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まぜるなキケン~調合士の迷宮探索~  作者: 十並あそん
二章 新人探索者
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2-34 レッドハーブ




 木々に囲まれた円形の広場。

 その広さは半径一〇〇メートルほどだろうか。

もっともその広場の中にも、まばらに大きな木が生えているので実際はそれよりも少し狭く感じる。


 ここは森林エリアのボスフロア。

 その中で繰り広げられていたレオンたちとエリアボスの戦いは、ついに終盤へとさしかかっていた。


森林エリアのボスの名前はサイレントシカーダ。

 シカーダというのはセミのこと、つまりこのフロアのボスというのは鳴かないセミ型の魔物であった。

 ただし鳴かないといっても大人しいわけではない。

体長は二メートル前後で、フロア内に生えた木から木へと高速で飛び回る厄介な魔物であった。

その飛行速度は極めて速くなかなか攻撃を当てることが出来ないうえに、距離も一瞬で詰めてくる。そのまえ後衛殺しとしても知られていた。

 その攻撃手段は主に三つ。

 鋭く尖った足による直接攻撃と麻痺効果のある液体の散布、そして口吻による吸引攻撃であった。特に口吻による吸引攻撃は危険で、麻痺攻撃からのコンボを食らうと体液を吸い出されてミイラにされてしまう。そのため麻痺対策は必須であった。


 ただし吸引中は無防備になるため、味方一人を犠牲にすれば確実に勝てる相手とも言われていた。

 もっともそれをすることは探索者の間では禁忌とされているため、サイレントシカーダ戦で犠牲者を出したパーティーは忌み嫌われることとなる。


 当然レオンたちもそんなことをするつもりはなかった。



 留まっていた木から飛び立つと、フラフラと力ない様子で飛んで来るサイレントシカーダ。

 しかしその身体には複数の凍りついたボルトが刺さっており、動きには全くキレがない。 最初はかなり高速で飛び回っていたのだが、今となってはその半分の速度も出ていなかった。

 それでもなんとか攻撃しようとセフィへと接近するサイレントシカーダ。

なんとか彼女の目前へと迫るとその場でホバリングをしてから、麻痺効果ある液体を飛ばしてきた。

しかしセフィは冷静にその液体を躱す。

さらにそのスキにイリーネの放ったブレードがサイレントシカーダへと迫っていた。


 それをなんとか回避しようとしたサイレントシカーダであったが、動きの鈍った身体では躱しきれず、魔力の刃によってその羽を切り飛ばされてしまった。


 こうなるともはや決着がついたも同然。


 力なく地に落ちたサイレントシカーダにむかって、セフィの光り輝く剣が振り下ろされた。




「お疲れ様。やっぱり機動力がある分、耐久力は低かったね」


「はい。昆虫型のせいかイリーネさんの冷却魔法もよく効きましたし、意外と苦戦しませんでしたね」


「うん、最初の一撃さえ当ててしまえば後は楽な展開だったね。水を弾かれた時は少し焦ったけど……」


「全然濡れていませんでしたね。なんか身体に油膜みたいなものが張ってあったんでしょうか?」


 無事戦闘が終わり、和やかに会話をするレオンとセフィ。

 しかしイリーネが難しい顔をして黙り込んでいることに気付き、レオンが声をかけた。


「どうかしたのイリーネ?随分難しい顔をしているけど……」


「うん、ちょっと気になることがあって……」


「気になること?」


「うん。さっきのセミがとばして来た麻痺する液体なんだけど……やっぱりおしっこなのかな?」


「…………」


 レオンがあえて触れなかったことをズバリと聞いて来るイリーネ。

 どうやら彼女はセミを捕まえたことがあるようで、その生態を知っていたようであった。


ちなみにこの話題は探索者の間でもタブーとされている。

 かなりの機動力を誇るサイレントシカーダに麻痺させられた探索者は意外と多いからだ。

 幸いレオンたちパーティーで麻痺させられたメンバーはいなかったのだが、イリーネの発言を聞いたセフィが盛大に顔をしかめた。


「早く帰りましょう。今すぐにでも盾を洗いたくなりました」


 彼女は何度か麻痺攻撃を盾で防いでいたのであった。




 そのまま慌ただしくダンジョンを出た後、着替えを済ませたレオンはセフィたちをそのまま宿に残し、一人で探索者ギルドを訪れていた。

 この日のギルドを訪問の目的は、先日発見したレッドハーブの扱いについてギルド側と話し合うためであった。


 フィジカルポーションの性能を確かめた後、レオンは迷ったあげく、製法も含めてギルドに報告することにした。

 自分の切り札として秘匿することも考えたのだが、結局はリスクやデメリットの大きさを考えてそれをあきらめたのだ。

 なぜならレッドハーブを秘匿する場合、自分で栽培方法を確立する必要があったからだ。

数十本しか生えていないのを採取してしまえばすぐになくなってしまう。そのため今後も使っていくことを考えると、どうしても自分の手でレッドハーブを繁殖させなければならなかった。

 しかしそんなことをしていれば他の探索者に見つかる可能性は高いだろうし、何よりレオンは植物の専門家ではない。

下手をすると栽培に失敗して全滅させてしまう恐れがあったのだ。


 それなら最初からギルドに話して丸投げしてしまった方がいい。

こそこそ隠れて育てる必要もないのでレオンは探索に専念できるし、ギルドに任せておけば植物の専門家を派遣して大切に育ててくれるはずだ。

現代日本に比べ科学的には劣っているこの世界であるが、ギフトというものがある。

レオンの記憶では植物を育てるのに有効なギフトもあったはずなので、間違いなく繁殖を成功させてくれるだろう。

 

 それに紅茶の例から考えてもギルドは発見者のことを優遇してくれる可能性が高い。


 カレンの場合、ギルドと協力してダンジョン内で茶の木をどんどん繁殖させていっているのだが、そのうち三割を彼女の取り分としてもらっているのだ。

 もちろん彼女の場合は事情がかなり特殊でもある。

自分も積極的に植え替えや紅茶の製造に参加しているし、なにより金ランク以上でしか入れない山岳エリアでの栽培は彼女が中心となって行っているからだ。


 そのためレオンが彼女ほどの分け前を得られる可能性はまずないのだが、それでも自分たちで使う分くらいはなんとか交渉して融通してもらうつもりであった。


 

 ギルドに到着するとナターリエに案内されてギルドの会議室へと足を踏み入れたレオン。しかしそこに入ったところで思わず足を止めてしまった。

 てっきり彼女と二人か、その上司であるオットマーを含めた三人で話し合うのかと思っていたのだが、会議室の中では一〇人以上の人間が席についてレオンを待ち構えていたからだ。

さらに現在、その全員が先ほどまでしていた雑談をピタリとやめ、ジッとレオンへと視線を注いでいる。

 思わず逃げ出したくなったレオンであったが、そういうわけにもいかない。

 気圧されそうになる心を叱咤して、なんとか笑顔を貼りつけると案内された自分の席へと座ったのであった。


 そのまま自己紹介が始まったのだが、そこでレオンの貼りつけた笑顔は早くも剥がれそうになった。

 ギルド長はいなかったのだが、副ギルド長をはじめ各部門のトップかそれに近い面々がこの会議室へと集まっていたのだ。

 どうやらレオンのために交渉の場を設けたというよりも、レオンがギルドの重役会議に呼ばれたというのが正しい認識であったようだ。


(それならそうと言っておいてくれよ)

 

 思わずナターリエの方を恨めし気に見てしまったのだが、彼女はレオンの視線に気付くとニッコリと笑った。どうやら彼女はわかっていてやったようで、サプライズが成功してことにいたくご満悦なようであった。

 「そんなサプライズはいらない」と心の底から叫びたかったレオンであったが、レオン自身が普段から彼女を色々と驚かせて喜んでいたので自業自得でもあった。


 そのまま自己紹介が進んでいき、最後にレオンの番となる。


 そこでレオンは意を決して立ち上がると、頭を商人モードに切り替えてから優雅に一礼した。


「初めまして、銅ランク探索者のレオンと申します。本日はこのような場に呼んでいただき至極恐縮です。どうぞ以後お見知りおきを」


 探索者としては決してふさわしい挨拶とはいえなかったが、この場は交渉の場だ。

 それなら交渉に慣れた口調で挑んだ方がいい。

 そう思い気を引き締めたレオンであったが、その決意は一瞬のうちに打ち消されることとなった。


「おお、その話し方はやっぱり君が元商人のレオン君であったか!いやいや、一度は君と話したいと思っていたんだよ。カレン君の話では紅茶にも一枚かんでいるようだし、あの割れにくいポーション容器、ペットボトルも君の発明だろ?」


「は、はあ……」


 満面の笑みで話しかけて来たのは営業部門のトップと名乗った男、ウーヴェであった。

小太りでえびす顔、探索者とは全く縁のなそうな中年男であったがやたらテンションが高い。

 思わず生返事を返してしまったレオンであったが、そのことを気にした様子もなく彼は非常に上機嫌に話し続ける。


「それに加えて今回のフィジカルポーションだ。効果時間は三分ほどしかなかったが、何より身体強化に効果を上乗せ出来るのが素晴らしい。あれなら切り札になるし、上位探索者たちも喉から手が出るほど欲しがるだろう。それどころか各国の首脳たちも緊急時のために常備しておきたがること間違いなし。いやいや、本当に素晴らしい発見だよ!」

 

 興奮した様子でレオンのことを褒めちぎるウーヴェにレオンは思わず毒気を抜かれてしまった。これから本腰を入れて交渉をしようとしたころで肩透かしを食らったような気分であった。

 もしかしてわざとやっているのかとも思ったのだが、とてもそんな風には見えない。


 そんなレオンの戸惑った様子を察したのか今度は別の男が声をかけて来た。


「そいつが言うとオーバーに聞こえるかもしれないが、言っていることはおおむね事実だ。これが本格的に生産されることになれば、上位探索者たちの必需品になることは間違いない。そうだろ?アルバン」


「ああ、それは間違いねえ。行き詰っている奴らはもちろん、順調に進んでいる奴らだって切り札は必要だ。金に余裕がある奴らは喜んで買いあさるだろうよ。坊主、お前はそれだけのものを発見したんだよ」


 最初に声をかけて来たのは素材管理部門トップのクリストフ。

そしてそれに応えたのはレオンも散々お世話になっている解体所の職員、元金ランク探索者のアルバンであった。







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