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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
三章 大陸南部動乱
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3-15 ヴェレンテ防衛戦 消耗




 ミュータントインセクトの上位種が投入されてから三時間余り。

 晴れ渡った空が徐々に茜色に染まっていく中、ヴェレンテ防衛戦の戦況は加速度的に悪くなっていっていた。


 その最大の要因は、やはり相手に上位種が混ざり始めたということであった。

 今まで戦っていた魔物、労働階級であるワーカーたちは魔物のランクで言うとせいぜい九等級といったところ。付与ギフトなしでも普通に倒せる魔物であった。

 ところが今回から混ざり始めた魔物たち、戦闘階級であるポーンたちは八等級の上位から七等級クラス。単純に戦闘力が上がるうえにとにかく硬かった。

付与ギフトがなくてもなんとかダメージは与えられるが、相当多くの攻撃を加えなければ倒すことは出来ないという相手であったのだ。

 そうなるとどうしても付与ギフトか魔術ギフトに頼らざるを得ないのだが、それを持っている者は全体の半分にも満たない。

 どうしても苦戦を免れることは出来なかった。



 そしてさらにそんな状況を悪化させたのが医療品の不足であった。


 守備部隊に大打撃を与えた酸を放出するタイプのミュータントインセクトたち。

それらは幸いなことに最初の一撃以来現れていなかった。

 どうやら酸を生成するのに時間がかかるようで、一日に何度も撃つことは出来ないようであった。


 だがそれでもそのたった一撃で与えたダメージは想像以上に大きかった。


 今まで被害らしい被害を受けてなかった防衛部隊。

 そこに突如千人を超える死傷者が出たことで兵士たちは大いに混乱したのだが、それは後方支援にあたっていた者たちも同様であった。


 急遽大量の負傷者が運び込まれてきたことで、後方で治療に当たっていた者たちの動きは一気に慌ただしくなった。

 さらに戦況が悪化してきていることも同時に伝えられて、なんとか一人でも多く戦場に送り返さなければならなくなった。

それでもなんとかしようと彼らはがむしゃらに治療をしたのだが……それが悪い方に働いてしまったのだ。

 

 ある程度治療を終えて気付いた時にはポーションの在庫がごっそりと減ってしまっていた。


 元々セヴェーロ王国は戦争や魔物の被害の少ない国だ。

また迷宮都市からも近いことも相まって、この国はそれほど多くのポーションを備蓄していなかった。


 もちろんこの紛争が始まってからはなるべく在庫を確保しようとしたのだが、彼らが思っていたよりポーションの在庫は集まらなかった。

フィレット王国側も集めていたこともあったし、何より国同士の争いを嫌うベギシュタットの者たちが協力的ではなかったからだ。 


 そんなこともありポーションの備蓄は元々かなり心許なかったのだが、今回の酸攻撃を受けてそんな備蓄を一気に減らしてしまったのだ。


 そのことにようやく気付いた医療班は慌ててポーションの消費に制限をかけたのだが、時すでに遅く現場は慢性的なポーション不足に陥っていた。

 慌てて調合士にもポーションの増産を依頼したものの、すでに素材が足りていないのでどうにもならない。

 こうしてまともな治療が徐々に受けられなくなりつつあり、戦線に復帰できる兵士たちも徐々に減っていった。


 前線で戦う兵士たちも経験不足であったのだが、それを治療する者たちも同様に経験不足を露呈してしまった形であった。





「気を付けろ!!『鎌つき』がまた現れたぞ!!」


「は、早く来てくれー!」


「すぐに行くからなんとか三十秒保たせろ!!」


 少し離れた場所から聞こえて来た助けを求める声に大声で返答してから、ホルストは目の前にいる二匹の魔物の間へと突っ込んでいった。

 そのうちの一体も上位種の『毒牙持ち』だ。

 その見た目は普通よりもやや牙の大きな個体といった感じでそれほど変わりはなかったのだが、その大きな牙にはかなり強力な毒が含まれている。

 だが動きが特別速いというわけでもないので、躱すのが得意なホルストにとっては比較的与しやすい相手であった。


 ホルストはそんな毒牙持ちともう一体の攻撃をギリギリで躱しながらも、何度か反撃を加えて注意を自分に引きつける。


「フレイムエッジ!!」


するとすかさず毒牙持ちの背後から忍び寄ったトーニオがその首を叩き落した。


それを見たホルストはすかさずもう一体、通常個体の方にも積極的に攻撃を叩き込んでいく。そしてその足を一本切り飛ばしたところで、その首にもトーニオの燃え盛る刃が振り下ろされた。



兵士たちの救援にかけつけたホルストとトーニオは、その後も元の持ち場に戻ることなくその場で戦い続けていた。

というよりも二人が中心となって戦っており、彼らがいないとこの場の戦線を維持できないような状態になっていた。


その理由はやはり上位種の出現であった。


おとり役のホルストと攻撃役のトーニオ。

息の合った連携で上位種であっても素早く葬っていく二人であったが、他の兵士たちではそうはいかなかった。

距離をとって牽制する程度がせいぜいで、ホルストのように懐に飛び込んで引きつけることも、トーニオのように一撃で相手を屠ることも出来なかった。

そのためこの辺りに来た上位種は、そのほとんどを二人だけで倒しているような状態となってしまっていた。


ホルストにとって唯一幸いであったのが、トーニオが予想以上に使えることであった。

攻撃の精度が高くほぼ確実に一撃で相手を仕留めてくれるし、相手に忍び寄るのも上手かった。

どうやら口うるさい性格に反して隠密系の能力が高いようで、そういったギフトも持っているようであった。


 一方、トーニオにとってもホルストの実力は予想外であった。

付与ギフトも持たない万年銅ランクと聞いてすっかり侮っていたのだが、その技量は明らかに自分よりも上であった。

ギフトを使った高速移動に正確無比な剣捌き。

もし彼の行っている役割を代わりにこなせるかと聞かれたら、即答で否と答えるだろう。というよりも自分の知っている誰であっても彼の代わりは出来ない。そう断言できるほどに彼から見たホルストの技量は高かった。


 結局のところ性格的な問題は別として、彼らはいつの間にかお互いにその腕を認め合うようになっており、連携という面でも抜群に相性が良かったのであった。



 

 二体のミュータントインセクトを倒し終えると、ホルストはすぐに顔を上げて視線を周囲に巡らせた。

 今日の午前中までは城壁の上まで到達した魔物はほとんどいなかったのだが、今となっては常に数体の魔物が城壁の上で暴れているような状態だ。

 その中から先ほど声が上がった上位種、鎌つきを探し当てたホルストはすぐにそちらに向かって駆け出した。


 新たに投入された三種類の上位種の中でもっとも厄介な相手がこの鎌つきであった。

 先ほど相手にした毒牙持ちは、一撃の怖さはあるが基本的な動きはワーカーとそれほど変わらない。

さらにもう一体の上位種、通称『鈍足』は全身が鱗のような硬質化した皮膚で覆われた防御特化型の個体であったのだが、あだ名の通り非常に動きが鈍かったのでそのほとんどが城壁を登っている間に撃退されていた。


 それに対してこの鎌つきは動きが素早いうえに鎌の切れ味も鋭く、純粋に戦闘能力が高かった。

 そのため普通の兵士たちの技量では到底対処できず、次々にその鎌の犠牲者は増えていいっていた。

 今も五、六人で囲んで牽制をしているようなのだが、その横には既に腕を押さえた兵士が一人座り込んでいた。

 

 急いで駆け寄ったホルストは兵士たちの横をすり抜けると、瞬動のギフトを使って一気にその懐に飛び込んで行った。

 すると鎌つきは即座にターゲットをホルストに変えて、左右の鎌を交互に繰り出してくる。

 ホルストはそれを躱したり、剣でいなしたりしながら捌いていく。

 だが何度目かの攻撃を受けた瞬間、剣が鈍い音立てて折れてしまう。

 それでもホルストは慌てずになんとか攻撃を捌き続けたのだが、徐々に追い詰められていった。そして顔面に向かって繰り出された横凪ぎを躱した瞬間、バランスを崩して尻餅をついてしまう。

 そこへ鎌つきの渾身の一撃が振り下ろされた。


 次の瞬間……鎌つきの渾身の一撃は石畳に傷を刻みつけ、瞬動で後ろに逃れたホルストは平然とした様子で立っていた。

 そして隙だらけの鎌つきの首にトーニオの燃え盛る剣が振り下ろされ、その生命を断ち切った。



 


「た、助かったよ……ありがとう」


「やられかけていたのって引きつけるための演技だったんだ。すっかり俺まで騙されて焦ってしまったよ」


「まさに命の恩人だな。救援感謝する」


 口々に感謝を述べて来る兵士たち。

彼らに笑顔で応えてから、ホルストは手元に残った剣を見て密かにため息を吐いた。

 これで剣を駄目にするのはすでに三本目であった。 

 やはり攻撃の効きにくい上位種を相手にすると武器の損耗も激しく、すぐに武器が駄目になってしまっていた。

 今はまだなんとかなっているが、このあたりも徐々に深刻になりつつあった。



 ホルストが辺りを見渡して、動かなくなった兵士から剣を拝借していると今度はトーニオが話しかけて来た。


「おい、あんまり無理をするな。血が出ているぞ」


 そう言って額の辺りを指さすトーニオを見て、ホルストは自分の額に手をやってみる。

 するとぬるっとしたものが指先に触れ、額に微かな痛みが走った。

 どうやら先ほど最後の一撃を完全には避けきれていなかったようで、軽く傷を負ってしまったようであった。

 だが幸い傷は浅いようなので戦いに支障はない。


「ああ、すまない。どうやらミスってしまったようだな。だがかすり傷だ、問題ない」


 懐から取り出した布を額に巻きながらもホルストは平然とした様子でそう答えたのだが、トーニオの表情は苦いままであった。

 どうやら先ほどつまずいたのが演技ではなかったことを見抜かれているようであった。実際追い込まれたように見せていたのは相手を引きつけるための演技であったのだが、つまずいてしまったのは疲労からくるミスであった。

それをごまかすためにホルストはさも当然のように立ち上がって見せたのだが、どうやらトーニオの目はごまかせなかったようだ。


 だがここでホルストたちが戦いのペースを落としてしまうと、その分だけ兵士たちに被害が出ることになってしまう。

最悪の場合はそういう判断も下さなければならないかもしれないが、少なくとも今日の間はなんとかなるだろう。

そう判断したホルストは大丈夫だと念を押すようにトーニオに向かって頷いて見せた。


するとトーニオもその意志を察したのか、それ以上は何も言わなかった。


 結局その後も同じようなペースで戦い続けた二人であったが、幸いなことに三十分もせずに魔物たちは引き上げて行ったので、それ以上ホルストたちが傷を負うことはなかった。


 そうしてようやく元の持ち場に戻ったホルストとトーニオであったのだが、彼らを温かく迎えるべきトーニオのパーティーメンバーたちはその場にいなかった。


 嫌な予感がして急いで宿に戻った二人を待ち受けていたのは、ベッドを囲んで黙り込むヴァレリアたちと、その囲まれたベッドの上で横たわるウバルドの姿であった。












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