3-19 ヴェレンテ防衛戦 転機
ヴェレンテ防衛戦三日目。
城壁上の各地で兵士や探索者が傷つき倒れていく中、ホルストたちが担当している持ち場でも戦況が悪化しつつあった。
「おい、ホルスト。それ以上無茶はするな!!」
「まだ手を出すな!!お前の付与ギフトが命綱なんだ、絶対に魔力の無駄遣いはするな!」
「だが……」
三体の上位種に囲まれながらも、適度な攻撃を加えて自分に注意を引きつけるホルスト。 だが身に着けた革鎧は所々破損しており出血したような跡もあった。
動きはそれほど鈍っていないがそれは先ほどポーションを使ったおかげであり、確保してあったポーションはそれで最後であった。
だがそれでもホルストが休むわけにはいかなかった。
周囲にいた付与ギフト持ちはすでにそのほとんどが魔力切れをおこしており、まともに上位種にとどめをさせるのはトーニオのみ。そのトーニオの魔力も心許なくなってきているので、とどめ以外で付与ギフトを使わせるわけにはいかない。
そのため彼が確実に一撃でとどめをさせるように、ホルストがお膳立てするしかないというのが現状であった。
トーニオ自身もそのことは分かっているし、それが一番効率のいい戦い方だということも理解しているのだが、仲間を危険に晒して自分だけ安全な場所から隙を窺うというのはどうしても歯がゆかった。
だがそれ以上にいい手が思い浮かぶわけでもないので、結局は黙ってホルストが隙を作ってくれるのを待つしかなかった。
そんな苦しい状況下にあったホルスたちであったのだが、突如としてその耳元に聞きなられた低い声で新たな指示が届けられた。
「第八防衛地点の諸君、こちらはグランドーニだ。これからそちらに向かって一本の矢が放たれるから頭上に注意せよ。またその後の指示はそこから現れた者たちより伝える。その指示には必ず従うように」
「は?」
「おい、どういうことだ?」
突然一方的に告げられた意味の分からない命令に思わず疑問の声を上げる二人。それは周囲にいる者たちも同様であったようで、そこかしこから疑問の声が上がった。
しかし拡声のギフトは向こうの声を一方的に届けるギフト。
ホルストたちから上がった疑問の声があちらに届くことはなかった。
そんな中、グランドーニ将軍の言葉の通り一本の矢が飛んできてホルストたちが戦っているちょうど真ん中あたりに突き刺さった。
続いてその真上に黒い円が出現し、そこから大剣を担いだ小柄な人影が落ちて来た。
「な、なんだ?」
それを見て思わずギョッとして身構えたトーニオであったが、その人影はそんなトーニオを無視してその横を凄まじい速度で走り抜けて行った。
そしてホルストを囲んでいた上位種たちの元までたどり着くと一体ずつ大剣を叩き込んでいき、その全てを一撃で両断してしまった。
「ま、まじかよ……」
その凄まじい実力にトーニオが唖然として見守る中、彼女は周囲にいた魔物たちも次々と切り伏せていく。
「もしかして……カレンなのか?」
一方彼女に助けられたホルストは、その見覚えのあるシルエットを見て信じられないと言った様子で呆けたようにつぶやいていた。
ホルストの知っているカレンはいつもショートソードを腰に提げていて、魔物と戦う時も確実に急所を突くという戦い方をしていたのだが、今は凄まじい勢いで大剣を振り回している。
だがその姿はかなり堂に入っており、むしろショートソードを使っている時よりしっくり来ている感じであった。
つまりこれが彼女の本来の戦い方なのだということにホルストはようやく気付いた。恐らく紅茶の採取をメインに活動するようになって、邪魔にならないようにショートソードに持ち替えたということなのだろう。
瞬動を使ったホルストにも匹敵しそうな速度で動き回り、小枝のように大剣を振り回すカレン。
恐らく何かしらのギフトを使っているのだろうが、それでもこんな小さな身体にこれほどの力が秘められているとはとてもじゃないが信じられなかった。
思わずその光景に見入っていたホルストであったが、突如後ろからパシャリというどこかで聞いたことのある音が聞こえて来て、慌ててそちらへと振り返った。
するとその眼前に見覚えのある半透明な球が迫ってきているのが見えた。
反射的にキャッチしようとしたのだが手に当たった軽い衝撃でその球はあっさりと割れてしまい、中に入っていた液体がホルストの手や身体を濡らしていった。
次の瞬間、疲労が抜けていく感覚が体中を駆け巡り、傷があった場所から痛みが消えていった。
その気持ちよさに思わず目を細めたホルストであったが、その視線の先に懐かしい人影を見つけてその目を大きく見開いた。
その人影は同じ球を周囲の傷ついた者たちに投げつけながらも、真っすぐホルストへと向かって歩み寄って来ていた。
「レオン……。お前まで……」
「お久しぶりです、ホルストさん。心配しましたよ。本当に無事でよかったです」
そう言って本当に嬉しそうな表情をするレオンを見て、ホルストも思わず表情を崩して泣き笑いのような表情を浮かべてしまった。
実のところホルストは現在の戦況から考えて生き延びられる可能性はかなり低いと考えていたので、レオンとダンジョン探索に向かう約束を果たせそうにないことが大きな心残りとして心に引っかかっていた。
そのため予期せず彼と再会できたことに思わず感情的になってしまったのであった。
だがそんなホルストの様子を見て、レオンはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あんまり帰って来るのが遅いものでダンジョンの攻略状況、ホルストさんを追い越しちゃいましたよ。もうすでに同じ銅ランク探索者ですし、銀ランクへの昇格条件もすでに満たしています。これ以上待たせるようなら容赦なく置いて行くところでしたよ」
「は?」
「あ、それから新しいパーティーメンバーも増えたんで後で紹介しますね」
そう言って振り返ったレオンの視線の先には、三人の女性と一人の男が新たに出現しており、女性陣の方はすでに周囲の魔物たちと戦っていた。
そのうちの一人は探索者ギルドの職員として見覚えがあったので、残りのうちの誰か、あるいは全員がパーティーメンバーである可能性があるということだ。
ホルストは突然知らされた衝撃の事実とその情報の多さに思考が追い付かず、思わず説明を求めようとしたのだが、そこにカレンから声がかかった。
「レオン、そろそろ……次も急がないと」
「了解です。ということで僕は他の地点にも行かないといけないので、詳しいことはまた今晩にでもお話しますね」
そう言ってからレオンはおもむろにインベントリを開くと、中から高さ五十センチはありそうな水がめを取り出した。
そしてさらにその横にかなり重量のありそうな木箱を置くと、周囲を見回してから声を張り上げた。
「皆さん、聞いてください。私はベギシュタットから駆け付けた援軍の探索者です。本隊はまだ到着していませんが、皆さんの戦いを助ける物資を先行して持ってきました。まずこの水がめですが、中には魔法水が入っています。ですから付与ギフトを使えない方はこの水がめに武器を浸して、魔力を流してから魔物を攻撃して下さい。それで付与ギフトと同等とはいえないまでも、十分に魔物に攻撃が通用するようになります。横の木箱には追加で持ってきた武器も入っていますので上手く活用してください」
それを聞いてホルストはハッとした。
自分がさんざん世話になった方法をレオンは兵士たちにさせようとしていることに気付いたからだ。そしてそれは、今自分が何よりも最も欲しいと思っていたものでもあった。
レオンの考えた反撃の手段というのがこれで、戦場の各地に魔法水入りの水がめを設置していき、付与ギフトを持たない者でも上位種に有効打を与えられるようにするというものであった。
もちろんこれには欠点もある。
一撃ごとにまた水がめに浸さなければならないし、用意できた量の関係でせいぜい二、三百メートルに一個程度しか水がめは設置できなかった。
だがそれでも有効打を誰でも与えられるようになるというのは大きかった。付与ギフトを使えない者たちからすると、今まで竹刀で戦っていたのがいきなり真剣を持たされたようなものだ。
運用に多少の工夫は必要だろうが、そのメリットは計り知れないものがあった。
それに今はすでに夕暮れ時。
恐らくあと一時間もすれば日が暮れて魔物たちは撤退していくので、魔法水の短い効果時間も問題にならなかった。
「それからポーションと魔法水の入った水筒も置いていきます。こちらの魔法水は飲用でわずかながら魔力を回復させる効果がありますので、付与ギフト持ちの方に優先して飲ませてあげてください」
それを聞いて周囲からどよめきが起こる。
どうやら魔法水のこの効果はあまり知られていないようであった。
「それから先ほど本部にもポーションを届けましたので、今頃は救護施設にも行き渡っているはずです。だからもう少し耐えれば負傷した人たちも徐々に戻って来ますし、明日になれば探索者ギルドからの援軍も到着します。今日を乗り切ればなんとかなるので日が暮れるまで後一時間足らず、なんとか頑張りましょう!!」
そう言って皆からよく見えるようにポーションと魔法水をインベントリから取り出して見せるレオンを見て、周囲から一斉に歓声が上がった。
かなり追い込まれていた状況に周囲の者たちの士気もかなり落ち込んでいたのだが、希望が見えてきたことで一気にその士気も回復したようであった。
そんな兵士たちの代表者にレオンがポーションを渡しているのを見て「相変わらず口が上手いな」と思いながらホルストが感心していると、兵士たちと話し終えたレオンが近づいてきて、ホルストの前で再びインベントリを開いた。
「それからホルストさんにはこれを……」
そう言ってレオンが取り出したのは一振りの曲刀と魔法水の入ったペットボトル。それはレオンが一緒にいないと使い道がないからと、ベギシュタットを発つときにレオンに預けておいたホルストの愛刀であった。
その鞘には細工がされており、納刀することで刀身を魔法水に浸せるようになっている。
つまりこれさえあればホルストはいつでも上位種を屠れるようになるということだ。
思わず頬を緩めて愛刀を受け取ったホルストであったが、レオンの表情が真剣なものに変わっているのを見てその頬を引き締めた。
「それではまた後で……絶対生き残って下さいね」
「ああ、お前もな」
「こちらはカレンさんがいるので万が一もありませんよ。それより魔法水の運用はお任せしますね。ホルストさんは随分と周りから頼りにされているようですし、皆に使い方教えてあげて下さいね」
「おいおい、柄じゃねえんだが……まあ仕方ないか」
そう言って頭を掻くホルストを見てレオンは笑みを浮かべると、すぐに彼に背を向けて仲間たちの元へと去って行った。
そして少し何事かを話し合った後、サミアがまた他の地点に向かって矢を放ち、続いて別の男が地面に黒い円を出現させた。
そこにカレンから順番に飛び込んでいき、それから十秒もしないうちに彼らはその黒い円とともにこの場から消えてしまった。
唐突にやって来て戦線を立て直すとそそくさと去って行ったレオンたちにホルストが思わず苦笑していると、後ろからトーニオがそっと近づいて来た。
「今のやつら……知り合いだったのか?」
「ああ、一人は俺のパーティーメンバーだし、あとは金ランク探索者にギルド職員。それ以外の面子はよく知らないんだが、どうやら俺の新しいパーティーメンバーらしいぞ」
「なんだそりゃ?」
「俺もよくわからん」
そう言って心底おかしそうに笑うホルストの表情には先ほどまでの悲壮感はなかった。
結局この後はホルストが中心となって魔物たちを迎撃していき、あまり被害を増やさずに日没を迎えることが出来た。
それにはレオンが設置していった魔法水が大いに役立ったのだが、負傷した兵士たちが戻ってきたことも有利に働いた。
人数が増えたことによってローテーションが組めるようになり、魔法水に浸しては一撃離脱を繰り返すこということが出来るようになったのが大きかったのだ。
だが何よりもこの場の戦局を左右したのは、水を得た魚のように曲刀を振り回して、次々と魔物たちを切り伏せて行ったホルストの存在であった。