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幕間 激震

【とあるエルフの隠れ里にて】



「ぎ、議会の最中に失礼致します! “奴”が! “奴”が神竜様の祭壇に顕れました!」


 白い儀式用の装束を着た、耳の尖った少女――エルフの神官が、巨大樹に作られた大部屋に飛び込むなりそう叫んだ。


 部屋の中にいたエルフ達のほぼ全員が“奴”という単語に、反射的に椅子から腰を浮かす。


 人の領域の外にある西の大森林。

 その外れに岩竜より借り受けた狭い土地に身を寄せ合うエルフ達がいた。


 今は亡きエルフの国、セーレーン王国の生き残りだ。


「“奴”……“奴”とは…………まさかっ!」


 神官の言葉に近くにいた青年のエルフが驚愕と恐怖の表情で叫ぶ。


 なお彼らは皆一様にみな若いエルフだった。重役に着くには聊か若すぎる。だがそうするしかなかったのだ。


 彼らの国は人口の八割を“奴”に虐殺されたからである。


「あの悪鬼は我等だけでは飽き足らず、我等を救って下さった神竜様までその手にかけようとしているのかっ!」


 神官の態度から全てを察した、唯一の四十代に見える男が拳を叩き付け立ち上がった。


 彼――国王代理のレオンは他のエルフとは違い日焼けしており、鍛え抜かれた筋肉と合わさって武人を思わせる風貌だ。

 彼はその双眸を怒りに燃やす。


「鐘を鳴らせ! そして全員に伝えろッ! ついに三百年前のあの日と決着をつける時が来た! そして今生との別れがついた者から直ちに神殿に集合せよ!」


「はっ、はい! レオン国王代理っ!」


 レオンの怒声に、神官の少女は慌しく一礼して部屋から出て行った。

 そして誰一人口の開かなくなった部屋の中で、彼は沈痛な面持ちで告げる。


「皆………………死ぬ覚悟は出来ているか?」


『はッ!』


 他のエルフ達は自らを鼓舞するかの様に胸の前に片手を押し付け叫ぶ。

 レオンはその姿に自らの唇を強く強く噛んだ。






 神殿前の広場には隠れ里のほぼ全てのエルフ、六百名が既に集っていた。


 男達は皆武装しレオンの声を待ち、女子供は彼らを悲しい面持ちで見つめている。

 その中でレオンと側近達が神殿の前にやってきて声を荒げる。


「巫女殿。まだ神竜様はご無事か!」


 神殿――大木の切り株で作られた建物の扉が開いた。


 中には神官の少女達に囲まれた妙齢のエルフが一人、目を布で隠した状態で魔法陣の上で祈りを捧げていた。

 扉を開けた神官の少女が全員に聞こえる様に叫ぶ。


「国王代理、神竜様は不在にございます。されどご息女様が“奴”の攻撃に晒されており、このままでは押し切られるのも時間の問題かと!」


 その言葉を継ぐ様に妙齢の巫女が叫ぶ。


「レオン様! “奴”の攻撃に三百年前と変化はありません! しかし未だあの悪夢――“緑災”も使用されず!」


 彼女の言葉にレオンは覚悟を決め振り返り、広場に集った者達を見回し叫んだ。


「――我等は一度、死んだ身だ」


 その言葉に戦士達は身を引き締める。


「我等は何も望みはしなかった。ただ今ある平穏を愛し、隣人を愛し、友を愛し、家族を愛し、国を愛していた――あの日までは」


 多くのエルフが肩を震わせる。

 ある者は刻まれた心の傷に。ある者は失われた大切な者を思って。ある者はその身に怒りを滾らせて。


「国民の殆どが“奴”の魔法の前に悲惨な最期を遂げた。そして我等六百名が神竜様の元へ逃げる為、時間を稼いでくれた勇敢な負傷兵や老兵、そして国王陛下までもが殺され――その魂が奴に捕われてしまった」


 先の戦いで死んだ者達の多くは、魂を捕われ永遠に宿敵の“魔力”として使われ、その身を削られているのた。


 まさに生き地獄。


 死すら彼らを苦しみから解放はしてくれなかった。


「我等は同胞達の悲痛な叫びを、あの日から今日に至るまで毎夜毎夜、精霊を通して聞かされてきた。ゆえに誓ったはずだ。必ずや、奴を討ち果たし、捕われた同胞達の魂を救い解き放つのだとッ!」


 レオンが剣を掲げるとそれに呼応してエルフの戦士達が雄叫びを上げる。


「残る者は北のラーンへと向かえ! 受け入れの話は既についている。そして俺と共に逝く者は覚悟を決めろ。残りの一人となっても、奴からより多くの同胞の魂を――」


「お兄様ッ!」


 その最後の最後に、髪を現代で言うツインテールに結んだエルフの少女が、ユニコーンに跨り天から舞い降りた。


「リオンめッ……」


 小声でレオンは空から降りてくるツインテールの少女――自らの妹を罵倒した。


「お兄様、私も行くわ!」


 少女は美男美女ばかりのエルフの中でも一際美しかった。


 しかし他の者達と異なり、スレンダーな体型ではなく出る所が出ているふくよかな――特に胸部の自己主張の激しい身体に、まだ幼いながらもキツイ眼つき。

 血筋のせいか。兄妹揃ってスレンダーな一般的なエルフとは大きく異なっていた。


「ボール、ギド。この馬鹿を捕まえておけ」


 レオンの指示で溜息を吐いた二人の戦士が、瞬く間に彼女の動きを封じる。


「ちょっ、ふざけないで! 離しなさいギド、ボール! お兄様っ! 弓術が里で一番長けているのは私なのよ!」


「馬鹿か! お前まで死ねば王家は断絶だろうがッ! お前は強き男を婿に取り、子を成す事だけを考えろ!」


「嫌よ! 指を咥えてお兄様達が、皆が死ぬのを見てるなんて! 私は絶対に、絶対に嫌なのよっ!」


 目にはハッキリと涙が浮かんでいた。

 しかしそれで流される訳にはいかないレオンは、心を鬼にして背を向ける。


「ご息女様の身が心配だ……行くぞ、戦士達よ!」


 森を揺るがす様なエルフ達の雄叫びが響く。


「まっ、待って――ねぇ待ってよみんな!」


 だが声に立ち止まる者は誰もいない。


 時折、何人かが「セーレーンの未来をお願いしますよリオン様」「大丈夫、国王代理は必ず俺が守りますから!」「勝って帰ってきます」そんな言葉を穏やかな笑みで彼女にかけていく。


「待って! お願い……お願いだから待ってよ! 勝てる訳ないじゃない! 相手は“公爵”なのよ! ねぇお願い! 嫌よっ……行かないで……皆、行かないでよぉ……ッ!」


 だが彼女とて、魂を捕われた同胞達のこの三百年の地獄を知っている。


 だから無理やり止める事は出来ない。


 大好きだった父さんも母さんも年端も行かない弟までもが、永遠の苦しみの中にいる。そして今襲われているのは、転移の魔法で彼女達を助けてくれた神竜様のご息女様なのだ。


 だから泣くしかなかった。他の残された者も同じく。ただただ泣くしかなかった。

 そんな彼女達を置き去りに神殿の入り口に戦士達が集う。


「神官よ、我等を今再び神竜様の元へ!」


 その言葉に白装束の少女達が一斉に詠唱を始める。


「レオン様、準備が整いました。行きます!」


 同時に転移の魔法陣が前方に現れる。


「ああッ。戦士達よ! これは三百年前の借りを返す戦いだ……最後の一人になっても“奴”を――魔人“緑災の魔蔓マバン公爵”を今度こそ討ち果たすのだッ!」


「「「オオオオオッ!!」」」


 戦士達が魔法陣へ雪崩れ込む。


「お――お待ち下さいッッ!」


 だが想定外の所から声が上がった。


「……巫女殿?」


 それは一人、神竜の祭殿を千里眼で覗いていた巫女だった。


 走り始めてすぐだった為に、戦士達が何事かとすぐに足を止める事が出来た。

 戦士や神官、女子供の誰も彼もが困惑したまま彼女を見つめる。


「何があった?」


「そっ、それが祭壇の間に謎のゴーレムが……」


「ゴーレム? ゴーレムがなぜそんな場所に?」


「わっ、分かりません。あれは一体誰が操――えっ!?」


「どうした巫女殿!」


「ごっ、ゴーレムが! ゴーレムが突然巨大化して……大陸語を喋っています!」


「は? なにを馬鹿な――」


 レオンは一瞬、巫女を疑いかけた。

 しかしそんなはずはないと頭を振る。だがそれだけ喋るゴーレムなど馬鹿げた話なのだ。


「……本当に喋っているのか? 喋っているのならなんと言っている?」


「わ、我は王国により……された……国攫い?」


 国攫い。


 それが名前なのだろうか。

 しかし途切れ途切れなのは仕方がない。それだけ彼女に届く音声も不明瞭なのだろう。


「アーガン王国など……知らない。我が創造主は……カラドギア王国? 大陸の覇者?」


 これには周囲も顔を見合わせ首を傾げた。


 ガラドギア王国。


 そんな国名はこの大陸において、誰一人として聞いた事がない。

 まして大陸の覇者など決して有りえない。


「ゴーレムは……壊れているのか?」


 レオンの疑問は当然のこと。

 巫女はそれから少し黙った。状況がハッキリしないのか二体の会話が不明瞭なのか。


「……っ! ま、マズイです! 魔蔓マバンがご息女様を殺すつもりですッ!」


「なに!? くっ、ゴーレムは敵か味方か、どっちだ!」


 その間にもレオンは目で神官達にすぐさま突入すると合図を送る。

 頷く神官達にレオンが再び声を上げようとした。

 ――しかし。


「えっ!? たっ、助けに……来た?」


 巫女が困惑した直後、叫ぶ。


「ごっ、ゴーレムは味方です! 繰り返しますっ、ゴーレムは味方です!」


「よしッ! 聞こえたか戦士達よッ! シルフ達の風が俺達を後押ししている! ゴーレムと共に――」


「えっ、まっ――ダメよ! 今行ってはけないわっ!」


「ええいっ! 今度は何だ!?」


「あっ、ああっ、魔蔓マバンの魔法が! “緑災”が! ゴーレムに炸裂しました!」


「――っ!?」


 全員が合わせた様に息を呑む。

 その魔法の通称を聞いただけで、多くが震え上がった。


 “緑災”とは魔蔓マバン必殺の特殊魔法――蔓大禍シュプラウド・ハザードに対する人や亜人側の俗称である。


 魔獣と共に戦いを挑んだエルフ達を造作もなく殺し尽した悪魔の技。

 その緑の風に触れると体から無数の蔓が生え、取り付いた者を想像を絶する力で絞め殺す。或いは取り付いたものを内側から木に変える。


 緑災にやられた人や亜人の数は万を越えた。


 宿木の魔人たる魔蔓マバンが並み居る勇者、竜を数百年もの間も退け続け、“公爵”にまで上り詰めた最大の所以である。


「あれを喰らった以上、ゴーレムはもう……」


 戦士達はその名を聞いただけで、ゴーレムがどうなったかを想像し、自分の姿と重ねてしまう。


 誰もが思った。


 ――俺達は勝てるのか?


 相手は国家ですら太刀打ち出来ない千年の時を生きる“公爵”――災害なのだ。


 無駄死に。


 そんな単語が脳裏を過ぎる。けれど自分達は行かねばならない。死してなお苦しむ者達を、ご息女様を、助けに行かねばならない。


 例え――代わりに自分達の魂が魔蔓マバンに捕われたとしてもだ。


 しかし。


「えっ――嘘」


 その沈黙を破ったのは彼ではなくまたしても巫女であった。


「うっ、嘘。嘘よ! なんで!? どうして!? なんで緑災をその身に受けてあのゴーレムは平然としているのっ!?」


 全員がギョッとして巫女を見た。


「な、何を言ってるのだ巫女殿? その、大丈夫か?」


 レオンは彼女の心理状態を心配した。魔萬を前にして、ついに心をやってしまったのかと慌てる。

 口には出さなかったが、そんな馬鹿な。有りえないだろ。気で触れたのか? という言葉が、他の戦士達の胸にも込上げる。


「一体なんなのこのゴーレムは!? 機械王様? 魔蔓マバンの緑災を――こっ、ここ、この程度ですって!?」


 巫女の言葉はどれもエルフ達には理解出来なかった。


 この人は夢でも見ているのか?

 そう思いつつもレオンが叫ぶ。


「巫女殿っ、さっきから一体何がどうなっているッ! 口伝でいい! 状況を詳しく伝えてくれ!」


「はっ、はい……っ!? ごっ、ゴーレムは顕在です! 無傷! 緑災を受けてなお、全くの無傷! さらに……緑災を払い炎を上げて魔蔓マバンに突っ込んで行きます!」


 エルフ達は自分達が今、騙されているのではという錯覚に陥る。

 けれど相手は魔萬マバンの出現を予測し、国民の二割を脱出させる切欠となった人物なのだ。


 妄言とも斬り捨てられない。

 ならば。ならばもし、これが本当に現実の事ならば……。


 その瞬間、皆の心に淡い、小さな、ほんの小さな何かが生まれていた。


「あっ、魔蔓マバンの蔓が……速い!? でもっ――あの攻撃を全て紙一重でかわすって言うのっ!」


「お、おい。どうなってるんだそのゴーレムは!」「魔萬マバンの攻撃を避けたってのか!?」


 最前列の戦士達がついに我慢できずに叫ぶ。


「ど、どうなってるんだ?」「何? 何が起きてるの?」「なんか喋るゴーレムが魔萬マバンと戦っているらしいぞ」「えっ、ゴーレム? なんで? しかも喋るですって!?」「ゴーレム如きが公爵を相手に立ち回るっていうりか!? どんな化物だそりゃあ!」


 他の後ろに控えたエルフ達も只ならぬ事態に浮き足立ち、神殿の前に集結し始める。


 そして次々と戦いの実況に聞き入り始めた。


「無事です! ゴーレムは無事です! 魔蔓マバンの鞭の嵐をかわし――いや、でもっ、ああっ、避けて! それを――大蔓槍ダイバンソウを受けてはダメよッ!」


 危険な事態を察したエルフの女達は半信半疑だが、それでも目を閉じて世界神へと祈りを捧げ、男達は困惑しながらも奥歯を噛み締める。


 見た事みないゴーレムを相手に彼らがここまで応援する理由は唯一つ。


 ――起こるかもしれない。


 そう思ってしまったのだ。自分達が決して成しえる事の出来ない……万に一つの奇跡を。


「ひっ!? ちょっ、直げ――えっ、ええええええええええっ!?」


 巫女の叫びにエルフ達が苛立つ。


「どうなったんだ巫女様!」「直撃したのか!?」「叫ばれたって分からんわ!」悲鳴とも歓喜ともつかない声が飛び交う。


「む――無傷です! ゴーレムは大蔓槍ダイバンソウの直撃を受けても、怯みさえしませんっ! そしてそのまま魔蔓マバンに肉薄して彼は――なっ、殴ったぁ!?」


 全員が言葉を失う。魔蔓マバンを殴るなど、何の冗談かと。サイズと硬さを考えろと。


 だがそれが嘘とも思えない。で、あればそもそもゴーレムはどんなサイズなのかと。

 ここに至り、ようやく全員がゴーレムのサイズが想定と圧倒的に異なると理解する。


「でもっ、き、効いてる! しかも速い! 魔蔓マバンが一方的にぶんっ殴られていますっ!」


 その言葉にエルフ達のボルテージが一気に膨れ上がる。


 祭りでも見せた事がない興奮した状態で男も女も「よ、よく分からんがやっちまえゴーレム!」「何だか知らんが行けるぞゴーレムッ!」と狂った様に叫ぶ。


「左っ、右っ、また左、また右……行けっ、行って! そのまま行ってぇぇぇぇ!」


 勝てる――その流れを感じ取った巫女は最早、涙声になり嗚咽とも絶叫ともつかぬ声を上げた。


「勝て! 勝ってくれ、名も知らぬゴーレムよ!」


 エルフ達は――国王代理のレオンや姫であるリオンまでも何が何か分からぬまま、見た事もないゴーレムの勝利を声の有らん限りに叫ぶ。


 よく分からず膨れ上がるボルテージ。


 それが最高潮に達した瞬間――。


「殺った…………殺った。殺ったあああああああ! 魔蔓マバンがぁっ! あのっ、あのっ、ひっぐ、あの゛、あぐまが――ゴーレムにっ――うっ……討たれましたああああああああああああああ」


『よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!』


 最後は泣き声になりながら巫女が叫ぶとついにエルフ達の歓喜は大爆発した。


「何が何だか……俺は夢でも見ているのか……」


 つい先ほどまで死を決して戦いに挑むはずが、気がつくと怨敵は討たれたのだ。

 あまりに都合が良すぎて、現実だとは到底受け入れられない。


 だが妹のリオンは無邪気にレオンに抱きついて歓喜する。


「やった! やったわ、お兄様! もうっ、信じられない! ゴーレムはエルフの英雄よ! いいえ、大陸の英雄よ! 勇者ですら炎帝様ですら出来なかった事を成し遂げたのよ!」


「ま、待てリオン。しかし本当に奴が死んだとはまだ――」


「こんな奇跡が起こるなんて夢見たいっ。でもこれでっ、これで皆の魂は救われたっ、お兄様達も戦う必要はなくなったわ! ふふっ、私、ゴーレムと結婚したっていいわ!」


「いやいやだから待てッ! 本当にこれが事実だと思うか? こういっては何だか、巫女殿都合の良い空想なのでは――」


「おっ、おい! 皆下を見ろ!」


 歓喜の中、戦士の一人がそう叫ぶと自分達の足元から小さな光があふれ出した。


「これは精霊? いや、これは……もしかして」


 その光が空中に集ると一際大きな光がレオンとリオンの前に静止した。


「まさか……」

「……お父様、なの?」


 二人に確信があった訳ではない。

 しかしそう呆然と呟くと、光から声がした。


『レオン。リオン。心配を掛けたね』


 その優しげな声にレオンは、光の正体を悟ると同時に唐突に全て真実だった事を理解した。


 解放されたのだ。魔萬マバンに捕われた魂達が。


「っ!?」


 彼は思わず膝をついて叫んだ。


「もっ、申し訳ありませんでした父上ッ!」


 他の者達も我に返り、慌てて次々と同じ様に膝をつく。

 場は一瞬にして、厳粛な空気に包まれる。


「捕われた父上達を自らの手でお救いする事が出来ず……三百年もの間苦しんでおられたのに……我らはっ……我らはただ手をこまねき、のうのうと生きてっ……ですがっ、ですがどうか恨むのならばこの私だけをッ!」


 その国王代理の懺悔の言葉に、周りの者達が驚いてレオンを見る。


「全ての責は私にあるのです! 魔萬マバンの襲撃を受けた後、多くの者達が即座に反攻に出るべきだと主張致しました! されど私がっ、我が身可愛さにそれらを潰したのです!」


 彼の意図を理解した者達が「れっ、レオン様っ!?」「国王代理、それはっ!」「待ってお兄様! そんなのっ、あの時は――」と次々に叫ぶ。


 しかしレオンはそれを押さえ付ける様に声を荒げる。


「どうか! どうか全ての恨みは私に――」


『恨んでなど、いないよ』


「――っ」


 しかし光の声は記憶と変わらず、どこまでも、どこまでも、穏やかで優しげだった。


『我が息子レオンよ。我らは誰一人として、生き残ったお前達を恨んでなどいない。それが我らの本心でありそれが、誇りなのだよ』


「――っ!」


 誇り。


 そんな言い方は卑怯ではないか。レオンはそう思い光達を見た。


 しかし全ての光はただ穏やかに、レオン達の生き残った者達を優しく照らしていた。

 その光景を見て、込上げる涙に震えながらレオンは頭を振る。


「ち、父上、わたっ、私は――いや、俺はっ!」


『セーレーン王国、国王セルオン・ラインバックが此度、王位を退くと共に我が息子、レオン・ラインバックにその席を譲るものとする……受けてくれるかな?』


「おっ、俺はっ! っ……謹んでっ! お受け致じまずッ!」


『ふふ、良かった。僕の、いや、我らの心残りだったんだ。そして最後に――ありがとう。レオン、リオン、そしてセーレーンの民達よ。国を繋ぎとめてくれて、本当に、ありがとう』


 その言葉を残し全ての光は段々と飛散し、周囲を光に包まれた幻想的な風景を残し、消えていった。


 誰もが涙していた。

 ただただ果たされた宿願と、今は亡き者達の心に――。


 亡国の悪夢から三百年。


 エルフにとっても決して短い時間ではない。生者にとっても、死者にとっても、地獄の日々はようやく終った。

















【とある王国の神殿】



「ひっ――」


 小さな叫び声。


 ――がしゃんっ。


 それに続いて何かが割れる音と、何かが倒れる複数の音が響く。


 音の出所へと薄暗い神殿の中にいた者達が一斉に向く。

 そこには神官衣装に身を包んだ数人の少女、巫女が床に倒れている姿。その隣には割れた水晶が転がっている。


「そっ、そんな……」


 ただその中で一人だけ倒れはしたものの、意識のある少女がいた。彼女は恐怖に顔を染め、震える手で口元を押さえている。


「なにがあったんですか!?」


 慌てて少女の監督者の神官達が慌てて駆け寄り救護する。

 ただ何事かとそのやり取りを、神殿にいる全員が注視する。


「ま、魔萬が……」


「魔萬っ!? 大陸に現存する三体の“公爵級”のうち一体、緑災の魔蔓マバンですか!?」


 少女の口から出た魔萬という名前により神殿内に衝撃が走る。

 全員が一気に緊張状態になり、出口に近い者達はもっとも位の高い神官の目配せだけで、走り出そうとしていた。


「まさかこのアーガン王国に魔萬が再び現れたと言うのですかっ!? 何処ですっ、いったいヤツは何処に――」


「ちっ、違うんです! 魔萬は確かに、神竜様の祭壇に現れました! でもっ」


 続く言葉に全員が絶句する。


「――既にかの人類の怨敵は討たれたのですっ!」


「…………は?」


 思わず高位の神官達も顔を見合わせる。中には口を空けて馬鹿面を晒す者までいた。

 とは言えそれは間違いなく大偉業。彼らのいる大陸を蝕む最悪の敵の死。勇者も竜もなし得なかった悲願。

 討伐不可能とすら思われていた万を超す人間を樹木へと変貌させた悪魔が死んだのだ。理解する事すら容易ではなかった。


 それでも吉報に変わりない。

 しばらく時間を要した後、思考を取り戻した者達は沈黙から一気に歓喜へと――。


「ですがッ!」


 変わるその瞬間、少女の続く言葉に再び遮られる。何事かと誰もが首を傾げた。

 ――なにせ誰もその先に更なる地獄があるなど、まるで想像だにしていなかったから。


「――」


 震える彼女の手から、割れていない水晶が差し出される。


「……これを、見ろと?」


 少女は震えながら頷く。介護していた神官が訳も分からず、彼女から水晶を受け取る。


 その水晶は巫女の遠視していた映像を記録する魔導具。

 神官が魔力を込めると“彼女が見ていた映像”が、全員の見つめる宙へと映し出される。


 そしてそこにあったのは――。








『ワレハ オウ国ニヨリ セイ造サレタ 国ヲ攫ウモノ ナリ』



『否。

 “アーガン”ナド知ラズ。ワガセイ造シュハ タイ陸ノ ゼッタイ覇シャ “カラドギア”オウ国。

 劣等ナル アラユル生命体ドモヲ 選ベツシ 駆除シ 家畜トシ飼イクスル権利ヲ持ツ 神ガ作リシ機械達ノ王国』


 

『是。

世界ヲ支配シ 管理スル 選バレシ我ラト 命ナドトイウ 下ラナイモノニ縛ラレル 貴様デハ 格ガ違ウノダ ワキマエロ――劣等生物ガ』



『ナラバ 聞ケ!


 弱シャニハ 隷ゾクヲ!

 強シャニハ 死ヲ!

 生キトシイ生キル者タチニ ダン罪ヲ!


 ワレハ 二万モノ機械兵ヲ束ネル

 カラドギア機械兵団

 四機将ガ一機 国攫イ!


 全ジン類ノ敵タイ者ニシテ

 生物ヲ支配シ 管理スル 大陸ノ絶タイ支配者

 機械オウ国カラドギア ソノ


 ――殺リク兵器ナリィッ!』







 その映像に全員が凍りつく。


「……じ、人類の敵対者……」


「あらゆる生物を家畜として支配する…………機械達の王国……」


「公爵級魔人を圧倒する殺戮兵器…………それに指揮される二万もの機械軍団……」




 この日。


 その水晶がもたらした映像により、アーガン王国の上層部は数百年の国家計画がすべて引っくり返る程の大激震と大恐慌に襲われた。






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