものであって普通は繁殖など行いません。だからこそ常に一定の数を保っているのですが、この魔物の場合は卵を産んで繁殖してしまいます。それでも今まではダンジョンという限られた環境の中にいたので、食糧などの関係で個体数は制限されていたはずなのですが、今はその制限がありません」
「……つまり、今は卵を産み放題ってわけか」
「ええ。そして孵化するまでの日数は約二週間。つまり我々が敵の本拠地に着いた頃にはすでに新しい個体が産まれている可能性があるのです。ですが分かっている情報はそれだけで、一度にどれほど産めるかも、それらが成体になるまでにかかる期間すらも分かっていません。周辺の魔物を狩っているはずですから新たな因子も手に入れている可能性もあるでしょうし、なんとしてもそれらの個体が成長しきるまでに討伐する必要があるのです」
「……なるほど。時間を与えれば与えるほど手が付けられなくなるってわけですか」
「はい。それに最悪の場合、新たなクイーンが産まれている可能性だってあります。もしそれが巣立って行ってしまえば本当に手を付けられなくなってしまいます」
それを聞いて、レオンは前世日本での記憶を思い出していた。
確かレオンが暮らしていた日本でも、海外の危険な種類のアリが輸送コンテナに紛れて入って来ていたことが、ニュースになっていたはずだ。
具体的にどんな種類でどこに上陸したかなどは覚えていなかったし、その後どうなったかも覚えていない。だが大きな騒ぎになっていたことだけはしっかりと覚えていた。
日本ではあんな小さなアリでさえ危険視されて大騒ぎされていたわけだが、今回のミュータントインセクトが繁殖してしまった場合の危険度はその比ではない。
生態系が変わってしまうのはもちろん、最悪人類の生存圏を脅かす可能性だって出て来てしまうだろう。
オットマーのいう通り、なんとしても殲滅する必要があった。
「まあそうは言っても今回は探索者ギルドの本隊がいます。我々の役割はどちらかというと陽動がメインになるでしょうからそれほど心配はいりませんよ。今回ほどギリギリの戦いになることはまずないでしょう」
「ん?ということは五大クランの連中もきっちり揃ったの?」
「ええ、それどころか運よく上位パーティーの面々もほとんど揃いましたので、今回の討伐も問題なく終えることが出来るでしょう」
そう言って安心させるように笑みを浮かべたオットマーを見て、周囲にもホッとしたような空気が流れた。
そんな中、不思議そうな顔をしたヴァレリアが声をひそめて隣のホルストへと尋ねた。
「ねえ、ホルスト。五大クランの戦力ってそんなに凄いものなの?」
「ああ。五大クランはカレンやロザリンダクラスの探索者をパーティー単位で複数揃えているからな。他の上位パーティーもほとんど集まったとなると、あのレベルの探索者が百人以上やってくるってことだ」
「あの人たちが百人以上って……。それは確かに凄まじいわね」
「考えても見ろよ。今日だってベギシュタットからの援軍組はたった千人で、二万人を超えるヴェレンテの守備隊と遜色ない働きをしていたんだぞ。しかもアレって輸送要員も含まれていたから、実質戦っていたのはその四分の三にも満たなかったはずだ。そのうち五百人程度が五大クランの一つ、戦火の誓いの連中だったと言うとその凄さがわかるだろ?」
そうホルストに聞かれて、ヴァレリアは黙って頷くしかなかった。
だがそんなヴァレリアに対して、横で話を聞いていたロザリンダがさらに追い打ちをかける。
「ちなみにそんな戦火の誓いでも五大クランの中で比べてみると、戦力的には低い方なのよ。堅実な働きをするから商人とかの評価は一番高いんだけどね」
そう言って笑うロザリンダの話に黙って頷くベギシュタットの探索者たち。
それ見て、ヴァレリアはその話が真実であること理解するのであった。