3-02 会議室にて
「……以上、ここまでが現在分かっている状況です。数日中にでも第二波が来る可能性が高いという話ですから、おそらくそこでフィレット王国軍は壊滅することになるでしょう」
そう言ってナターリエが話を締めくくると、探索者ギルドの会議室の中には重い空気が流れた。
フィレット王国軍の自業自得に呆れたのか、もしくは緊急時でも相手を信用できずにフィレット王国軍を受け入れなかったセヴェーロ王国側に思うところがあるのか、会議室のいる面々の思いは様々であったが、そんな時まで協力することが出来ない両国の状況にやるせない思いであることは同様であった。
だがレオンの隣に座る彼のパーティーメンバー、セフィに関してはそれ以上の思いを抱いているかもしれなかった。
レオンが横に目を向けるとその蒼ざめた表情が目に入る。
彼女は元フィレット王国の貴族令嬢だ。
しかもどうやら彼女が貴族の籍から抜けた事情には今回の戦争が関係しているらしかった。彼女自身その辺の事情については話したがらなかったのでレオンとしても今まで聞かなかったのだが、今の表情を見るに何か重荷を抱えているようにも見える。
(一度そのあたりの事情をこちらから聞いてあげた方がいいのかもしれないな)
そう思ったレオンであったが、この会議室にはレオンたち以外の面々もいるのでさすがに今この場で聞くわけにはいかない。そのため今はそっとしておくしかなかった。
一方レオンのもう一人のパーティーメンバーであるイリーネ。
彼女もまた落ち着かない様子で、不安そうな顔をして俯いていた。
たまに顔を上げてこの会議室にいるメンバーたちの様子を窺おうとするのだが、対面にいる人物たちと視線が合いそうになると、慌てて顔を逸らしまた視線を手元に落とすということを繰り返していた。
恐らく彼女の頭には先ほどの聞いた話の半分も入って来てはいないだろう。
なにしろレオンたちの向かい側に座っているのは彼女が前に所属していたクランのリーダー、ファビアンとその参謀役ギードであったからだ。
レオンたちはダンジョンを出て探索者ギルドに到着すると、即座にナターリエに捕まってこの会議室へと連れて来られた。
そして彼らが会議室の扉を開けて入ってみると、そこにはすでに十人以上の人間が席についており、一斉に視線を浴びることとなった。
そのうち半分ほどはギルドの職員だったのだが残る半分は探索者で、しかもそのほとんどはただの探索者ではなくかなり上位の探索者たちであった。
中にはレオンと面識のある人物も何人かいたのだが、そのほとんどは実際に話したことのない面々だ。だがレオンの知る限り、この中で最も無名そうなファビアンたちでさえ比較的小規模とはいえクランの幹部なのであった。
その点レオンたちのパーティーはまだ駆け出しと言っていいようなメンバーの集まりだ。
明らかに場違いといった雰囲気でレオンとしても何故この場に呼ばれたのか分からなかった。ただそのことが余計にイリーネを委縮させているのは確かであった。
重苦しい雰囲気が会議室に垂れこめる中、レオンは改めて会議室にいる面々を見回してみる。
それなりに名の知れた面々もいる中で、レオンの知る限りこの会議室で中心となる人物は恐らく三人であった。
そのうちの一人はギルド側の人物。
先日レオンもこの会議室で会った老人、探索者ギルドの副ギルド長ゲーアハルトであった。
彼に関しては知らない人はいないと言われるほどの有名人で、実質のこの探索者ギルドのトップとして、この巨大組織を数十年にわたり取り仕切って来た傑物として知られていた。
そのゲーアハルトに向かって重苦しい沈黙を破るかのように一人の男が口を開いた。
「それで……本題に入る前に聞いておきたいのだが、そんな状況でこの面子が集められたのはどういった理由なんだ?」
そう言ってゲーアハルトに鋭い視線を向けたのは、レオンの見るところのこの会議におけるもう一人の中心人物、クラン『戦火の誓い』の盟主バジャルトであった。
見た目はかなりの大柄で無精ひげを生やしていた強面の男。
一見するといかにも粗野な探索者といった風情の人物であったが、彼の束ねる戦火の誓いは五百人を超える大所帯のクラン。ベギシュタットにおける最大戦力と言われている五大クランのうちの一角を占めていた。
しかも戦火の誓いはその仕事ぶりに対する評価が非常に高く、五大クランの中でも最も堅実で信頼のおけるクランとの評価を獲得していた。
それが彼のおかげなのか、もしくは彼の横に控えているいかにもインテリといった風情の眼鏡をかけた女性のおかげなのかは定かではないのだが、どちらにせよ彼自身も見た目通りのただの探索者ということはないだろう。
そんなバジャルトに鋭い視線を向けられたゲーアハルトであったが、当然彼がそんなことで怯むようなことはない。
平然としてその視線を受け止めると何も答えず隣に座っている男へと顔を向けた。
するとその男、レオンもよく知っているナターリエの上司オットマーが立ち上がってバジャルトへと向き直ると、彼も平然とした様子でその質問に答えた。
「そうですね、バジャルトさんの疑問ももっともなので本題に入る前にそちらからお答えさせて頂きます。この面々をご覧になって疑問を抱かれた方も多いかと思われますが、お分かりの通りここに集まっていただいた皆様はギルドの主力部隊として招集されたわけではございません」
「ああ、そりゃあ見ればわかるよ。ウチ以外に大規模なクランの面子は見かけねえし、知らねえ顔もチラホラとある。さすがに緊急招集をかけておいてこれだけしか集められなかったなんてことはねえだろうしな」
さもありなんといった様子で頷くバジャルト。
レオンたちからすると場違いな程に格上が集まっているこの会議室の面々であったが、バジャルトからするとそれでも明らかに面子が足りていないようであった。
取り方によってはこの場にいる面々を見下している傲慢とも言える言い草であったのだが、それに反論する者は誰もいない。
なぜならそれほどまでに戦火の誓いの戦力はこの中でも突出していたし、バジャルトからすると自分と同格の五大クランの面々が誰もいないので、当然と言えば当然のセリフであったからだ。
その証拠にオットマーもバジャルトの言葉を平然として肯定して話を続けた。
「はい、おっしゃる通りでして主力部隊は別で招集する予定です。今回皆様にお集まりいただいた理由はそれとは別に、ここにいる皆様を中心として先遣隊を組織していただくためでございます」
オットマーがそう言って会議室に集まった面々を見回すと、集まった探索者たちの中からどよめきが起こった。
そしてお互いに顔を見合わせてその面々を確認していく。
その過程で納得したように頷かれる人もいれば、腑に落ちないように首を傾げられる人もいた。
その中でもレオンたちはほとんどの面子と面識がないため、当然周りから首を傾げられることとなった。
そのためイリーネなどはますます落ち着かない様子となってしまったのだが、レオンは先遣隊と聞いて自分たちが呼ばれた理由がおおよそわかったので、かえって落ち着きを取り戻すことが出来た。
だが、レオンが納得できたとしても周りがそうとは限らない。
「ちょっと待ってくれねえか。先遣隊といえば少数精鋭が基本だろ?ほとんどのメンバーは確かにその枠に当てはまると思うんだが明らかにそれに相応しくない顔も混じっている。そうなると選考基準に疑問を持たざるを得ないんだがお前らギルドは本当にちゃんと選ぶメンバーを精査したのか?そいつらがどうして選ばれたのか納得のいく説明を聞かせてくれなければ、ウチは指示に従えねえぞ」
そう言って異議を唱えたのはレオンもよく顔を知っている男、イリーネが以前所属していたクランの参謀役、ギードであった。
相変わらず怖いもの知らずというか、傲慢なところの見え隠れする言動であったがその視線は明らかにレオンの方に向いており、彼の言う相応しくない顔というのがレオンたちのことを指しているのは明白であった。
だがレオンとしては別に自身が希望してこの場にいるわけではない。
この場に相応しくないと言われるなら喜んで出て行くつもりなので、特になんの痛痒も感じなかった。
それに今の言い方は明らかに失言だ。
レオンを貶めるだけではなく、ギルドの見識を疑うような言い方をしたからだ。
この場でそんなことを言えばギルド側が黙っているはずがない。
特に一見穏やかだがかなり腹黒いオットマーが言われっぱなしでいるはずがなかった。
レオンとしては今後の展開が容易に予想出来たので、ギードの視線を平然と受け止めると黙って成り行きを見守ることにした。
そしてレオンの予想通りギードの発言に対して言い返すような声があがる。
しかし彼の予想はある意味では裏切られることとなった。
なぜならギードに反論したのはギルド側の人物、つまりオットマーではなかったからであった。
「やれやれ……急に話を遮ったかと思ったらくだらない。この場に相応しくない顔ってそれはあんた自身のことかい坊や?プライドが邪魔をするのは分かるが、戦いに行くのが怖いなら素直にそう言って辞退すればいいじゃないか」
わざとらしくため息を吐いてから小馬鹿にしたようにそう言ったのは、ロザリンダという名の女性探索者であった。