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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
三章 大陸南部動乱
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3-14 ヴェレンテ防衛戦 即席コンビ




「ぜ、全軍回避だ!!魔術師は即座に全力で魔法障壁を展開!!それ以外の者たちは全力で回避しろ!なんとしても避けろ!!」


 耳元で響き渡るグランドーニ将軍の声に顔をしかめながら、ホルストは大量に打ち上げられた巨大な水滴を睨みつけ、いつでも動けるようにと身構えた。


 だが幸いなことにホルストの元に水滴は落ちてなかった。隣のヴァレリアたちのパーティーも同様で被害はないようであった。


 そのことにそっと胸を撫でおろしたホルストであったが、水滴の落下地点へと視線を向けて即座に顔をしかめた。


「……酸か」


 そこはホルストたちから二、三十メートルほどしか離れていない地点であったのだが、まさに阿鼻叫喚といったような状況となっていた。

泣き喚いている者、うずくまっている者、そしてかつては人であった塊。

まともな状態の者を探す方が困難なような有様で、とてもじゃないがすぐに戦いを続けられそうな者たちはいそうになかった。


 だが相手は立ち直る暇を与えてくれない。


「次が来るぞ!!全軍上空を警戒せよ!!」

 

 再び聞こえて来たグランドーニ将軍の声に反応してホルストは即座に顔を上げた。

 すると視界に飛び込んできたのは空中へと跳びあがった魔物たち。

 どうやら羽のようなものが生えているようで、空中を滑るようにしてゆっくり城壁へと接近して来ていた。

 さらにそのうちの一体がどうやらこちらに目標を定めたようで、真っすぐホルストたちの方へと向かって降りて来た。


 だがその目標はホルストではなく、隣のヴァレリアたちのパーティーであったようだ。

 

「こっちに来るぞ!!」


「全員散開しろ!」


 ウバルドの声に従って一斉に左右に散るヴァレリアのパーティーメンバーたち。

 その中心部へとミュータントインセクトが突っ込んで行った。


 それを見たホルストは即座に決断した。


持っていた槍を投げ捨て彼らと入れ替わるようにして前へ出ると、高速移動ギフト『瞬動』を発動して着地したミュータントインセクトの頭上をすり抜ける。

そしてすれ違いざまに剣を抜き、その頭部に生えた触角を切り落とした。


実のところ、ホルストには相手が恐らく上位種だということで「もしかして自分ではダメージを与えられないのではないか」という懸念があった。

だがどうやらそれは杞憂であったようで、この個体は付与ギフトがなくてもなんとかダメージを与えられる相手だったようだ。

もっともその手ごたえはかなり硬く、辛うじて刃が通ったといった感じであった。そのため自分一人で倒そうと思えばかなり時間をとられることになるだろう。


 そう判断したホルストはすぐさまヴァレリアたちのパーティーに声をかける。


「俺が気を引きつけるから攻撃を頼む。出来たら首を一撃で叩き落としてくれ」


 昨日の戦闘の後、この魔物の死骸を解剖した探索者ギルドから情報がもたらされた。

それによるとこの魔物の身体の中で比較的攻撃の通り易い場所は触角、目、腹部、そして関節や足の付け根であるということが判明していた。

 そしてその中でも確実に一撃で仕留められる場所を考えると、やはり頭と胸をつなぐ関節部、つまり首に当たる部分ということになる。

 今相手にしている上位種でもそれはかわらないだろうと判断して、ホルストはそう声をかけたのであった。


 一方のヴァレリアたちのパーティーは、ホルストの突然の乱入にやや戸惑い気味であった。

相手の突撃を躱して反撃に移ろうとしたところに、突如すさまじい速度で突っ込んできたのだからある意味当然の反応だ。


 だが彼らとてそれなりに経験を積んできている探索者だ。

 ホルストの声を聞いて頭を切り替える、即座に戦闘態勢に入った。


 それを横目に見たホルストはまた前進し、今度はミュータントインセクトの懐に飛び込むと足の付け根に一撃を加えた。

 すると今回はミュータントインセクトもすかさずの反撃を繰り出してくる。

どうやら触角を切り落としてもホルストのことはしっかりと知覚出来ているようであった。

振り下ろされた前足をギリギリで躱すと、さらにもう片方の前足も振り下ろされて来る。それも躱すと今度は噛みつこう相手の頭部が急激に近づいて来る。

それを見てホルストはすかさず軽くバックステップをする。

 その移動距離は絶妙で、ミュータントインセクトの牙がギリギリ届きそうかと位置にホルストは着地した。

 そしてその身体とらえようと、ミュータントインセクトがギリギリまで首を伸ばしたところで瞬動を発動。


 ミュータントインセクトの牙は空を切り、次の瞬間、伸びきった首元に一人の人影が走り寄った。


「フレイムエッジ!!」


 振り下ろされた燃え盛る剣があっさりとその首を叩き落した。

 その一撃を繰り出したのはヴァレリアのパーティーの前衛トーニオ。

 ホルストを目の敵にしていた男であった。


 



 こうして形としてはキレイに決まった連携であったのだが、当のトーニオ自身の心中はあまり穏やかとは言えなかった。

 彼からするとホルストは元々なんとなく気に入らない相手であった。

 そんな相手が突然割り込んできて一方的に指示をして来たのだ。

 状況を考えてひとまずは従ったものの、ホルストの行動は探索者として明らかにマナー違反で、彼にとって非常に不愉快なものあった。


 そのためトーニオは剣を納めるとすぐにそのことで文句を言おうとしたのだが、それよりも早くホルストが口を開いた。


「割り込んで済まなかった。だが時間が惜しい。悪いがここを任せてもいいか?」



 そう言ってホルストの指し示した地点を見て、トーニオは言おうとしていた文句を飲み込むしかなかった。


 そこは先ほど酸の塊が落下した地点であった。

 その被害によってその場にいた兵士たちのほとんどが戦意を失っていたのだが、どうやら最悪なことにそこにもこの跳躍型の魔物が降りて来てしまっていたようであった。

この跳躍型は上位種とはいえ、この場にいるメンバーたちからするとそれほど強い相手というわけでもない。

だが未熟なうえに戦意まで失ってしまった兵士たちからするとそうではなかった。

どうやら彼らには対処できなかったようで、魔物は今でも自由に暴れ回っており周囲の兵士たちを一方的に攻撃していた。


 それを見て彼らのパーティーリーダー、ウバルドも即座に決断した。


「ああ、助けに行ってやってくれ。こっちは問題ない」


「すまない。それともう一つ……。出来たら一人パーティーメンバーを貸してくれないか?俺の火力じゃ処理するのに時間がかかり過ぎるんだ」


 そう言われたウバルドであったが、これにはさすがに考えるようなしぐさを見せた。

 そんなウバルドの反応を見てヴァレリアがすかさず前に進み出ようとしたのだが、それよりもウバルドが顔を上げるのが早かった。


「こんな状況じゃ効率を最優先するしかないってわけか。そうだな……確かにそうした方が良さそうだ。一人でいいのか?」


「ああ、止めさえ刺してくれれば大丈夫だ」


「わかった。おい、トーニオ。お前が行け」


「は、はぁ?ちょっと待ってくれよ。なんで俺が……」


「すまない。助かる」


「な……おい、ちょっと待てよ!!……くそっ!!」


 ウバルドに指名されて即座に抗議の声をあげようとしたトーニオであったが、すでにホルストが走り出してしまったのを見て、仕方なく後を追いかける。


 その際、振り返って恨みがましげな視線を向けて来たトーニオに思わず笑みを漏らしたウバルドであったが、すぐに気持ちを引き締めて他の仲間たちに声をかけた。


「さあ、俺たちも気合を入れていくぞ。二人が抜けてこっちの負担も一気に増えだろうから気を引き締めていけよ!!」


 その際ヴァレリアが何か言いたげな目を向けて来たのだが、ウバルドはあえて何も聞かなかった。

 ホルストとの関係からいえば彼女が行った方が良かったのかもしれないが、戦闘の効率を重視すれば恐らくトーニオの方が相性はいい。

 実際ホルストも即座に承知したし、彼女もそのことはわかっているはずであった。

 

 


 一方走り出したホルストは瞬動を何度か使ってあっという間に目的地に到着すると、今にも兵士に食らいつこうとしていたミュータントインセクトに一撃を叩き込んだ。

 そしてそいつを引きつけながら周りに向かって声をかけた。


「こいつは俺たちが相手するから動ける奴はさっさと重傷者を後方に運んでやれ。他の奴らは今のうちに戦列を整えなおしてくれ」


 その声を聞いて何人かの兵士は即座に動き出した。

 どうやら兵士らしく命令されることに慣れているようで、やることを明確に示されると動けるようになる者が多いようであった。

 中には突然やって来た探索者の言うことを聞くべきか迷っている者たちもいたのだが、そういった者たちも動いている兵士たちを見て自分たちも徐々に動き始める。


 だが一部は心が折れてしまったのか、全く動こうとしない者たちもいた。


 そんな中ようやく追いついて来たトーニオが、隙だらけのミュータントインセクトに接近してその首を叩き落した。


 そして剣を納めると、周りで未だに座り込んでいる者たちを見てため息を吐いた。


「なあ、こいつらどうするんだ?」


「……さあな。放っておくしかないだろう」


 ホルストにそう言われて眉をしかめたトーニオであったが、すぐに何かを思いついたようで人の悪い笑みを浮かべた。


「そうか……。まあどうせそのうち食われて死ぬだろうしオトリくらいにはなるか」


 そう言って鼻で笑うトーニオを見て、座り込んでいた兵士たちはギョッとした。

 だがその意図を察したホルストは気にした様子も見せずに同意してみせる。


「ああ、戦わない兵士を説得する時間なんて無駄だからな。まあどっちにしろ逃亡兵は死刑になるんだ。たいしてかわらないだろう」


「……なるほどな。確かにそれならこいつらも食われて役に立った方が本望だろうな」


 そのやり取りは露骨な脅しであったのだが、ある程度効果はあったようだ。

座り込んでいた者たちのほとんどがのろのろと立ち上がって動き始める。中には恨みがましい目でホルストたちを睨んでいる者もいたのだが、本人たちは気にも留めなかった。


 それでも立ち上がらなかった者たちは、他の兵士たちが城壁の下へと無理矢理連れて行った。


 実際ここで呆けていられるのが一番困るのだ。

 そいつらをかばうために他の兵士が怪我してしまう可能性だってあるし、かといって本当に見捨ててしまえばそれはそれで皆の心の負担になるだろう。

 それならまだいない方がマシであった。

 

 こうしてなんとか救助に成功し、この場所の戦線を立て直したホルストたち。

 だが残念ながら、まだ元の持ち場には帰れそうになかった。




「お、おい。あれ……」


「クソッ!また違ったヤツらが近づいてきているぞ」


 守備に戻った兵士たちの声を聞いて、すぐさまホルストとトーニオは胸壁に近寄って下を覗き込んだ。

 すると確かに違った形の上位種たちが接近して来ているのが見えた。

 しかも今度は複数だ。


「ああぁ、クソッ!!やっぱお前なんかについて来るんじゃなかったぜ」


 そう言って苛立たし気な様子を見せるトーニオであったが、ホルストはそれを横目に見ながら「一人借りておいて本当によかった」と英断を下した過去の自分に心底感謝するのであった。



 











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