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6 村での生活

 どうも、生涯三歳児です。


 あの衝撃のレベル5固定発覚から、突然現代に戻る、なんていうこともなく一月が経ちました。

 その後、どうなったのかというと。


「ほれ坊主! しっかりせんか! 若いのに情けない!」


「これで本気なんですって!」


 俺は必死になって農具が乗せられた荷車を押していた。

 しかしどれだけ頑張っても前に進まない為に、随伴していた爺さんに尻を叩かれていた。


「はっはっはっ。相変わらずスズキの坊主は非力だな! ほれ、俺が押してやるから女衆と一緒に縄を編んで来い」


 一緒にいたガタイの良いおじさんがそう笑うと、ピクりともしなかった荷車をカートでも押す様に運んでいく。


「あ……そんな簡単に……」


「全く、最近の若いのは鍛え方が足りん! そんなんじゃ、嫁の貰い手がなくなるぞい!」


「す、すみません」


 結局、俺は近所の爺さんにお小言を言われながら女衆の作業を手伝いに行く。


 ……そう、俺は普通にここリンク村の一員として村人として過ごしていた。


 本当はむしろ冒険者とかしたかった。元同僚の奈良君も転生したら冒険者になるべきと熱く語っていた。


 しかしレベル5である。


 チートの“仮面演舞インフニティ・マスクス”ことモンスター変身術を使えば一気にステータスを爆上げできるが、仮面を取った時に攻撃を受ければあっと言う間にお陀仏である。伊達に三歳児ではない。


 さらに俺が死ねば大魔王復活のオマケまである。周囲への迷惑を考えても、こののどかな農村で暮らすのが一番安全だったのだ。


 また、前にこの国で王族が殺される謀叛があったらしく、その際に村の若い働き手の多くが動員されお亡くなりなったらしい。


 俺が保護された上に帰る宛てがないのは村からしても渡りに船で、ステータスの低さも相俟って(ようは雑魚過ぎて危険ではないと判断された)、こうして普通に村の労働力としてこき使われている。最も村人からタダ飯喰らいと非難されても仕方ない生産性なのだが……。


「……ま、まだ若いんじゃ、嫁が貰える様に頑張れ」


「はい」


 それでも仕事の時は厳しく、それ以外の時は優しく村人達は接してくれる。特に俺の嘘の境遇を話すと皆実に親身になってくれた。


 正直、この村の人達は人が過ぎてこっちの良心が痛む。









「ふふ、それは大変だったね。スズキ君はなかなか手先は器用だけど、もう少し筋肉をつけないと! なっ!」


 夕食時、そういって俺の体を機嫌よくぺしぺし叩くのは、今や俺の保護者となってくれたハルムさんだ。


 後で聞いた話だが村長さんを説得したのも彼らしく、そのまま俺はハルム夫妻にご厄介になっている。


「あなた、飲み過ぎですよ。それに強く叩き過ぎて彼が血を吐いたのを忘れたのですか?」


 奥さんのアマンサさんが酔っ払っている彼を嗜める。

 実は村で俺の歓迎会をして貰った時、木こりの人に「これからよろしくな!」と背中を叩かれ吐血したのだ。HPがあれで2まで削れていたのは我ながら衝撃の脆さだった。


 それ以降、病弱なのでスズキを叩く時は尻だけ、という妙な暗黙の了解が村に出来たと聞く。


「あー、分かっている分かっている。しかしこうして一緒に暮らして一月の祝いをしてるんだ。少しくらい、いいじゃないか」


「それで彼が怪我をしたら元も子もありません」


「分かってるって……っと、酒はもうないのか? 仕方ない、こないだ来た商人からこっそり仕入れた秘蔵の一品を出すか。君も飲むだろスズキ君」


 ジト目を向ける奥さんを気にしながら、曖昧な笑顔を向けると彼は上機嫌で部屋を出て行った。


 「全くもう……」そう零すアマンサさんに、俺はここぞとばかりに気になっている事を尋ねた。


「あの……どうしてここまでしてくれるんですか?」


「え?」


「身元を引き受けてくれた時もそうですし、村長さんに掛け合ってくれたのもそう。それにこうして一月でお祝いをしてくれるなんて……普通じゃないですよね?」


 この村の人達は優しい。けれどハルムさんの俺への親切っぷりは流石におかしいのだ。


 道で拾った少年なんぞ、どんなものか分からない。にも関わらず全幅の信頼を寄せられているかの様な気までする。


「たぶん………………期待、してるのよ」


「期待ですか?」


「ええ。五年前にモンスターに襲われて死んだ息子が帰ってきたんじゃないかって、あの人」


「――え」


「私達には十歳くらいの子供がいたの。あなたみたいに黒髪でね。非力な所も似ているわね」


 彼女の話は予想以上に重かった。


 息子さんは毎日ハルムさんとよく一緒に農作業していたそうだ。そんなある日、農作業中にハルムさんに叱られ、泣きながらどこかへ行ってしまったらしい。


 作業を終えて家に帰ったハルムさんだが、てっきり家に帰っていたと思っていた息子は居らず、慌てて村人総出で周辺を探した。


 けれど結局見つからず一月が過ぎた頃、定期的にくる商隊が、街道でモンスターに食い散らかされた子供の死体を見つけたらしい。


 泣きそうな顔で駆け出したハルムさんだが――。


「帰って来た彼のくしゃくしゃな顔を見て、私も目の前が真っ暗になった。私もすぐに確認に行こうとしたけど、結局夫は私にあの子の遺体を見せてくれなかったわ。それだけ悲惨な死に様だったみたい。それ以来、あの人はずっと落ち込んだままだったの」


 彼女はお腹を擦る。


「お腹の子も、立ち直って欲しくて私が無理を言って、五年かけてようやく授かったの。それでもあの人の笑顔はまだ影があって……そんな時なのよ、あなたが現れたのわ」


 そういうとアマンサさんが俺を見て微笑む。


「あなたはリオ……私達の息子じゃない。けれど、リオが生まれ変わってきてくれたのかもしれない。或いはリオの様な目にあなたを合わせたくない――実際、あの人が何を考えているかは私も知らない。けどあなたのおかげであの人はまた、素直な笑みを浮かべてくれるようになった。だから私はあなたに感謝しているの。本当にありがとう」


 そういってお腹に気を遣いながら頭を下げる彼女。


「っ……いいえ。僕の方こそ、こうして助けて頂いて感謝しかありません。どうかお顔を上げて下さい」


 そうして二人でヘコヘコしているとハルムさんが戻ってきた。


「えーと…………二人してお辞儀し合ってなにしてるんだい?」


 目が点になっている彼を見て、俺とアマンサさんはこっそり笑い合った。













 そんな穏やかな日々の中、終わりの日は唐突にやってきた。


「ハルムおじさんッ、アマンサおばさんの様子がおかしい! 産気づいたみたいだ!」


 いつも通り農作業をしていると、俺と同じくらいの村の少年が肩で息を切らしてそんな事を伝えた。


「そんな、リーン婆さんの見立てじゃもう二月は掛かるって話だったのに……とにかくすぐ行く! ススギ君、それに男衆も何人か来てくれ!」


 俺達はハルムさんの家に戻ると、そこには苦しそうにベッドに横たわるアマンサさんと付き添いの若い女性がいた。


「ハルムさん! リーン婆さんを呼びに行って貰ってる!」


 リーン婆さんとは村長さんの奥さんで、村で産婆をしている人だ。


「そうか……アマンサ、それまで何とか――」


「おいっ! 大変だ、隣村にも産気づいたのがいて、リーン婆さん今そっちに行ってるんだと!」


「なんだと!?」


 だがそんな安堵を、呼びに行った男の報告が消し飛ばした。


「な、何か指示はないのか? リーン婆さんから指示は?」


「い、いや、俺は村長の家に行ってその話を聞いて戻ってきたんだ。一緒に行った奴が隣村まで走ってるから、そいつに聞かないと……」


「くそっ……隣村からここまで男の足でも結構掛かるぞ」


 空気が一気に重くなる。なんでも助産の経験がある女衆も一緒に行ってしまったらしい。


「と、とりあえずなんか水とか用意した方が――」「いやそれよりへその緒切るのに鋏とか」


 慌てて右往左往する男衆。

 どうやら妊娠に対する知識は全くない。素人のそれだ。


「えっ、ちょ、血が着いてるわ!?」


 さらにアマンサさんにおしるしがあったらしい。


 ……これ本格的にやばいんじゃないか?


 しかもここにいるのは全員素人。手すら洗った様子もない。彼女のベッドには敷物もなし……これは、もうやるしかない。


「と、とりあえず止血した方がいいんじゃないか? 何か布で――」


「はい! 静粛にして下さい!」


 俺はその場で手を叩き、全員の視線を集める。


「……ス、スズキ君?」


「まず男衆とハルムさんは手を洗って、綺麗な服に着替えて来て下さい! 泥の着いたこの部屋に入る時点で論外です。それとあなたは……えーと」


 俺は付き添っている若い女性に視線を送る。


「に、ニーシャよ」


「ニーシャさんは手を洗いましたか?」


「あ、いや……」


「ならあなたもすぐさま洗って来て下さい。最低限の指示は私が出すので、それに合わせて動いて貰います」


 頷いて外へ走る彼女を見送り、ハルムさんとポカーンとしている男衆に向き直る。


「さ、男衆は外へ行って水汲みと火を起こし、それにいくつか調達して貰いたいので早く! あ、あと必ず水にその汚い手をつけてはいけませんよ!」


「お、おう……ってか、スズキの坊主は立ち会った経験あるのか?」


 それがあるのだ。

 俺の勤める職場の都合、夜中に電話が来て呼び出され、そのまま出産まで立ち会う事があった。あの時は大変だったなぁ……。


 最もそういう事を見越して、ウチの会社では妊婦に対応する研修を行っていた。それが異世界で役に立つとは思わなんだが。


「ええ。ですから皆さん着替えと手洗いを終えたら、私の指示するものを持って来て下さい」


 そうして俺は次々と指示を出していく。











「まずいな、破水してしまった」


 それから全員の準備が整い男衆をハルムを残し外に出した頃、俺はアマンサさんの下に用意した敷物が濡れるのを確認した。


「だ、大丈夫なのか!? まさか――」


「落ち着いて下さい。これは出産に向けた当然の症状です」


 見た事もないくらい慌てるハルムさんを落ち着かせる。そう、破水は異変ではない。けれどそれは出産が近い事の合図でもある。


「石鹸も用意した……温いお湯、それで暖めたタオルも大丈夫。熱湯消毒した鋏もある。シーツの替えも、噛み付く為の布もおっけー……」


 研修と実際に立ち会うハメになった経験を思い出して不備がないか確認する……うん。とりあえず最低限の準備はした。


 もしこのまま出産が始まっても、最悪何とかなる。けれど赤ん坊を取り上げるなら、やはりプロに任せたい。


「うっ! …………あ……赤ちゃんがっ……」


「あっ、アマンサ! 大丈夫かアマンサ!」


「落ち着いて下さい。アマンサさんは呼吸のペースを早めて! 一、ニ、一、ニで! ニーシャさんは赤ちゃんの頭が出てきてないか確認を――」


 三人に指示を出している時だ。扉が強く開いた。


「待たせたね! ――って、なんで男がいるんだい! 邪魔だよさっさと出ていきな!」


 婆さんが女性数人を連れて部屋に雪崩れ込んできた。


「あっ! リーン婆さん! 良かった間に合って!」


 ハルムさんがホッとした表情を見せる。

 その隙に、リーン婆さんが部屋の綺麗にされた鋏や、お湯、タオル、シーツ等を見渡す。そして俺の目の前に踏み込んできた。


「……これをやったのはお前かい?」


「あっ、はい」


 叩かれる――そんな威圧感に萎縮するも。


「――何処で覚えたか知らんがよくやった。後は任せな」


 婆さんは俺の肩を叩き、すぐアマンサさんの方へと移ると出産の準備に入った。一緒に着いて来た女性達は俺と彼女のやり取りにポカーンとしていたが、すぐさま婆さんの補助に移った。


「えと。それじゃ、俺達は出ましょうか」


「あっ、ああ……」


 あとは元気な赤ん坊が産まれてくるのを祈るばかりだ。














 そんな訳で男達は外で待ち惚けだが。


「――やっ、やっぱり遅過ぎる! 何かあったんじゃないか!? 様子を見てくる!」


「待て待てハルム! おめぇさん出産の立会い二回目だろう! 今入ったって邪魔になるのは目に見えてらぁ!」


「しかしっ! しかし!」


 とハルムさんが数分事に突入仕掛けるので、全員でそれをひたすら宥めていた。


 そしてついに――。


「おぎゃあっ、おぎゃあっ――」


 元気な赤子の声がハルムさんの家から聞こえてきた。


「よっしゃあーーーーーー!」


 家の外は男衆の大歓声に包まれる。俺も無事に生まれた様で、一気に力が抜けた。

 そこへハルムさんが抱きついて来る。


「ありがとうスズキ君っ! 君がいてくれなかったら、今頃どうなっていたか!」


「いっ、いえいえ。それより早く、アマンサさとんお子さんの顔を見てきて下さい」


「ああっ! 君もすぐ来てくれっ!」


 慌てて俺を解放し、家に向かって彼が駆け出した時だ。


「――待ちたまえ、リンク村のハルムよ」


「えっ?」


 歓喜に包まれた男衆の後ろから良く通るが、同時に酷く高圧的な男の声が響く。


 振り返るとそこには武装した兵隊達がいた。その姿に歓声は一瞬にして消え、誰も彼も状況が掴めぬまま、一際装備の良い隊長らしき男を見つめた。


 そしてチョビ髭を生やしたその男は一呼吸置き、告げる。


「――ハルム。君に逮捕令状が出ている。一緒に来て貰おうか」




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