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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
三章 大陸南部動乱
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3-10 ヴェレンテ防衛戦 緒戦




「動き出したぞ!」


「鐘をならせー!!」


 魔物たちが動き出したのを見て、ホルストと同じようにその動向を観察していた人々から一斉に声が上がる。

そしてその声を聞いた人々も動き出したことによって、城壁の上は一気に慌ただしくなっていった。



 カンカンと鐘が激しく打ち鳴らされる中、やや浮足立った様子で慌ただしく走り回るセヴェーロ王国軍の兵士たち。一方の探索者たちは落ち着いた様子で準備に取り掛かっており、それほど慌てた様子は見せなかった。

 実際魔物たちの群れとはまだ距離があり今すぐ戦いが始まるというわけではない。この辺りはやはり実戦経験の多い探索者たちに一日の長があるようで、無駄に動き回る兵士たちを横目に彼らは淡々と迎撃準備に取り掛かっていた。


 ホルストも少しの間ジッと魔物たちの動きを見ていたのだが、やがてそこから目を離すと落ち着いた様子で戦闘の準備に取り掛かる。

 その横ではヴァレリアたちのパーティーも集まって装備のチェックを始めていたのだが、こちらの空気はやや浮ついていた。

 ヴァレリアやリーダーのウバルドなどは比較的落ち着いているのだが、さきほどホルストに絡んできたトーニオを含めた若手の二、三人はソワソワとしており、やや落ち着かない様子であった。


 もちろん彼らとて銀ランク相当と認められたパーティーの一員なので、魔物の討伐や護衛を通してそれなりの実戦経験は積んできていた。

しかしセヴェーロ王国は今回の紛争が起こるまでは比較的平和な地域だった。

彼らはそんな平和な地域で活動してきていたので、毎日のようにダンジョンに潜っているベギシュタットの探索者たちほど腹が据わっているというわけではないようであった。

 

 もっともホルストとてこんな魔物の群れと対峙するのは初めてだ。

 表に出さないだけでやはり緊張は感じており、最前線で攻略を続けている連中ほど感覚が麻痺しているというわけではなかった。

 

 そんな中、ホルストたちの耳に重厚感ある低い声が入って来た。


「全軍落ち着いて行動せよ。まだ相手が接近してくるまで時間はあるぞ。接近してきたらまずは予定通り一斉に遠距離攻撃を仕掛けるから魔法、そして弓を扱える者たちは準備を怠るな」


 その声の主は今回の防衛戦の指揮官、セヴェーロ王国の将軍のうちの一人グランドーニであった。

話し方は非常に落ち着いており近くものものに語りかけるかのようなものであったのだが、はっきりとホルストたちの耳に届いた。おそらく『拡声』のギフトを利用したものであろう。

 このギフトは指定した範囲内にいる者たちに、均等な音量でその声を届けることが出来るギフトである。またこのギフトは他者に声に対しても使えるので非常に重宝されており、こういった集団戦の場においては必ずと言っていいほど拡声のギフト持ちが指揮官に随伴していた。


 だがたまにその性質をしっかりと理解できておらず、拡声を使われているにも関わらずがなり立てるような指揮官もいる。

 その場合非常に耳障りなうえにそういった指揮官は冷静さに欠けていることが多く、戦況が悪くなると大抵焦って無駄に指示を出して周りを混乱させる。

そのためホルストは今回の指揮官の落ち着いた声を聞いて、内心でホッと胸を撫でおろしていた。

 実のところ戦争の少ないセヴェーロ王国の指揮官なだけに外れを引くのではないかと心配していたのだが、少なくともこの指揮官がヒステリックなタイプではないということがわかったので、少し安堵したのであった。



 そうして皆が思い思いに準備を進める中、いよいよ魔物たちがヴェレンテの目前へと迫ってくる。

そしてその先頭が間もなくこちらの射程圏内に足を踏み入れようかというところで、再びグランドーニから声がかかった。


「よし、そろそろ攻撃準備にとりかかれ。まずは魔法からだ」


 それを聞いて魔法系ギフトを持つ者たちが一歩前へと進みだす。

 ホルストの隣でもヴァレリアのパーティーのリーダー、ウバルトともう一人のメンバーが胸壁へと歩み寄った。


「魔法隊攻撃用意。……3、2、1、撃て!」

 

 グランドーニの号令に合わせて城壁の上の各所から一斉に魔法が放たれる。

 炎や氷、中には雷や光線のような魔法が魔物たちの先頭集団へと殺到し、多くの魔物たちに傷を負わせていく。中には吹き飛ばされてそのまま動かなくなった個体もいた。

 しかし魔物たちは怯んだ様子もなく、その動かなくなった仲間たちの亡骸を踏み越えて前進を続けてくる。

 

「次、弓隊攻撃用意」


 そんな魔物たちの様子を見て、グランドーニがすぐさま次の掛け声を上げる。

 その声を聞いて今度はホルストも前に出て弓を構えた。


「……3、2、1、撃て!」


 ヒュンヒュンと弓の弦の音が響き渡り、魔物たちに向かって矢の雨が降り注ぐ。

 そして魔物たちの身体に多くの矢が突き立つが、こちらは魔法ほどの効果は見受けられなかった。

 もっとも全く効果なしというわけではない。

ホルストの予想した通り普通の攻撃でもダメージは通っているようであった。

最悪の場合は全く効かないということも予想されたので、むしろこれは僥倖と言える結果であった。

 

 そのまま二度三度と魔法と矢が交互に放たれ魔物たちの数を間引いて行くが、その進軍の速度が落ちることはなく、ついにその先頭が城壁の下へとたどり着いた。

 そして垂直に切り立つ壁に足をかけ、ゆっくりと城壁を上り始める。

 その速度は平地を進むよりは明らかに落ちているものの、やはりアリ型の魔物ということもあり着実に一歩ずつ城壁を登ってきているようであった。

 そんな魔物たちを見て一部の兵士たちがあわてて魔法を放とうとするが、そこにグランドーニの声が響き渡る。


「魔法は敵が固まっているところに使え。登ってきているやつらに関してはその他の者たちの落石で対処だ。絶対にあいつらを上まで登り切らすなよ」


 その声を聞いて浮足立ちかけた兵士たちが落ち着きを取り戻す。

 ホルストもグランドーニの声に従って弓を手放し、近くに積んである石の山へと向かう。これらは迎撃用に準備されたもので、城壁の修復用に準備されていた資材や町中から集められた建築資材を流用したものであった。


 

 ホルストはそれらを登ってくる魔物たちに向かって落下させていく。

普通の人間であればこんなものが直撃すれば一撃で叩き落せそうなものだが、相手はアリ型の魔物。よほどいい位置にでも当たらない限り、なかなか叩き落すことは出来なかった。


それでも何度か落としていればコツがつかめて来る。

 直接頭部を狙っても器用に牙で防がれることが多いことに気付いたホルストは、前足の関節部を狙って石を落とすことに切り替えた。

 どうやら壁を登るには前足が重要なようで、そこを潰すとほとんど登れなくなるようであった。


 一方の隣のヴァレリアたちのパーティーは、複数人が同時に石を落とすことによって強引に相手を叩き落すという力技に出たようであった。

 これはこれで効率がいいようで着実に成果を上げていたので、ホルストも内心で感心していた。

 最初はやや浮足立っているように見えた若手のパーティーメンバーたちも今は集中しているようで見ていて不安な点はない。

 実績だけで銀ランク相当と評価されるパーティーというだけのことはあり、対応力はかなり高いようであった。


 こうしてしばらく魔法と落石で対処していた防衛隊であったのだがしばらくすると魔法の数も減ってくる。

 それでもなんとか迎撃に成功しているようで、魔物たちが城壁の上部まで到達することはなかった。

 

 だがこの拮抗状態がいつまでも続くことはないだろう。

 魔物たちは絶えず城壁を登ってきているし、落石用の資材もいつかは尽きる。

 戦っている者たちの魔力や体力も無限ではないので、これからは徐々に苦しくなっていくだろう。


 ホルストがそんなことを考えながら淡々と迎撃を続けていると、グランドーニから交代で休憩をとるようにとの指示が下る。

どうやら防衛隊の首脳陣も同じようなことを考えているようであった。

 

 周囲の連中がまだまだ余裕の表情で迎撃を続ける中、ホルストは率先して休憩を取り、今後に備えることにする。


 防衛戦はまだ始まったばかりであった。




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