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7 三人の嘘吐き

タイトルがしっくり来ないので変えました





 ――どういう状況なんだろうか、これ。


 リンク村。その村長宅は異様な緊張に包まれていた。


 村長、ハルムさん。そしてその後ろに伝令役だと無理言って同席させて貰った俺。

 その対面にはチョビ髭を生やした隊長――名前はラガンというらしい――が座り、その後ろに数名の兵士が立っている。


 あれからハルムさんは生まれた我が子を抱く事さえ許されず、ここに連れてこられていた。


 しかし彼に動揺した様子はない。むしろ隣の村長の方が慌てている様で、最初に彼が口を開いた。


「あの……罪科があるとの事でしたが、こちらのハルムは非常に誠実な男にございます。村長のワシとしても何かの間違いでは――」


「間違いか。一体何から何までを指して間違いなのだろうな、ハルム“殿”」


 村長の言葉を遮り、ラガン隊長が皮肉気に殿を付けて彼を呼んだ。それにハルムさんも切り返す。


「罪状をお聞かせ願いたいラガン殿」


 そこへ彼を守ろうと村長さんが口を挟む。


「待つのだハルムよ。大丈夫だ、ここはワシに全て任せ――」


「詐欺罪である。貴殿は身分を偽りアモール商会の商人へ宝石を売りつけている」


「えっ、いや、あのラガン殿、ま、まずはワシを通して……」


 しかし彼を庇おうと前に出たはずの村長が華麗にスルーされる。可哀想に、ちょっと涙目である。


 一方、ラガン隊長は胸当ての内側から一つのネックレスを取り出した。それを見た瞬間、彼の表情が凍り付く。


「――どうやら、お心当りがあるようで」


 これには俺も村長さんも驚いた。


「まっ、まさかハルム、お主本当に……」


「いいえ村長。これは根本的に違うのです」


 と、彼はよく分からない事を答え、改めて見の前の人物を睨み付ける。


「こんな物を持ち出して、何が目的だ。答えろ」


 それは始めて見るハルムさんの本気の憎悪だった。


「はっ、ハルムさん!?」

「その口の聞き方はまずいぞハルム!」


 だが相手はここら一帯の領主様に派遣された人間。この世界の人間ではない俺ですらマズイのは分かる。タメ口など領主様を舐めていると解釈されかねない――が。


「こんな物、ですか。これは本物の金剛石を使ったもの。かつて王家より、とある貴族様へ送られた由緒正しき品。私もあなたの為に苦労して捜して来たのですがね」


「――え?」


 俺と村長がラガン隊長の予想外の謙った言葉に驚愕する。これではどちらが上の立場か分かったものじゃない。これではまるで彼が――。


「もう察していらっしゃると思いますが、これを偽物と仰るのであれば、私は詐欺師としてあなたを引っ立てます。ですがもし本物とお認めになるなら――」


 ラガン隊長は目を細め真摯な態度で告げる。


「ぜひ、我らにご協力願いたい。グライスラー侯爵家三男にして元宮廷魔術師、ハルムレン・グライスラー官僚子爵様」


 思わずハルムさんの方を見る。話の流れからしてもしやとは思ったけど、よもや本当に貴族様だったとは。


 あ、なるほど。

 だから村長さんが彼を必死に庇っていたのだ。貴族と知っていたからの対応。そう思って次に村長の方を見ると。


「はっ、ハルム! お主貴族様だったのか!? それも宮廷魔術師じゃと!? あっ、いや、ハルム様でしたか!」


 誰よりも衝撃を受け、その場でへへー! と仰ぎ奉っていた。

 この村長さんはきっと癒し枠なのだろう。


「村長さん、それについて後ほど謝罪させて頂きます。それよりもラガン殿、もし私を詐欺罪で引っ立てれば、あなたもただではすまんぞ?」


「覚悟の上でございますよ」


 領主から派遣されてきたという武官と、貴族だと正体が発覚したハルムさんが睨み合う。


「…………事情を話せ。判断するのはその後だ」


 だがやがでハルムさんが一歩引いた形で、されど始めて聞く様な高圧的な態度で告げる。


「ふっ、かしこまりました。実は近々、プロメア将軍率いる国軍がこの地に参ります」


「国軍、それも将軍自らだと? なぜだ?」


「今はお答えしかねます――というより、末端の武官である私も預かり知らぬ所です。ただ……」


 ラガン隊長はゆっくりと視線を外す。


「風の噂では、かつてこの地に逃げたとされる反逆者、魔導姫が新たな魔王の復活を目論んでいるとか」


「まっ、魔王だって!?」


 これには全員が顔を青くする。

 俺も人事ではない。あの魔萬の強化バージョンなんて御免被る。村長さんなんかぷるぷる椅子ごと震えだしたぞ。ちょっと可愛い。


「それは本当なのか? かつての終末戦争でここ中央大陸の魔王は全て死んだはずでは?」


「真偽の程は分かりかねます。ただ、本来ならこの地から最も近い、ユーテリオ公爵家が今回の出兵要請を突っぱねたそうです」


 ユーテリオ公爵家?


「魔萬により引き起こされたチタン事変で生まれた、中央への不信感は未だ根強い……か」


「ええ。国軍は見事に魔萬公爵に裏を掛かれましたからな。孤立した東北部の被害があそこまで甚大になった原因として、ずっと槍玉にもされてきましたから」


「魔族対策長の首一つでは拭えないか……」


「後釜としてオリビア王女殿下を据えたのも、人事としては失敗でしょう」


 ……なんか、微妙に知っている奴の名前がチラッと出てきた。しかし世情・政治的な割合が多過ぎて話しについていけない。結局、どういう話なのだろうか。


「そこで国軍が打った手が、各領主による密かな冒険者の確保です。今、有名な冒険者は引く手数多ですよ」


「なるほど。だから表立った徴兵ではなく、こうして戦力となる者の直接的な確保をしに来た、という訳か」


「ええ。元宮廷魔術師の腕前を見込んでどうか、お力をお借りしたい。此度の事にご協力して頂ければこの金剛石のネックレスもご返却致しましょう」


「断ったらしょっ引くと?」


「かもしれません……ところで、グライスラー侯爵家は今、子宝に恵まれず、跡継ぎとなる子がいらっしゃらないそうで。実にハルム殿とは対照的でございますな」


 ハルムさんが拳を握り締めたのが分かった。


 今のはたぶん脅しだ。

 ようは絶縁した跡継ぎのいない実家に、お前と産まれたばかりの子供が生きている事を伝えるぞ。って感じだろう。


 とはいえ、まさに今さっき彼の子供が産まれたのだ。

 とても二人を残していける状況じゃない。


 おかげで場が沈黙する。全員の視線がハルムさんに集り、しばらくして彼が重々しく口を開いた。


「――分かった。同行しよう」


「……えっ」


 しかしその返答は俺にとっても予想外だった。


 本気かハルムさん。子供が産まれたその日だぞ?


「なっ! 待つのじゃハルム! 冒険者など言う立場で召集されれば、最も危険な前線に立たされるのは間違いない! 国軍からすれば盾役に使われるのがオチじゃ! それに……産まれた子供とアマンサはどうするっ。置いて行く気か!?」


「全て承知の上にございます。しかしもし、兄に私と子の事が知れれば、状況はもっと酷い事になるでしょう。選択肢は実質ありません」


 そう言い切って彼は立ち上がる。


「代わりに妻と我が子の事をよろしくお願い致します。これまで過去を偽ってきた事、誠に申し訳ありませんでした」


 そうして彼は村長に対して深々と頭を下げる。


「ハルム……お主……」


 その決意の前に村長さんも止められそうにない。

 そして今度は俺に向き直った。


「君もだ。すまないスズキ君。だがどうか、どうかアマンサとあの子の事を、よろしく頼みたい」


 彼は俺にまた深々と頭を下げる。

 だがそんなもの、気分が良い訳がない。


 ああ、くそったれ……本当、社会人になってからの年上からの謝罪と懇願は、嫌なものばかりだ。こういう時、学生時代に戻りたくなる。


「そうですか。では話もまとまった様ですし――」


 ラガン隊長が席から立ち上がるタイミングで俺は口を開いた。


「お待ち下さい」


 憮然とした言葉に全員が顔を上げる。


 ふざんけんな。

 そんな話、誰が呑むか。大魔王がなんだ、レベル5がなんだ。ここで引くのはありえない。


「ハルムさん。二人を頼むとの話、お断りさせて頂きます」


「一体なんだね君は?」


 ここで初めてラガン隊長を含む兵士達から俺へと視線が向けられる。


「私はハルムさんの息子で、リオと申します」


「なっ――!?」


 視界の端でハルムさんが驚愕の声と共に固まる。一方、ラガン隊長は後ろに立っていた兵士の一人へ視線を送った。その兵士は慌てて首を横に振る。


「……先ほど、スズキと呼ばれていたが?」


「偽名にございます。かつて暗殺されかけましたので、こうして別人を装っております」


「なんじゃと!? おおっ、生きておったのかリオ! ああっ、良かった! 良かったのぅハルム!」


 …………なお、なぜか流れ弾的に村長が被弾し、歓喜の涙を流し始めた。


「で? 仮に息子だとしたら、何だ?」


「先ほどのお話を聞くに、ようは領主様は“強者”を求めているご様子。ならば父よりも強い私を連れて行くのが道理ではありませんかね?」


 ラガン隊長の目が途端に鋭くなる。


 しかし。


「ばっ、馬鹿を言うんじゃない! 君はレベル5じゃないか!」


 ハルムさんが慌てふためいて速攻でバラしてしまう。


「ぶっ」

「まじかよ……」


 後ろの兵士数人が堪え切れず吹き出した。ラガン隊長も目に見えて呆れ返った表情と態度になる。


「はぁ…………あー、それはそれは。リオ君は強いのだなぁ。しかしなリオ君? 世の中は広いのだよ。君の父上も、いつも本気を出していないだけで――」


「――まさかレベル5の村人相手に臆しましたか隊長殿?」


 その言葉に後ろの兵士の視線が一気に厳しくなる。中には露骨に舌打ちした奴もいた。


 実際なんか傲慢な悪役みたいな台詞になってしまったがこのまま行くしかない。


「……くだらない。時間の無駄だ。馬鹿は無視して――」


「なら、全員でいいですよ」


「――は?」


「聞こえませんでしたか? 自信がないなら全員で来い、そう言ったんです」


「隊長――」


 舌打ちした兵士がドスの効いた声で一歩前に出る。


 今のでキレたなあの兵士A。


 明らかに兵士達の雰囲気が変わった。

 だがラガン隊長だけは、逆にいぶかしみ、ジッと俺の顔を見つめてくる。


 分かるよあんたの気持ち。明らかな雑魚からの、明らかな挑発行為。どう考えても罠を疑う。けれどどれだけ考えても、タネなど無いのだ。


「隊長。見せしめにちょうどいいかと」


「………………いいだろう。後でごねられても面倒だ。軽く教育してやれ」


 そう頷き俺に顎で外へ出る様に指示する兵士A。

 俺は慌てて止め様とするハルムさんを片手で制止、後ろの村長さんに「彼を捕まえておいて下さい」と頼み後を追った。


 だが村長宅を出るタイミングで振り返り、残った三人の兵士に笑い掛けた。


「おや、どうしたんですか?」


 困惑。

 俺が彼らに声を掛けた理由が誰にも分かってない。皆一様に首を傾げている。だから言ってやった。


「全員まとめて相手にしてやる――そう、私はお伝えしたはずですが?」








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