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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
三章 大陸南部動乱
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3-21 ヴェレンテ防衛戦 反撃の狼煙




 ヴェレンテ防衛戦四日目の未明。

 澄み渡った空気の中で空は徐々に明るくなりつつあり、太陽が間もなくその顔を見せようかというような時間帯。

城壁の近くに布陣した魔物たちの群れは未だに動き出してはおらず、まだ深い眠りの中にあった。

その数は開戦当初に比べるとかなり減少しており、五万はいた魔物たちの数はすでに三万を切っていた。


 対して防衛部隊の側は復帰した負傷者を合わせて二万五千程度。


 一見すると初期に比べてその戦力差はかなり縮まったように見えるのだが、魔物側はまだ上位種を数多く残していた。

 それにまだ戦場に出て来た上位種は戦闘階級における最下層のポーンだけ。

少なくともその上にウォーリア、ナイト、ジェネラルという三種類の上位種が確認されている以上、まだまだ油断は出来なかった。


 そんな状況下にある中、防衛部隊の面々はいつもよりもかなり早い時間から起き出しており、眠い目をこすりながらもその時を今か今かと待ち受けていた。




 城壁の上にある防衛部隊の本陣。

そこにはいつもより多くの面々が集められていた。

 オラーツィオ・グランドーニ将軍をはじめとしたセヴェーロ王国軍の幹部たちに、探索者ギルドヴェレンテ支部のジルダ支部長。

 ここまでは昨日までと同じ面子であったのだが、今日はそこにベギシュタットからの援軍組も加わっていた。

 ロザリンダをはじめとした徒然なる貴婦人の面々に、レオンたちの混成パーティー。そしてベギシュタットにある探索者ギルド本部から派遣されてきたオットマーと職員たち。

 ついでにわけもわからず連れてこられたホルストやヴァレリアたちをはじめとした、何組かの上位探索者パーティーまで詰めかけていたので、いつもよりかなり手狭になっていた。


 だがそれに不満をこぼすような者はおらず、緊張した様子でその中心部にいるレオンたちの動向を見守っていた。

 

 

「ベギシュタットからの派遣部隊、配置に着きました」


 オットマーの落ち着いた声を聞いてオラーツィオは一度頷くと、その視線をレオンへと向けた。


「よし、では作戦にとりかかるが……本当に大丈夫なのであろうな?」


「……なんともいえませんが、少なくとも事故だけは起きないように細心の注意を払って行うとだけは約束します」


「…………まあ確かに失敗しても事故さえ起こさないでおいてくれればこちらに損失はないのだが、もう少し景気のいいことは言えんのか?」


「大丈夫ですよ。レオン君はこう言っていますが、我々ギルドの人間も成功する可能性は十分にあると見ています。上手くいけばこの戦いを一気に終わらせることが出来ますし、失敗しても普通に防衛戦を続ければいいだけなんですから、試してみる価値は十分にありますよ」


「…………わかった、始めてくれ」


 レオンから帰って来た曖昧な答えに作戦の開始を告げるのをややためらってしまったオラーツィオであったが、オットマーからの口添えでようやく納得したのか、ついに作戦の許可を出した。


 その声を聞いてレオンは頷くと、一人胸壁の近くに離れて立っていたサミアへと声をかけた。


「サミアさん、ターゲットの確認は出来ましたか?」


「ああ。一体だけ図抜け大きいのがいたから、恐らく間違いないだろう」


「了解です。それでは始めます」


 そう言ってレオンは頷くと少し周囲を見回してから、並んで立っていた二人の見知った男たちに向かって声をかけた。


「えっと、ホルストさんと……それからトーニオさん。すみませんが手伝っていただけませんか?」


「ん?かまわないが……」


「俺もか?」


「ええ、力のある人の方がいいのでお願いします。今からインベントリから大きなモノを取り出すので、すみませんがそれを二人で落とさないようにしばらく支えていていただけますか?」


「ああ……わかった」


「チッ、仕方ねえな」


 レオンの頼みに二人が頷いて見せると、レオンは二人を向かい合って立たせてからその上にインベントリを展開した。

 すると中から奇妙な物体が飛び出して来たので、二人は慌ててそれを受け止めた。


「結構重てえな……。いったいなんだよ、これは……」


「これは……スライムプラスチックか?」


「ええ、その通りです。これはスライムプラスチックの巨大な塊です」


 それは大の大人が二人で支えなければならないような大きさの物体で、やや縦長の卵のような形をしていた。ただしキレイな卵型をしているというわけでもなく、所々に溝が刻まれておりその上部には矢羽根のような奇妙な突起もついていた。

 この世界の人間が見れば「上に尾ひれのついたデカい酒樽」と例えたのかもしれないが、レオンのような現代知識を持った人間が見れば「飛行機から落とす爆弾のような形」であった。


 実際レオンもそれをイメージして創ったのだが、誰かに抱えてもらうことを考えてあまり表面を滑らかにはせずに、なるべく凹凸をつけていた。


「それではイリーネ、よろしくお願いします」


「ほ、本当にやるんですか?」


「大丈夫だよ。ちゃんと実験したじゃないか」


「でもこんなに大きくなかったし、もし失敗しちゃったら……」


「ああ、この場にいる人間は全員吹っ飛んじゃうかもね。だから二人も、俺がいいと言うまでは絶対に手を離さないでくださいね」


「はあ!?」


「お、おい!!ちょっと待て!!」


「あ、それから身体強化も使わないで下さいね。たぶん大丈夫でしょうけど、魔力が変な干渉して暴発しても困りますし……」


「暴発って……おい、それはどういうことだ!!」


「それではイリーネ、始めちゃって」


「は、はい」


 レオンのとんでもない発言の内容に、思わず顔色を変えて騒ぎ出したホルストとトーニオであったが、レオンはそんな二人を無視してイリーネに始める様に指示を出した。


 するとガチガチに緊張したイリーネがゆっくりとホルストたちの元へと歩み寄り、二人が抱えている物体へとその手を添えた。


「バ、バースト……」


 そして目をつむると、その魔力をゆっくりと物体の中に注ぎ込み始める。


「お、おい!!」


「ちょっと待……」


「あ、あまり動かないで下さいね。下手に刺激を与えると爆発しますよ」


「なっ!?」


 それを見て二人は思わず止めようとしたのだが、レオンからの警告を受けてピタリとその身動きをやめた。

 もちろん冷や汗をかいているのは二人だけではなく、周囲を囲んでいる者たちも同様でむしろ彼らの方がその顔色は悪かった。

 平然としているのはカレンやロザリンダなどの一部の探索者のみで、オラーツィオの顔色も心なしか青ざめていた。


 そんな緊張感が本陣を支配する中、周囲を見る余裕のないイリーネは必死になって魔力を注ぎ込んでいく。

 最初はゆっくりと注いでいたはずなのだがいつの間にか魔力を注ぐことに集中しきってしまっており、そのペースは徐々に上がりつつあった。


「お、おい……なんか温かくなって来てねえか?」


「ああ、しかもなんか……少し振動しているように感じるんだが……」


「イ、イリーネ、もう少しペース落として……。聞こえてる!?イリーネ!!」


「えっ?あ、ごめん…………えっと、どうしたらペースが落ちるのかな?」


「!?」


「サ、サミアさん!!今すぐお願いします!!」


「……わかった」


 急に慌ただしくなったレオンたちを見て、周囲も一斉に浮足立つ。

 だがそんな空気の中でもサミアは落ち着いて弓に矢をつがえると、弦を引き絞ってから狙いを定めてピタリとその動きを止めた。

 そして風の動きを読み、タイミングを見計らってその矢を解き放った。


 彼女の持つ武技ギフトは斥候に向いたものであると言われているのだが、実際は狩人としての能力に特化した複合ギフトであった。

 そのため気配を消したりするのも得意なのだが、実際は弓を射るのに役立つギフトも揃っており、遠くのものハッキリと見分けたり、風の流れを読んだりすることギフトが組み込まれていた。


 彼女の放った矢は風の流れに乗って、真っすぐと魔物たちの中心部へと飛んでいく。

 そしてひときわ大きな個体、恐らく指揮を執っていると思われる魔物の数十センチ手前の地面へピタリと突き刺さった。


「成功した、いいぞ」


 それを見てサミアがレオンに声をかけると、レオンはすぐに頷いてハミードへと声をかけた。


「ハミードさん、いつでも開けるように準備をお願いします」


「わ、分かりました」


「ホルストさんと、トーニオさんは俺が声をかけたタイミングで一斉に手を離してくださいね!!」


「了解だ!」


「は、早くしてくれ!!」


 このころには二人の抱えた物体は明らかに発光しており、その明滅を繰り返している様子からもかなり不安定になっていることが見受けられていた。

 デュアルギフトであるイリーネは魔術系ギフトも使えるため、普通の付与ギフト持ちに比べて圧倒的に魔力量が多い。

そんなイリーネの全魔力が、付与ギフトの中でも最高の威力を誇ると言われている爆発技、バーストに変換されてこの物体の中に詰め込まれつつあった。


「よし、イリーネ。いつでもいいぞ!!残った魔力を全部注ぎ込め!!」


「う、うん。………………もう限界!!」


「よし、ハミードさん!」


「はい!!」


「よし、ホルストさん、トーニオさん、行きますよ……せーのっ!!」


 レオンの掛け声に合わせてハミードさんゲートを開き、そこにホルストたちの離した物体がその中へと落下していく。


「ハミードさん閉じて!!全員伏せて下さい!!」


「!!!!!」


 次の瞬間……


日の出かと見紛うばかりの閃光が敵陣の中心部から発生し、僅かな空白の後、凄まじい衝撃波と轟音が防衛部隊の本陣を襲った。

 それに合わせて魔物たちの身体の一部と思われるものまで城壁の近くまで飛んできていたのだが、敵陣は大量の巻き上がった砂塵に覆い隠されており、その中心部がどうなっているかは確認できなかった。


伏せていた身を起こした人々がそんな光景を目にして呆然立ち尽くす中、胸壁へと走り寄ったロザリンダが興奮した様子で歓声を上げた。


「ハッハッハッハッハ……レオン君、よくやったぞ!!最高じゃないか!!」


「いえ、頑張ったのはイリーネたちなので……。とにかく上手くいってよかったです。それより今のうちに」


「ああ、わかっている。よし、今すぐとどめをさしに行くぞ、ハミードもう一度ゲートを開けるか!?」


「は、はい…………あ、駄目です。い、今ので魔石ごと吹き飛んでしまったみたいです」


「ますます最高じゃないか!!サミア!」


「了解」


 ロザリンダの意図を察してサミアがすぐさま、また魔石付きの矢を放った。

 するとその矢は先ほどと同じような軌道を描き、巻き上がった砂ぼこりの中へと消えて行った。

 それを見送ってからサミアは微かに眉をしかめると、ロザリンダへと声をかけた。


「着地点が見えないからさすがに今回は正確に飛んでいるか自信がない。恐らく前後十メートルの範囲内には収まっているはずだが念のため気を付けておいてくれ」


「それくらいであれば十分だ。それにしてもこの砂ぼこりまでも予定通りか……。何から何まで至れり尽くせりだな」


 そう言ってロザリンダは自分の額へと手を伸ばした。

 そこにはレオンがスライムプラスチックで作ったゴーグルが装着されており、彼女はそれを下ろしてきて目元を覆った。

 現代の一般的なガラスに比べると透明度は低いが、それでもなんとかゴーグルとしては機能する。

 それをレオンはこの作戦を思いついてから数十個単位で用意しており、この場にいる本陣突入部隊の面々は全員が装備していた。


「ベギシュタット隊も突撃を開始しました」


 耳に手を当てたオットマーが報告の声があがり、それを聞いたオラーツィオが即座に側近へと声をかけて拡声のギフトを使わせた。


「全軍聞け!たった今、奇襲攻撃が成功して敵軍は大混乱に陥っている。これを期に一気にかたをつけるぞ!!城門を開け放て、全軍突撃!!」


 オラーツィオの声を聞いた防衛部隊の各所からひときわ大きな歓声が上がり、開け放たれた城門から兵士や探索者たちが次々と飛び出していった。

 その先では叩き起こされたのか魔物たちが砂ぼこりの中から次々と現れていたのだが、その動きは明らかに混乱しており、全く統率がとれていないことが見て取れた。


 そんな中ロザリンダもまた本陣に居る面々に声をかけていた。


「よし、私たちも突撃するぞ。だが我々が転移する先は敵の主力が揃っている本陣だ。爆発の中心地とはいえ生存している魔物がいないとも限らない、気を引きしめていけよ!狙うは敵指揮官の首ただ一つ、出陣だ!!」


「おう!!」


 一斉に返って来た気合の入った声に満足そうに頷くと、ロザリンダはすぐさまハミードが開いたゲートへと飛び込んで行った。

それに徒然なる貴婦人のメンバーたちが続き、他の探索者たちも次々とゲートの中へと消えて行った。


 そして最後にはレオンたちやジルダ支部長まで飛び込んで行き、残されたのはオラーツィオたちセヴェーロ王国軍の幹部たちと探索者ギルド本部の職員たちのみ。

そんな中に唯一取り残されたのは魔力切れで青い顔をしたイリーネであった。

もっともこの場に残った者たちが彼女を見る目には畏怖が込められており、誰も話しかけてこようとはしない。

 唯一声をかけてくれそうなオットマーは、忙しそうに通信のギフトで連絡を取り合っていた。


 こうしてイリーネが微妙に気まずい思いをする中、ヴェレンテ防衛戦は最終局面へと突入したのであった。









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