飴を咥えた男
何が起きているのか未だに分からない。でも、体はそれに反して、本能のままに目の前にいる男の攻撃を避けるように動いている。
「どうしたァ!?ラウの最強もこんなもんかよ!逃げてばッかじャ面白くないだろォ!!」
男の蹴りが俺に向かってくる。俺は本能のまま避ける。男の蹴りは壁に当たって穴を開ける。どんな馬鹿力だよ!てか、なんで俺がラウの最強扱いされてんだよ!髪の色か!?髪の色なのか!!?でも俺戦いについてなんも教えられてなかったから避けるので精一杯なんだけど!確かに髪赤だけど!俺最弱で育ったからな畜生!あれ?なんか泣けてきた・・・。
「オレさァ、一回殺ッてみたかッたんだよねェ、ラウの最強とさァ!」
こいつ、“狂ってる”・・・!!
畜生!なんでこんな時に限ってアジサイいないんだよ!あの野郎!!!街に入った瞬間にフラフラどっか消えやがって!!
「どうしたどうした!早く攻撃してこいよ!」
なんで・・・こんな事に・・・
事の発端は、兎狼とアジサイが街に着いたことから始まる。
「おぉ・・・!街って、こんな感じなんだな!すっげー!!」
「田舎者が都会に出てきて感動するテンプレだな。おめでとう」
「その祝いの言葉はなんなんだよ。お前さり気なく馬鹿にしただろ」
「事実だろ村引き籠もり」
「合ってるがその言い方は止めろ」
兎狼のテンションが上がるのも無理はない。彼は産まれてアジサイと出会うまで村から一歩も外に出たことが無かったのだ。ましてや街など自分は縁もゆかりもないのだろうと思っていたため、初めて見る街に興奮が隠せないのだった。
「はぁ・・・。俺は用事があるから先に行くぞ。お前は街でも探索してろ」
「用事?それってすぐ終わるのか?」
「あぁ、あまり長いはしたくないからな」
そう言うアジサイは、何処か周囲を気にしている様子だった。兎狼は何か嫌なことでもあるのかと軽く疑問に思った。
「・・・もし街中で棒つきの飴を咥えたワインレッドのメッシュ男を見たら即逃げろ。いいな」
「え?なんで?」
「なんでもだ。いいか、もし目が合ったと思ったら目線は外さずある程度距離をとって逃げる。最弱と言われて育ったお前でもできるだろ?」
「そいつ熊か何かなの?まぁ、気をつけるけど。・・・てか、お前の用事に俺も着いていけばいい話じゃ」
「じゃ、あとはのんびりしてろ」
アジサイはそのままフラフラと何処かに行ってしまった。
「あ!おい!!・・・・・まぁいっか。あいつ、俺が初めての街だって分かってるから用事が済む間楽しめってことなんだろうな。なんだかんだ優しいな」
などと勘違いをしている兎狼はアジサイが用事が終わり合流するまでの間、初めての街を楽しむ事にした。
そんな兎狼の背中を見て、ニヤリと笑い、棒つきの飴を噛み砕く男の気配も感じずに。
街の出店で串焼きなどの食べ物や気になった小物等を買いながらフラフラと街を歩く兎狼。
色々なお店や売り物などに目移りしながらも、先程アジサイから用事が終わったので中央の噴水近くに居ろと、外套の魔法を使って作ったであろう鳥から連絡があり、噴水に向かっている。
「ねぇ君!」
フラフラと歩く兎狼の後方から声が聞こえるが、声の方向は自分のいる方向だが、他の人を呼んでいるのだろうと思い、そのまま歩く。
「そこの君だよ!赤髪の!」
“赤髪”その一言で、兎狼は自分事だと気づき、後ろを振り向く。
そこにいたのは紺色のショートカットだが襟足は背中の少し上まで伸び一つ結びにし、左耳に十字架のチェーン付きのイヤリング。前髪が片方だけ伸び、青藍色の瞳をした、優しそうな青年が居た。
兎狼はその人物を全く知らない。村にも来たことがない人物だったので、兎狼は警戒した。何故なら、その青年は、“棒つきの飴を咥えていた”からだ。
「あははっ、そんなに警戒しないでくれよ。僕はアジサイの知り合いなんだ」
“アジサイの知り合い”その一言で兎狼の警戒心は少し緩む。青年は兎狼に近づく。
「あんた、名前は?」
「それより、僕、アジサイに君を連れてくるように頼まれてるんだ」
「は?でもさっきアジサイが中央にある噴水の所に来いって」
「それ、きっと罠だよ。君、アジサイに注意しろって言われた人いるんでしょ?きっとその人だよ」
兎狼は、青年の風格と、アジサイと話した内容の事を知っているという事から、青年への警戒心は無くなった。青年は相変わらず優しそうな表情をし、兎狼の動向を伺っているように見える。
「分かった。どこにいるんだ?」
「こっちだよ」
青年はニコッと笑って案内をする。兎狼はその後ろを距離を少しだけとって着いていく。
青年は徐々に人気が無くなっている道に進んでいく。さすがに変だと思った兎狼はその場で足を止める。青年はそれに気づいたのか、後ろを振り返り、小首を傾げる。
「どうしたの?」
「なぁ、本当にこっちにアジサイがいるのか?」
「・・・本当だよ?」
「どう見ても人気ないだろ。あいつは確かに魔女だけど、人の目を気にするタマじゃない。あんた、何者だよ」
青年は少し俯き黙り込む。そして、小さく肩を震わせる。青年の口元は笑っているようだった。兎狼はそんな青年に身構える。
「クククッ・・・ハーッハッハッハ!正解だよ。ここにはアジサイは居ないぜ」
「・・・罠かよ」
兎狼は冷や汗をかく。
青年は顔に手を当て上を向いて笑い、兎狼を見る。先程の優しそうな表情とは変わり、まるで気が狂ったかのような表情になる。兎狼は青年に問いかける。
「誰だッていいだろォ?だッてお前、ここで死ぬんだし!」
青年が片方だけ伸びた髪に手を沿えゆっくり下に下ろすと、その髪はワインレッドに変わる。そこで兎狼はハッとする。アジサイが言っていた、「逃げろ」と言っていた人物の特徴と一緒だと。
飴を咥えているだけだと疑うしかなかったが、ワインレッドのメッシュで確信した。それと同時に、目を逸らさず、逃げなければならないと、脳内で警報が鳴り響く。
「いやァ、魔法で髪色を変えるだけでここまでバレないとか、お前そうとう警戒心ないんだなァ。ま、こッちからすれば?その方が助かッたし?」
兎狼はゆっくりと距離を取る。そして、地面を蹴り、その場を逃げ出そうとする。が、そんな兎狼の横を何かが通る。そして
ドンッ
兎狼の行く先の壁が壊れる。まるで衝撃波を受けたかのような凹み方に、兎狼は、先程の青年を見る。青年は片手をこちらに向け、ニヤリと笑いながら兎狼を見ている。
「逃げんじャねェよ。もッと楽しもうぜ!」
青年の瞳孔が開き、こちらに飛んでくる。兎狼はそれを避けながら逃げようとする。
そして、冒頭に至る。




