2-41 塔エリアノボス
頂の迷宮、塔エリアの最上階である三十階。
レオンたちは二十五階で一泊をした後、翌日の昼前にはここにあるボスエリアの前まで到達していた。
「はぁ、やっとボスエリアの前まで到達しましたね」
「うん、やっぱりかなり長かったよね。他の探索者たちが見当たらない理由がよくわかったよ」
疲れたように言うイリーネであったが実際彼女の言う通りで、ボスエリア前の広場にはレオンたち以外の探索者の姿は見当たらなかった。
というよりもレオンたちは二十階を越えたあたりからは他の探索者を見かけていない。
昨日、攻略を開始した序盤は所々で他の探索者たちが戦闘をしていたのを見かけたのだが、中盤を越えたあたりから徐々にその姿を見かけなくなってきていた。
たまに争うような物音が聞こえてきたり戦闘の痕跡を見つけたりはしたのだが、直接他の探索者を目にすることはなくなっていったのであった。
そして今日にいたっては、他の人の気配すら感じなくなっていた。
確かに最近はスライムプラスチックバブルのおかげで、ウッドゴーレムを狩るために塔エリアを訪れる探索者も増えたのだが、ウッドゴーレムを狩るだけならこれほど上まで上がってくる必要はない。
そのために二十階以降に登ってくる探索者はほとんどおらず、唯一上ってくるのはレオンたちと同様に塔エリアを攻略しようとする者たちだけであった。
しかしそもそもこの塔エリアを攻略しようと者自体があまりいない。
二階層に上がりたいなら三つのエリアを攻略するだけで済むからだ。
それにここのボスは面倒くさいことで有名だ。
わざわざこんな塔を上ってまでボスを倒そうとする探索者は稀であった。
ボスエリアの前で三十分ほど休憩をとったレオンたちは、体調が万全であることを確認すると立ち上がってボスエリアの中へと向かった。
「今回のフロアボスはかなり厄介なんですよね?」
「うん、強くはないけどかなり面倒くさい相手だから評判は悪いみたいだね」
「でも手数が必要って話だけど本当に私たち三人だけで大丈夫なのかな?」
「まあ用意した作戦が失敗したらかなり苦戦することにはなるだろうけど……最悪逃げるのは簡単みたいだからね」
「ええっ!?そしたらまたこの塔を上らなきゃならないの?」
「まあ最悪の場合はだよ。多分成功すると思うし、失敗したとしても二人ならゴリ押しでなんとかなるんじゃないかな?」
「そ、そうでしょか?」
レオンにゴリ押しでなんとかなると言われてもあまり自身がなさそうなセフィとイリーネ。
二人の自己評価あまり高くなかったのだが、レオンはイリーネの遠距離からの火力とセフィの実力をかなり高く評価していた。
それに今回の作戦はほぼ間違いなく成功すると思っているで、あまり心配はしていなかった。
三人がコンソールに近づき探索者証をかざすといつも通り部屋の中央に描かれた魔法陣が光り始めた。
そしてその光が収まったところにこのエリアのボスが出現する。
しかしそこにあったのは小さな一軒の小屋であった。
小屋と言ってもかなりこじんまりしており、おそらく中は六畳間程度の広さしかない。
外見は海外の童話に出てきそうなカラフルな家で、扉が一つに窓が二つついている。
また屋根の上には煙突がついており微かに煙まで上がっていた。
だがこれはれっきとした魔物だ。
実際、窓と扉はちょうど目と口のような位置関係についており、まるで顔のように見えるため可愛らしさはあまり感じなかった。
むしろこの塔の魔物らしく、やや不気味な雰囲気だ。
この魔物の名前はクリーピードールハウス。
見た目が大きいことからもわかる通りかなりタフな魔物で、その能力は耐久力に特化していた。
その反面移動は一切出来ず攻撃手段も乏しい。
しかしこの魔物には他の一階層のボスにはない、厄介な能力を持っていた。
「来るぞ!」
レオンが警告の声を発した瞬間、クリーピードールハウスの二つの窓がパタリと音を立てて開かれ、中からウサギと猿のぬいぐるみが飛び出して来た。
さらに今度はバタンと勢いよく扉が外に向かって開け放たれると、その中からウッドゴーレムが三体姿を現した。
クリーピードールハウスの持つ厄介な能力、それは召喚能力であった。
どうやらこの家はこの階に住まう魔物たちの住処ということらしく、この階に出現する魔物たちが明らかにその容量を無視して際限なく出て来るのだ。
実際そのストックに限界はないようで、いくら倒しても次々と補充されていく。
つまりこの魔物を倒すには無限に湧き出てくる魔物たちに対処しながら、タフなクリーピードールハウスの体力を削っていく必要があるのだ。
そうなると当然多くの手数が必要になるし、長期戦を覚悟する必要もある。
そのためこのクリーピードールハウスは面倒くさい魔物として忌避されているのであった。
「うわあ……。本当に次々に出て来るね」
「まだまだこれからだよ。聞いた話によると数百体の魔物を倒し続けたパーティーもいたらしいんだけど、それでも湧き続けていたらしいよ」
「それはゾッとしますね。しかし作戦は上手くいくんでしょうか?」
「大丈夫だよ。ずっと逃げ回りながら倒したパーティーもいたらしいし、部屋が魔物で埋まったって話も聞かないからね」
レオンたちが話している間にも再度窓が開いてラブリーアニマルズが出現し、今度は煙突から打ち上げられたかのようにして家具らしき物体まで飛び出して来た。
その物体、食卓の形をしたアサシンオブジェクトはクルクルと回転しながら明後日の方向に飛んでいくと、ピタリと着地してそのままそこに鎮座した。
「ねえ、あれって擬態し続ける意味あるの?」
「さあ?でも近づくか刺激しない限りは襲ってこないんだから、とりあえず放置しておけばいいよ」
レオンの言う通りアサシンオブジェクトは誰かが近くに来るか、攻撃を受けない限りは擬態を解かない。
そのため遠くに飛んで行った個体は放置すれば問題なかった。
ちなみに昨日天井から落ちて来たアサシンオブジェクトは料理の湯気か刺激になって擬態を解いたようであった。
「チーズの匂いが嫌いだったのかもしれないよ」とイリーネが真剣に言って来た時はレオンも思わず笑ってしまったのだが、案外その可能性もあったのかもしれないが……。
「それでまずはラブリーアニマルズからでしたよね」
「ああ、俺が捕獲していくからセフィは牽制を頼む。イリーネは予定通り、ウッドゴーレムの足をよろしくね」
「はい!」
「わかった!」
そう言ってレオンがインベントリから取り出したのは、動物などを捕獲するための投げ網であった。
そしてそれを接近してきたラブリーアニマルズの一体に投げつける。
するとそのラブリーアニマルズはいつも通りよけようともしなかったので、まともに網に捕らえられてしまった。
それでも宙に浮いたままレオンに抱き着こうと接近してきたのだが、その動きは網程度の重さでも明らかに鈍っていた。
その間にレオンはインベントリから縄がグルグルと巻き付けられた重さ一〇〇キログラムはありそうな大きな石を取り出す。
そして巻きつけられている縄の先端、そこに取り付けらえたフックを投げ網の端へと引っ掛けてから急いで距離をとった。
するとそれに合わせてラブリーアニマルズもレオンを追いかけようとしたのだが、その途中でガクリと動きを止めてそのまま動けなくなってしまった。
ラブリーアニマルズは人に抱き着くつと相手の体力を吸い取るという厄介な特性があるのだが、攻撃はその一点に特化しており力は極めて弱い。
そのため重石をつけられてしまえばあっさりと動けなくなるし、網から脱出しようとする知恵もなかった。
その光景はまるで括りつけられた風船のようで、ラブリーアニマルズはユラユラと揺れ続けるしかなかった。
レオンはその後もセフィが牽制しているラブリーアニマルズを一体ずつ捕獲していき、重石をつけていく。
一方のイリーネはウッドゴーレムの足をブレードで破壊していき、次々とその機動力を奪っていく。
唯一の懸念はアサシンオブジェクトであったが、幸い近くには落ちて来なかったので放置すればよかった。
そんな作業と言えるような戦闘を続けること十分程度、ついにクリーピードールハウスから新たな魔物が出現しなくなった。
周囲には風船状態のラブリーアニマルズに、這いずり回るウッドゴーレム。そして放置されたアサシンオブジェクト。
クリーピードールハウスを守る魔物は一体もいなかった。
「ラブリーアニマルズが十体に、ウッドゴーレムが十五体。アサシンオブジェクトは三体か……。他のパーティーはよくこんな数と戦いながらあいつを倒したな」
「確かにこれらと戦いながらクリーピードールハウスにダメージを与えていくと考えると正直ゾッとしますよね。それにしても同時召喚数の上限ですか……。よくそんなこと思いつきましたね」
「本当だよ。召喚してくる魔物でさえ始めて見たのにこんな攻略法を思いつくなんて。そもそも普通は魔物を生け捕りにするなんて発想、絶対出てこないと思う」
セフィとイリーネが二人して口々に驚きと称賛の声を上げるが、レオンとして前世でたまたま似たような話を見たことがあっただけの話であった。
探索者たちの話を聞いてみても皆が口をそろえて「出現する魔物は数十体」と言っていたので、間違いなく上限はあると思っていた。
そして同時召喚数の上限がある場合、核を壊さなければ死なないような無生物系の魔物は相性が悪い。四肢を砕いて動きを止めてしまえば簡単に無力化できるし、それで死ぬ心配がないからだ。
もしこれが同時召喚数の上限がなかった場合はかなりの脅威だったのだが、レオンは一階層の難易度的にそれはないと思っていた。このダンジョンは意外とバランスよく出来ているのだ。
むしろここは知恵を試されるエリアと考えるのが妥当で、力押しで倒す方が邪道なのではないかとすら思っていた。
「さて、それじゃあさっさと片付けてしまいますか」
「そうですね。いつまでもこの状態が続くとは限りませんし、今のうちに倒してしまいましょう」
「賛成。はやく帰ってカレンさんに抹茶を分けてもらわないといけないし……」
「ああ、あれは試作品だからもうないよ。本格的に生産が始まるのは半年以上先じゃないかな?」
「ええっ!?」
こうして防御手段を剥ぎ取られたクリーピードールハウスはあっさりとレオンたちに倒されることとなった。
それを聞いてまたナターリエが腰を抜かす光景を見るのを楽しみにしていたレオンたちであったのだが……この日レオンたちがダンジョンを出て目にしたのは、全く予想していなかった光景であった。