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幽霊忌憚 春夏秋冬  作者: 茅野
2/4

夏ホラー2020

幽霊忌憚 春夏秋冬 夏の巻

都会の地下鉄編

          *

 都内を走る地下鉄の、ある駅のホームで、新聞を読みながら電車待ちをしている痩身中背のサラリーマンは、いつも()()にいる。

 毎日、何本もの電車をただ見送っている。

 通勤ラッシュの朝から、帰宅ラッシュの夕方まで。そして、終電が行ってしまっても。

 翌朝早くから、またいつも通りの場所に立っている。


 それでも駅員に声をかけられたことは、1度もない。


 彼の読んでいる新聞は、毎日同じだった。載っている事件も、事故も、テレビ・ラジオ欄も全く同じ。

 そして、日付も同じ。



 彼の姿が()()()人は、敢えて目を反らし、その場所を避けて通っているらしい。見えない人も何となく流れに沿って歩を進めるので、その部分だけ人の流れが妙に湾曲している。


 駅の防犯カメラの映像を見られるなら、早送りで映像を見ればよくわかる筈だ。

 誰も進路を邪魔する者がいないのに、ソコだけ人が通らない。そんな奇妙な光景を。


 ()()に居るのに、()()には何も写っていない。


 手に持っている新聞の開いている面は社会面のようだった。それも確実な情報とは言えない。どうやら()()()人がそんなことを言っていたらしい。


 ()()()人は、判るだけの情報を便りに、酔狂にもその日付の新聞を、街の図書館で調べてみたと言う。

 その社会面の細かな記事までよく読んでみたところ、その場所の駅名が記載されているのを確認した。


 小さな記事の欄には、その場所で、その日、自殺騒ぎがあったと書かれていたらしい。

 ()()()人は、いつもながら背筋が寒くなる感覚を覚えた。新聞を持って立ち続けている人物は、記事に自殺者として顔写真が添えられていた人物と、同一人物だと見られたからだ。



          **


 背広姿の男は急いでいた。大事な会議に遅れそうだった。焦っていたので、人波の流れ方が異常なことに対する不信感も抱かずに、小走りで進んでいた。


 その場所を通るとき、少しは横に避けながら通ったのだが、本の少しだけ肩が誰かにぶつかった様な気がした。

「失礼」 と、軽く振り向くようにして、片手を自分の頬の辺りまで挙げて詫びをいれた()()()だったのだが。


 確かに()()と思った。けれど その場所は、人波の中でポッカリと空いていた。

 足が止まる。キョロキョロと回りを目だけで気にする。


 誰もいないのに、その場所を通る人達は必ず()()()()避けて歩いていく。



 急いでいるのに、足が動かない。

 急に立ち止まった自分を、そのポッカリ空いた空間と一緒に避けていく、足早な人波が周囲に出来ていく。


 目を見張る。音が遠くなる。瞬きをして再び開いた目の中に、新聞を手にした痩身中背の男が映った。



 新聞記事には、嘘が書いてある。

 俺は自殺などしていない。

 あの時、背中に思い切りぶつかって来たヤツがいた。



 新聞を持った男の目は、怨みの炎に彩られていた。その目から怨嗟が思いとなって零れ出す。


 その暗い目は、自分に向けられている。


「……知らない」 声が震えた。


 この駅は、しばらく利用してこなかった。 使う機会もなかったが、足が遠退いていた。



「私は知らない……」


 以前ここへ来た日。自分が利用した時間帯の下り線で、事故が起こった。 その事は覚えていた。

 あれから三年は経っている。既に細かい記憶は朧気だ。 ……だが。


 あの時も 私は急いでいた。 今よりも、もっと急いでいた。


 ()()に、ぶつかったかも知れない。



 忘れる事で平静を保っていた。

 あの日の記事を見たとき、本当は嫌な予感が走っていた。



          ***


 ラッシュアワーの人混みで、誰よりも早く改札口を目指そうと、手で人波を掻き分けるようにして進んでいた覚えがある。


 少しでも早く前に進むために、敢えて下りの電車待ちの人垣の間を、抜けようとした。

 改札口に向かう階段をめがけて歩く、前を行く人混みの脇から攻めて、その人混みの先頭に躍り出る心積もりだった。


 下りの電車を待つ人達は、いきなり列に突っ込んでくる男に対して、迷惑そうに眉を潜めながら、体を捻るようにしてかわしていた。


 その中で、小さく折り畳んだ新聞を熱心に読んでいた痩身中背の男は、後方の割込男には気付けなかったのだ。


 業とでは無かった。 ただ、急いでいたのだ。


 自分が通り過ぎた数秒後、ざわめきが起こった。


 その騒ぎを振り向いて確かめる時間的余裕は、その時の自分には無かった。



           ****


 過去の光景を垣間見た。その直後。


『やはり、お前かっ……!』


 頭の中に、怨念のこもった大きな声が直接響いてきた。

 巨大な何かで頭を強く殴られたような衝撃が走る。

 くらりと眩暈がし、背広の男はその場で倒れた。


 今、正しく下りの電車が走り込んできた線路の方向へと、真っ直ぐに落ちていったのだった。



秋に続く。

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