3-16 ヴェレンテ防衛戦 二日目の終わり
多くの探索者たちが宿泊している宿の一室。
そこでようやくヴァレリアたちを見つけたホルストとトーニオはホッ胸を撫でおろした。
だがベッドの上に横たわるウバルドを見て、トーニオは慌てて彼の枕元へと駆け寄った。
青白く血の気の失せた顔、そして胴体に何重にも巻かれた包帯。
最悪の可能性がトーニオの脳裏をよぎったのだが、包帯を巻かれたその胸が辛うじて上下しているのを見て肩の力を抜いた。
だがあまり状態が良くないことも確かであった。
いつも冷静でどんな時でも頼りになるパーティーリーダーであったウバルド。
そんな彼がこのように重傷を負って倒れている姿など、トーニオは今まで一度として見たことがなかった。
「ウバルドさんがこんなことになるなんて……。いったい何があったんだ?」
そのため思わず責めるような口調になってしまったのだが、返って来たヴァレリアの答えは信じられないようなものであった。
「ウバルドが城壁の下に向かって魔術を放っていたところに鎌つきに追われた兵士が突っ込んできて……そのまま鎌つきをなすりつけられてしまったのよ」
「はあ!?なんだよ、それ……」
その耳を疑うような内容に上手く言葉が見つからないトーニオ。
そんなトーニオに、ヴァレリアは感情を抑えるようにして淡々と説明を続けた。
それによるとやはり彼女たちもトーニオたちと同様に、自分たちが中心となって上位種を撃退せざるをえないような状況になってしまっていたようであった。
その中でも魔術師であったウバルドは、城壁を登ってくる上位種の迎撃を主に担当しており、城壁の上まで到達した魔物の相手は完全に他の人間に任せていたそうだ。
ところがそんなウバルドの元に、鎌つきに追い込まれた兵士が突っ込んできてしまった。
しかもパニックになっていたその兵士は、魔術を放って無防備となっていたウバルドを後ろから突き飛ばして行ったのだ。
その結果ウバルドは完全に態勢を崩してしまうこととなり、そこに兵士を追いかけて来た鎌つきが突っ込んで来る形となってしまった。
他の上位種と戦っていたヴァレリアたちがそこに駆け付けた時にはウバルドは血に濡れた手で腹部を押さえながらうずくまっており、その横には焼け焦げた鎌つきの死体があったとのことであった。
「ふざけんなよ……それじゃあ味方にやられたようなもんじゃねえか!なんでお前らもウバルドさんに護衛をつけておかなかったんだよ。魔術を使う時、無防備になることくらいわかっていただろ」
「それは…………つけていたのよ。護衛はつけていたの。でもその護衛の兵士も……鎌つきを見て、逃げ出してしまったのよ」
「なんだそれ……それじゃあ護衛の意味ねえだろ!…………クソッ、なんでお前ら自身で護衛しなかったんだよ」
「……仕方ないじゃない。こっちだって戦力がギリギリだったんだから他に選択肢がなかったのよ。それにその兵士を護衛に選んだのはウバルド自身なのよ」
そう言ったものの悔しそうに表情を歪ませるヴァレリアを見て、トーニオはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
そして深呼吸をして少し頭が冷やしてみたところで、彼女たちに余裕がなかった原因に思い至った。
「……そうだよな。クソッ、俺が戻らなかったせいか……」
「……それは違うわよ。あなたがいたとしても恐らくウバルドはあいつに護衛させたはずよ。あなたを自分の護衛として遊ばせておくなんてありえないもの」
「だがおれが戻っていれば、こうなる前に駆け付ける余裕があったかもしれない」
絞り出すような声でそう言って歯を食いしばるトーニオ。
そんなトーニオを見て、今まで黙って様子を窺っていたホルストがおもむろに頭を下げた。
「すまない。俺が引き留めてしまったせいだな」
「…………いや、残ったのは俺の判断だ。責任は俺にある」
「どっちのせいでもないわよ。そっちも手いっぱいだったことぐらい見れば分かるし、トーニオをホルストにつけたのもウバルドの判断でしょ。そしてその判断は間違っていなかったはずよ。もしあなたたちがこっちに戻って来ていたら間違いなくそっちは崩れていたでしょうし、そうなったら魔物たちが横から押し寄せて来て状況はもっと酷くなっていたはずだわ」
そう言ってヴァレリアが二人をフォローすると、部屋の中にいた他のパーティーメンバーたちも彼女の意見に賛同するかのように頷いた。
実際ホルストが兵士たちの救援に向かったのも戦線を維持することが一番の目的であって、倫理的な観点から人命を優先したというわけではなかった。
兵士たちが減ればその分だけ自分たちの負担が増える。増してや一か所でも守備が崩れてしまえばそこから魔物たちが登って来てしまい、横から魔物に襲われることになる。
だからこそそれを防ぐためにホルストは救援に向かったのであって、正義感に駆られて救援に向かったわけではなかった。
実際、城壁の他の部分では完全に守備が崩れてしまったところも何か所かあり、そういった場所の周辺ではかなりの被害が出てしまったようであった。
「とにかくあなたたちが二人で持ちこたえてくれたことに感謝こそすれ、責めるべき理由はないわ。むしろこっちこそ人数が多かったのにウバルドを守り切れなくて申し訳としか言いようがないわ」
そう言って本当に申し訳なさそうな顔をするヴァレリアとパーティーメンバーたちを見て、ホルストもそれ以上詫びるのは止めた。
実際誰もが責任を感じて自分を責めている様子だったので、それ以上自分の責任を主張したところで不毛な謝り合いが続くだけだと判断したからだ。
それよりもホルストは、先程からウバルドの状態の方が気になっていた。
ポーションで治療をしたならもっと良くなっているはずだし、ポーションで治せないような傷を負っていたならとっくに死んでいるはずだからだ。
つまりホルストにはウバルドがちゃんとした治療を受けたようには見えなかったのだ。
「それで、ウバルドの状態はどうなんだ?ちゃんとした治療は受けられたのか?」
「………それがポーションの在庫に問題があるみたいで、止血されただけでポーションでの治療はされなかったの」
そう言って悔しそうに俯くヴァレリアを見て、ホルストは嫌な予感が当たったことを知った。
早くもヴェレンテのポーションが尽きかけているのだ。
一方のトーニオはウバルドがそんな扱いをされたなど、とてもじゃないが受け入れることは出来なかった。
「そんな……。在庫に問題があるってことはまだ残ってはいるってことなんだろ?じゃあなんでウバルドさんに使わないんだよ。戦力的に見ても傷の状態から見ても……どう考えても優先的に使うべき人じゃないか!」
「ええ、それも言ってみたんだけど……。そもそもポーションの在庫自体が国軍のものだからって言われて……」
「ふざけんなよ!!自分たちが管理するって独占しておきながら使うのは兵士優先かよ!戦っているのは俺たちだって一緒だろ!むしろ俺たちの方が数倍役に立っているじゃねえかよ!!」
まさに怒り心頭と言った様子のトーニオであったが、彼が憤るのも当然であった。
フィレット王国と開戦してからポーションの在庫不足に不安を感じていたセヴェーロ王国軍は、国内にあるポーションの在庫をその素材も含めて半ば強制的に徴収した。
そのため開戦してからはポーションが店頭に並ぶようなことはなく、トーニオたちが手に入れることは出来なかったのだ。
もちろん彼らも探索者なのでポーションはある程度常備していたのだが、ポーションには使用期限があった。
容器の品質や密封状態、ポーション自体の品質によってある程度違いはあるものの、一般的に完全な状態で保存できるのは一か月~三ヶ月程度。
それ以降は徐々に効力が落ちていくことになるのだが、現在は開戦してからすでに三ヶ月以上が経過していた。
そのため軍が確保したポーションも実際はかなりの量が無駄になっていたし、元々期限の切れかけていたトーニオたちのポーションなどはとっくに使えなくなっていたのであった。
やるせない表情で俯くトーニオたちであったが、そんな彼らを見てホルストはふと自分もポーションを持っていたことを思い出した。
ベギシュタットを出る時にレオンが大量に持たせてくれたもので、あの時点で作りたてであったものだ。
それでもすでに三ヶ月は経っているが、多少なりとも効果はあるかもしれない。
そう思ったホルストはすぐに自分の部屋に向かい、荷物をひっくり返してスライムプラスチック製のケースを引っ張り出した。
蓋を開けてみると中には規則正しく開けられた穴が並んでおり、そのうち半分ほどに透明な細長い容器がささっていた。
最初はきっちり百本入っていたポーションも、故郷の村を襲ったフィレット王国軍を撃退した時や、その村人を引き連れてヴェレンテに移動してくる間に半分ほどは消費してしまった。だが残りの半分はまだ使っていなかった。
それから時間が経ち、期限も切れているであろうことからその存在をすっかり忘れていたのだが、今は一縷の望みにかけてみることにした。
ホルストはそのうち一本を取り出すと、蓋を開けてから軽く魔力を流し込む。そして今日の戦闘中に出来た傷口に少しだけ垂らしてみた。
すると驚いたことに傷口はあっさりと塞がり痛みも一瞬でなくなった。
どうやら全くといっていいほど効果は落ちてないようであった。
実は作ったレオン自身全く気付いていなかったことなのだが、このスライムプラスチックで作った容器はポーションのような魔法効果をもった薬品を保存するのに非常に適していた。
そのため一般的に使われているガラス瓶などとは違い、中のポーションはほとんど劣化していなかった。
もちろんホルストもそんなことには全く気付いていなかったのだが、レオンに驚かされることには慣れていた。
そのためあまり深くは考えないことにして、とりあえずレオンへの感謝の一言を述べてからすぐにケースを抱えて部屋を飛び出した。
一方ヴァレリアたちは突然部屋を飛び出したホルストにかなり驚いたのだが、帰って来てすぐさまウバルドにポーションをぶっかけたことにはさらに驚かれることとなった。
しかしその後明らかに症状が改善したウバルドを見てそれどころではなくなり、目に涙を浮かべながら彼の枕元を囲むこととなったのであった。