〜4章 平和な日々〜
病院から出た俺の家は、商店街を抜けた住宅地の中にある自分のアパートへと向かった。父親、弟、俺の三人暮らしだ。
母親は俺がまだ幼い頃に買い物に行ったっきり、帰ってこなくなってしまった。流石の俺も夜中の8時になっても母親が帰ってこなかった事に違和感を持った。
当時のお父さんは、必死に警察に捜索依頼を出したが結局見つからなかった。
成人女性という事もあり、警察の捜索も早期に打ち切られてしまった。以降3人で暮らしている。
ガチャ…
「ただいま〜」
「お兄ちゃんおかえり!」
玄関に走って駆け寄ってきたこの子の名前は宮内 夢乃。
2つ年下で小学6年生の妹だ。
目は俺とそっくりで少し狐目。しかし鼻はくっきりとし綺麗な長い黒の髪はより凛々しさを掻き立てる。
「お兄ちゃんお腹すいた〜。ゆめはハンバーグ食べたい!」
「はいはい。お父さんの帰りを待とうな?」
「やだ!ハンバーグ食べたい!」
食べ盛りになってきた妹は、俺の顔をみると食べ物をねだってくる。
正直最近、兄=食べ物と見られている気がしてならない。
「そ…それより宿題やったか?」
「ふんだ!お兄ちゃんとは違って宿題なんてとっくの昔に終わってますーだ!」
「喉渇いた!ジュース取ってこよ!」
妹はそのまま冷蔵庫に飲み物があるか確認しに行った。
最近、妹が俺に対してやたらと元気に話しかけてくるようになった。
その原因はたぶん俺にある。
俺が学校に行っていない事を、夢乃はたぶん知っている。
現に普段大人しい夢乃がこうして俺を気にかけて話しかけてくるし学校で事件を起こした後、俺に「お兄ちゃん…その、大丈夫?」と聞いてきた。
その時は、俺の大事にしているPCでも勝手に触ったのかと思った。
だが、月日がたつにつれて話しかけてくる量が増え、確信に変わっていった。
事件数日後、お父さんと家で事件の事を話した。父は、僕の肩をもってくれたが、同時に叱りもした。なぜすぐに相談しなかったのかと。
「ごめん」
この言葉以外に言葉を発することができなかった。
そしてこの件は夢乃に負荷をかけないように学校の事は黙っておくと決めた。
だがその取り決めは、実にザルすぎた。
考えてみれば、小学校で同級生の親族から噂を聞く事は容易だ。
…なにより怖いのは、俺のせいで夢乃も同じような目にあっていないか。
俺はカバンを下ろしながら「夢乃。最近学校はどうだ?」と何気なく聞いた。
夢乃は一瞬戸惑うようなそぶりを見せ、その後にすぐに笑って
「楽しいよ!急にどうしたの?」と。
冷蔵庫にあるジュースをコップに注いでいた妹は、怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
まぁ思い立って急にそんな話をする俺も悪いのだが。
(とりあえず、ご飯炊くか。)
俺は無洗米を計量カップで三人分測定し、内釜に米をいれ水を目分量でいつも入れる量を注ぐ。
炊飯器をセットし徐にソファーに座る。
「帰ったぞ〜。夢乃手伝ってくれ。」
玄関に聴き慣れた声が響いた。
コップでジュースを飲んでいた夢乃はシンクにコップを置き、父親の声がする玄関に走って行った。
俺は、徐にテレビのリモコンを手に取り、テレビをつけた。
そこには、一人で芸人道を歩んでいるのだろう、芸人が舞台の上で一発芸を披露していた。
「あ、MANZAやってる!」
妹がお父さんから受け取った袋を机におろすと、俺の横に座った。
「お、なんだ純平。帰ってきていたのか。」
後ろを見ると、カバンを肩からぶら下げて扉の前に立っていた。
「ああ、おかえり。」
「飯、買ってきたぞ。食うだろ?」
居間にある食事用の机にプラスチック容器が並べられた。
容器の中から、独特のスパイスの匂いが部屋に充満する。
「お父さん!今日は中華?」
妹が容器を開けると、目をキラキラさせてご飯の準備を始めた。
ハンバーグを所望していたのにもう中華に目移りしたらしい。
「あ、今炊飯器セットしたところだから40分位は待たないとだめだよ。」
「じゃあ先に風呂入ってくるわ。」
お父さんはカバンを置きに二階に上がって行った。
風呂は妹が担当なので、いつも湧いてある状態だ。
「なんでお兄ちゃんご飯セットしてなかったの!」
妹が中華のおかずと俺を交互に見ながら尋ねてきた。
顔が今にも怒りそうなのは目に見てわかった。
【食べ物の恨みというのは、どの時代においても怖いものだな。】
うるさいと念じて、俺は妹にひたすら謝った。
というのも、普段は朝にセットしてから病院に行くんだが今日はそれを忘れてしまっていた。
数時間後…
「いただきまーす!」
妹が待ってましたと言わんばかりにご飯を勢いよく食べる。
「純平。学校はどうだ?」
「楽しいよ。いろいろと勉強になる。」
「今日夢乃、学校でプールの練習でがんばったの!お父さんも一緒にプール行こう!」
「おぉ!行くぞ!夢乃の為にお父さん仕事休んででも行くからな!」
「お兄ちゃんはこれそう?」
「いや。ごめんな」
「そっか…。」
気まずい空気が流れ、妹はそれを察したかのように逃げるように食べ終えた。
妹が風呂に行くと、俺は今まで父に黙っていたことを伝える決意をした。
していたけれど…いざ本人を目の前にすると、やっぱり言いづらい。
「お父さん。」
「ん?どうしたんだ?純平」
「その…。うん。やっぱりなんでもない。」
「ん?そうか。まぁ買ってきたおかずを早く食え!」
「あの…「いいか純平。今言えないなら言わなくていい。お父さんはお前を信じているからな!ハハハ!さぁご飯を食べよう。ご飯が冷めちゃうぞ。温かい内にたべろ!」
ああ、なんでこの人はこんなに俺を信じてくれているのだろう。
不覚にも箸を持った手がふれえてしまう。それでいてその愛に溺れている自分が憎い。
「俺…実は召喚者なんだ。」
父の顔が一瞬固まった。不穏な空気が一瞬流れ始めた事を体で感じた。
「その召喚者ってのは、普通の人と違っていて、うまく説明出来ないんだけど。
でも、学校の件で迷惑かけたから。」
学校の一件で父親に迷惑かけた。
そのことを考えて寝れない日もあった。正直に言った方が楽になる。ただ、それを言ったら父を傷つけてしまいそうで。
怖かった。
「そんなことで悩んでいたのか。てっきり犯罪でも犯したのかとヒヤヒヤしたぞ。
いいか、純平。お父さんは召喚者やら魔法なんてのはからっきしわからん。
その…自分の道を進め。どんな形であれお父さん応援してるから。それしかできないから。」
「…その…あ、…ありがとう。」
どんな状態であろうと俺を愛してくれている父。
その想いは俺の心を揺らすように駆けた。
父は、ご飯をたべおわるとすぐにソファーでテレビを見始めた。
そんな父の背中はどこか寂しそうなそんな印象だった。
俺は食べ終えたおかずを片付け、自室に戻った。
(そういえば、明日は課外実習か。楽しみだな。)
【早く寝ないと明日はすごく体力を使う事になるよ。きっと】
「どうして?」
ルシファーには先見性があるのかと勘繰ったが、【君が張り切っている以上に、先生方は張り切っているだろうね。】
といわれ、ただの推測だとわかった。
妹のが上がったことを確認して、お風呂に入った。
風呂に入りながら今日のことを考えた。一つ。一つ。丁寧に。
天井から落ちてくる水滴が鼻に一つ起きろ!とでも言わんばかりに落ちてきた。
それから俺は風呂を上がって寝ることにした。
寝支度をした俺は、ベットに入って目をつぶった。
【お休み。明日は本当に楽しみだね。】
(あぁ…)とルシファーに答えつつ夢に浸かって行った。