8 歩く要塞《ウォーキング・フォートレス》
「はぁ……どうしてこうなった」
領主様とリンク村へ来ていた雇われ兵士の俺、マックスは槍を持ったまま深々と溜息を吐いた。
全ては目の前のリオだかスズキだか言う糞ガキのせいだ。
隊で最年少の自分よりも若い黒髪の少年。コイツは明らかに若さゆえの全能感と正義感に突き動かされ、誤った道を進んでいる。
ようは現実ってものを知らないお子様。
ほとばしる正義感ってやつだな。もちろん力は伴ってない、理想だけの可哀想なタイプ。口と気持ちだけの勘違い君。
ただそれ自体は構わない。誰しも通る道だ。俺もそういう怒りやら理想やらを見ていた頃は確かにあったしな。好きにすればいい。
だが問題は若さゆえのその愚かさを教えてやるのが、よりにもよって俺達ってことなのだ。
「おいっ、ガズ! まさか本気でやらないだろうな」
俺は一番最初に挑発に乗り、絶賛ブチ切れ中の同僚に声を掛けた。
「殺しはしねぇよ。だが一体誰にどの口を叩いたか、世の中の厳しさってもんをとことん教えてやる」
「ほ、ほんとに殺すなよ? いいな、相手はレベル5。幼児を相手にしてる様なもんだからな?」
「わーってるよ」
あ、ダメだこれ。絶対に分かってない。
そういえばコイツ、入隊当初に二人とない槍の達人である領主様のご指導に、自信満々に挑んでぶちのめされてたっけ。これはあれだ、在りし日の自分にイラついてるっぽいな。
「おーい、タナさん」
「分かってるよ。危なくなりそうだったら俺が横から止めるからさ」
そう笑い返すのは隊一番のベテランのタナさんだ。彼が目の前の少年に喋りかける。
「えーと、リオ君だっけ? じゃあいっちょやろうか。武器は持ってる?」
「いいえ。出来たら槍を貸して頂けますか?」
「ああ。すると防具もだな」
「あ、そっちは結構です」
チッ――と隣から大きな舌打ちが聞こえてきた。……いや本当に大丈夫なのか少年。
そうして刃のない槍を受け取った少年は――実にどんくさかった。
「うっわぁ、ひっど。素人丸出しじゃない。あれ生まれてこの方、農具以外に握った事がないタイプだぞ」
タナさんのゲンナリした声が耳に入る。実際、少年の槍の扱いは一目で分かるくらい下手糞だ。
戦うまでもなくその弱さが分かるこの悲しさ。
「糞ガキぃ! 準備はいいか! 始めんぞッ!」
「あ、はい」
その間抜けな様子にさらに苛立ちを募らせたガズが槍を構える。
俺も見てるだけだけど一応槍を構える。1対1で話にならんのに、無理に4対1とかする気はない。
……しかしひっでぇ構えだな少年。綺麗なくらいのへっぴり腰だ。ま、身を持って学ぶんだね。
そんな事を思っていると合図役がコインを空中に放る。
少年へ教育が施されるその瞬間――。
怖気が走った。
「――っ!?」
化けたのだ。
見た目が変わった訳ではない。少年はなんのアクションも起こしていない。しかし突如、槍も扱えない少年の気配が、圧倒的な強者へと化けたのだ。
「なッ!」
「えっ――」
「……は?」
ただ立っているだけにも関わらず、呼吸すら出来ない程のプレッシャー。周囲の温度が10度も下がった様な感覚。
なんだ、これ。
弛緩した空気は消し飛び、冷やした油の様なドロドロとした死の気配が全身に纏わりつく。
俺達は今、人喰いの怪物の前にいる。そんな錯覚すら抱く。
目の前の散々内心で馬鹿にした少年はもはやいない。
気配が違う。構えが違う。武威が違う。……なにより薄っすら感じる巨大な何かの存在感。
駄目だ。汗が止まらない。手が、足が震えだす。呼吸すらままならない。
隣のタナさんは涙目になり、キレていたガズでさえ正気に戻り、目の前の化物に槍を震わせ顔面を蒼白にしている。
なんだ。何なんだ。コイツは一体なんだ?
最早、目の前の存在は領主様すら遥かに上回る怪物としか形容のしようがない。まさに槍の化物……いやそんなものじゃない。これは。
要塞。
そう。それだっ。
まるで突如出現した巨大要塞だ。そこから突き出した数百もの巨大弩弓或いは未知の黒筒が、無言のままピタリと寸分の狂いなく俺達を狙っているのだ。
動けば俺達は――死ぬ。
「――来ないのですか?」
「っ!」
そんな動けぬ俺達を嘲笑うかの様に、少年が毛程も体を揺らした様子なく問い掛けてくる。
馬鹿を言え。動けると思うか。
魔獣を前にして殴りかかる奴が誰がいる。要塞を前に槍一本で突撃する馬鹿がどこにいる。
「そうですか。なら……こちらから行くだけです」
そういって目の前の少年《巨大要塞》はこちらへ意識を向ける。
「ヒッ――!」
「ぇ――」
「まっ、待て参っ――」
「あっ……あ、あああああああ――」
次の瞬間。
悲鳴すら掻き消して、比喩でも誇張でもない数百を超える巨大な槍の暴雨が俺達四人へと降り注いだ――。
「終わりました」
「遅かったな少年。……ふむ。ウチの者に怪我を負わされはしなかったか」
部屋に戻ってきた俺を見て、ラガン隊長は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
それから俺の後に続き、兵士達四人が続く。彼らの表情は死人にでも遭遇したかの様に皆真っ青だ。
一発も当ててないはずなのだが……。
ちなみに俺は先ほどの模擬戦で、例の仮面演舞とやらを使い“歩く要塞”というモンスターカードを装備していた。
そほ消費は鉄魔力3で序盤の壁役。迎撃という能力がありコストの割に防御力が高いので、速攻で採用されるモンスター。
確かに国攫いと比較するとレア度もコストも能力も低いが、一般の兵士を相手にするくらいならこれで十分だった。
なお装備するとなぜか攻撃が“掃射”というものに変化。当てない様にだが、槍を一斉掃射の如く放ちまくってみたら目にも止まらぬ連続突きとなり、全員泡を吹いて気絶してしまった。
時間が掛かってしまったのは彼等を起こしたり、恐慌状態になったのを宥めたりしたせいだ。
「ではこれで全員が納得したようだな」
そういったラガン隊長が立ち上がる。
「ええ。行きましょうか」
「――は?」
だが彼の言葉に俺が同意するとなぜか驚かれた。
え、もしかしてこの人、俺が負けたと思っているのか?
「何を言ってるんだ君は。忘れたのか? 強い方を連れて行くという話だったはずだ」
「ええ、そうですよね?」
「そうって……どういう事だ?」
「どうって……勝ったのは僕ですよ?」
「「はあああああっ!?!?」」
叫んだのは村長さんとハルムさんである。
「あっ、有り得ない!? 君はっ、れっ、レベル5だろう! こないだなんか小指を家具にぶつけて気絶していたじゃないか!」
み、見られていたのか、あれ。恥かしいからここで言わないで欲しい。
「おいっ、どういう事だ! 説明しろッ」
ラガン隊長は青ざめた兵士の一人を捕まえ、なにやら小声で事情聴取をし始めた。
「いえ……それが…………でして……」
「はぁ? なんだそれはッ! そんな馬鹿な事が有り得るか!」
「しかし…………本当に……」
「ええいッ、もういい!」
こちらへ振り返ったラガン隊長が叫ぶ。
「小僧ッ! 貴様は全員でも構わぬと言ったな。ならば私とも勝負して貰おう!」
再び屋外。
今度は全員で外に出た。あれから兵士達が涙目で必死にラガン隊長を説得していたが、結局こうして相対している。
仕方なく俺は再び兵士から刃のない槍を受け取り、自分でも酷くつたない感じで槍を構えた。
一方のラガン隊長も同じく刃のない槍を構える。
「――おい、馬鹿にしているのか小僧?」
お互いに向い合うと急にそんな事を言われた。
「えっ、いや、真面目にやってますけど……」
そう答えると今度は兵士達を睨み付ける。
しかし彼らが死んだ様な顔で肯定も否定もしなと、怪訝そうな表情でそれを見つめた後、視線をこちらに戻す。
「まぁいい。合図をしろ」
兵士の一人が慌ててコインを取り出し、それを空中に投げた。
って、まずい。早く装備しないと。やや焦りながら小声で呟く。
「――仮面演舞」
【現在、歩く要塞が装備可能です】
ポップが表示されたので指示のままカード名を答える。
「“歩く要塞”」
答えた時には既にコインが地に落ちていた。けれどまだ時間は――。
「ハッ!」
――なっ!?
ある、と思った時にはまるで瞬間移動でもしたかの様に、ラガン隊長の槍が目前に迫っていた。
「シッ!」
槍が一瞬で突き出される。けれど。
それは空中で俺の槍に弾かれる。
「なにっ!」
次の瞬間には全身にあの全能感が宿っていた。
今は投影度を低にしている為、仮面すら出てこないが、どうやらギリギリ間に合ったらしい。
「貴様――ならば本気で行くぞッ!?」
俺と槍の間合いギリギリにまで弾かれたラガン隊長が、着地に合わせて姿勢を下げる。
と、同時にその手に持つ槍と彼の体に赤い光が帯びる。
えっ、なにそれ!? なんか必殺技っぽい!?
それに応える様に【スキル 疾風突き】と書かれたポップが出現した。――あ、解説どうも。
「キエェェェェェェッ!」
まるでライフル弾。
彼の手元から高速で槍が俺の額目掛けて疾走する。
目視も困難。反応など不可能。回避など論外。
だが。
――やっぱりよく見えた。
「シッ――!」
さらに歩く要塞の常態能力【迎撃】が発動する。
迎撃。
それは相手モンスターの攻撃を強制的に歩く要塞に向ける能力である。いわゆる自軍の他モンスターを守る為の壁能力。
それに従う様にラガン隊長の放った疾風突きが俺の額を捉え。
「なっ!?」
――結果、逆に射線上で俺の槍に捕えられた。
先端と先端。
疾風突きとして放たれた槍は、空中にて寸分狂わず俺の槍に真正面から“迎撃”され、受け止められたのだ。今や両者は空中で拮抗し、停止している。
「……………………は、馬鹿な」
「お返ししますね」
「はっ?」というラガン隊長の驚きを無視して、彼の槍を軽く二度突き。
それで体勢を崩した彼に対して俺は槍を後ろに引き“全砲門の発射体勢”を取る。
「一斉掃射」
呟きと共に槍が――歩く要塞に搭載された百八十八門の砲撃と化し――全身、皮一枚すれすれの場所に暴風となり襲い掛かる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」
嵐の様な目にも止まらぬ同時多発的無秩序百八十八連続高速突きがラガン隊長を蹂躙する。
槍を一身に受ける彼はただただ絶叫する他にない。
「――おおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッ!?!?!?」
なんかもう艦隊射撃を人間サイズで見ている様である。撃ってるの俺なんだけど……。
そんな濃厚で永遠の様な一瞬が過ぎると、途端に静寂が訪れた。
動くもの無し。
「………………………………」「………………………………」「………………………………」「………………………………」「………………………………」「………………………………」
見守っていた全員がその凄まじさに口をあんぐり開けて固まっていた。
一度はこれを受けた者も、自分達がどんな状態に晒されていたのか理解したのだろう。
そんな沈黙の中、視線だけでチラッと数千発の一斉掃射の嵐の中にあって傷一つない男を見た。
当然、当ててはいないからね。
「…………………………」
うん。なんか一人タイタニクッみたいな感じで硬直しているが――あ、倒れた。どうやら気絶したらしい。
我に返った兵士達が慌てて泡を吹いている上司を取り囲む。そんな様子をちょっと悦に浸りながら見つつ、俺は構えを解いた。
「……どうやら、私の勝ちのようですね」
これで無事にハルムさんは大丈夫。
アマンサさんと、産まれたばかりのお子さんと一緒にいられるはずだ。
「さ、これで十分でしょう。私の実力を証明――」
だかしかし、その直後にラガン隊長を取り囲む兵士がとんでもない爆弾を落っことした。
「……りょ、領主さま!? しっかりして下さいませ領主様ッ!」
「――できた……………………ぇ?」
兵士達の絶叫に言葉を失う。
え?
りょうしゅさま?
隊長じゃなくて? 領主様?
俺はギギギギッと音がそうな程、引きつった顔で振り返る。
ハルムさんと村長さんと目が合うも、彼らは何故か明後日の方向へと目を反らす。
いや、こっち見ろよ。
「い、いやぁ。実はだね、その、ラガンって方。さっき聞いたんだけど武官のフリした…………………………ここら一帯の領主様ご本人、みたいな?」
…………。
…………。
…………いらない。
こういうサプライズ、ほんといらない。
誰も得しないじゃないですか。
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