変化たぬき師匠一家録・~学園七不思の逆襲・真夜中のステージは「つるつる」の巻~
2019年・ひだまり童話館「つるつるな話」参加作品
学園七不思議というものは、小学校や中学校などで起きる不思議な出来事を七つ集めたものでございます。
そして、これまた不思議なことに都会田舎はもちろんのこと、地域、学校を違えても七不思議には一定の共通性があるもの。
“増える階段”“音楽教室のピアノ、”“トイレの花子さん”などなど……。
今回の一席もそんな七不思議の一つから、あなたの学校にはこんな不思議はありましたか?
☆
今宵は新月。
日も落ちて夜闇がすっかり辺りを包み込んでも、夏の暑さがジワリと残るそんな夜の事にございます。
タタン、タンッ!
モフリとした小さな拳が檀上のホワイトボードを叩きました。
「これは問題です!」
次回の演目を決めるために秘密の集会場に集まったたぬき達の前で声を上げたのは、この会議の司会をするメガネをかけた一匹のたぬき。
仲間内では、委員長と称されるこの秀才たぬきの声に周囲の視線が集まります。
すると委員長はもう一度、
「これは実に由々しき問題なのです!」
と一層声を上げました。
一同ざわざわ。
問題問題と言われましても、おやつを食べながら楽しく話をしていたものですから、前半部分を聞いちゃいない。
委員長が問題にしている内容なんてわかりゃしない。
仕方がないのでみんな静かにするわけでございます。
委員長は、檀上で指をパチンとスナップ。すると、舞台袖より委員長の妹、御花が大きなパネルをキュルリと押して登場。
「なんだなんだ?」
「何が始まるんだ?」
とたぬきオーディンスはさらに注目。
パネルに書かれるは「衝撃! 学園七不思議の実態」の文字。
「学園七不思議と言えば、たぬきときつねがそれぞれに不思議を担当して作り上げた合作演目!」
たぬき一家ときつね一門は、お月見お花見、盆に暮れと共に過ごす仲良しの間柄であると同時に、変化之術を日々研究研鑽する切磋琢磨の好敵手。
そのきつねとたぬきが共同制作いたしました人気の演目、それが世に言う「学園七不思議」なのでございます。
「その七不思議の何が問題だっていうんだ?」
「七不思議は今でも人気のある演目だろ」
「別に問題ないじゃないか」
わいわいガヤガヤ。たぬき達は互いに顔を見合いながら申します。
「静粛に! 皆さま静粛に! まずはこれをご覧ください!」
委員長はワイドショーのベテラン司会者の如く、パネル上段の紙をペラリとめくる。
ババンッ! 現れたタイトルは「学園七不思議認知度調査」。
しかしながらババンッ! と登場するもたぬきの反応はイマイチ。
「おい、あれはなんて読むんだ?」
「学園七不思議……にんちど? ちょうさ?」
「どういう意味だ?」
ボソリとつぶやかれたそんな言葉を、たぬきイヤーの委員長は聞き逃しません。
「これは学園七不思議の中でどの不思議が一番知れ渡っているか? みんなに覚えてもらっているかを調べたものです!」
会場どより。
たぬきときつねの変化の出し物で、何が重要大事かと申しますと、それは一にも、二にも人気でございます。
どれほど知られているのか? どれほど楽しまれているのか? どれほど有名であるのか? が何より大事。
「ってことは……」
「そうです。七つある中で上位が何の演目であるか? 気になりませんか?」
「それは気になる!」
そう、気にならないはずがございません。
たぬきときつねは仲良しこよしとは言え、変化にかけてはライバル同士。
共同制作の七不思議と言えど、各演目で負けたくないのは当然のこと。
「では、みんなに知られている人気七不思議ベスト3を見てみようじゃないですか!」
「七つの中の上位3つか!」
「おう、見せてくれ見せてくれ!」
盛り上がる観客に委員長も満足げ。妹御花に目で合図。
「第3位はこちらです!」
ピラリと第三位の紙がめくられる。
第3位は“増える階段”。
「「ああー……」」
と一同声が漏れる。
“増える階段”とはその名の通り、夜の学校で階段の数を数えながら登るとなぜか一段増えているというきつね制作の不思議の一つ。
シンプルにして覚えやすく、静寂の中でジワリと恐怖を感じることのできるのは、まさにきつね一門の得意とするところ。
「続いて第2位はこちら! トイレの花子さん!」
「「ぐぬぬぅ……」」
日本全国でブレイクをした名作演目“トイレの花子さん”はトイレと言う閉鎖された空間を利用した不思議の一つ。
誰もいないはずの個室のトイレをノックして呼びかけると答えてくれるという不思議一席。扉の閉まった個室の中からの返答という想像力を刺激するこの不思議は、室内演出を得意とするきつねの傑作でございます。
3位、2位が開けられたことによって会場には不穏な空気が流れます。
「上位3つのうち、2つがきつね?」
意外な展開と思いつつも、一同拳を握りながらさすがはきつねと認めないわけにはいきません。
「いやいや、1位が取れていれば問題ねぇ!」
「そうだそうだ、1位が取れていれば2位も3位も帳消しってもんだぜ! 委員長、早く1位を開けてくんな!」
「承知しました! それでは1位は!」
「「「「1位は!?」」」」
どこからか鳴り響くドラムロール。照らされるスポットライト。
委員長、満を持してペラリと紙をめくる!
「第1位! “音楽室のピアノ”!」
「「「「あああああぁぁぁぁ!」」」」
会場一同頭を抱えガックリ。
「そうか、あれがあったか……!」
「今まで出てこなかったのが不思議だったんだ。まさか、1位だったなんて」
“音楽室のピアノ”とは夜中に誰もいないはずの音楽室のピアノが突然演奏を始める、という不思議の一席。
月光差し込む音楽教室の静寂の中、突然始まる無人演奏はまさに奇妙にして不気味であり、それでいてどこか幻想的。
変化之術のさることながら、ピアノの演奏技術も求められる難易度の高い七不思議でございます。
「なんてこった上位3つがきつねの演目! これじゃあたぬきの顔が立たねぇ!」
「学園七不思議は室内演目が多いんだ、そもそもきつね有利なんだ」
「だからって、やられっぱなしはいい気はしないぜ!」
と、たぬき一同息をまく。そこに委員長、コホンと一つ咳払い。
「皆さん、このままでいいんでしょうか? たぬきときつねの共同制作である七不思議の人気作のすべてがきつねのもの! これは問題だとは思いませんか!?」
確かに委員長の言うとおり。これは問題も問題、大問題にございます。
「確かに大問題はちげぇねぇが……」
「だからってどうする気さ、委員長?」
「俺達の七不思議で一席設けようってのか?」
「左様でございます。しかしながら、今までのやり方ではインパクトにかける。かと言って、完全新作を作ればせっかくの七不思議の伝統を無視することにもなる。そこで、今までの七不思議をアレンジしてはどうかと思うのです!」
委員長の言葉に一同賛同。会場はたぬきの頭が波を打つ。これにベテラン老たぬきが煙管をふかしつつこう申す。
「それで、どんな演目をやろうというのか?」
「狙うは逆転。人を驚かせ、きつねにアッと言わせるには普通の演目ではかないません。たぬきらしく屋外演目の七不思議と言えば……そうあれしかありません!」
ゴクリと、一同の視線がググッと委員長に集まる。
「七不思議、“動く二宮金次郎”!」
会場静寂。次第にざわざわ。
「う、動く二宮金次郎だって?」
「確かに、あれはたぬきの一席だが……」
「あれで、新作七不思議を……?」
顔を見合わせ戸惑うたぬき達。
「動く二宮金次郎の認知度は今や下降の一途、観客の記憶からも遠ざかっている作品であり、ここでの成功があればインパクト大! かつ完全屋外のたぬきの一席!」
「「「むむっ……」」」
「今、この演目で注目を集めれば、たぬきだけでなく、きつねも驚く大偉業! 成功者の名は広く日本変化界に知れ渡るでしょう! さあ、我こそは! という者は挙手を!」
シュビッ! と威勢よく拳を突き上げた委員長のあとに続くものなし。そばで見ていた御花はオロオロ。会場は水を打ったように静まり返り、各々視線を泳がせる。
確かに委員長の言うことは理解できます。劣勢不利のこの状況で、人気演目で勝負をするような安全な勝負をして何になりましょう。
この状況を覆すならば、すでに廃れた演目で成功をするようなサプライズがほしい。
確かにほしい!
しかし、ここにいるたぬき一同誰もが、みんな思うのでございます
【そうであってもスベるのは嫌だ】と。
委員長のあおりと一同の思惑がぶつかりあい、会場は思わぬ膠着状態。重く苦しい沈黙が包み込もうとしていたその時のこと。
「へっ、なんだダチの銀次がおもしれぇことやったってんで帰ってきてみたら、相変わらずここの連中はシケてやがんな」
沈黙を破る声に集まる視線。
会場端に一匹のたぬき。
そのたぬき、頭はリーゼント、しっぽはアフロ。キリリッと尖ったサングラスをかけ、青と赤のストライプのベスト。その背には大きな金色の星一つ。
「お前は長治! 長治じゃねぇか!」
誰か思わず声を上げる。
すると、たぬきの長治は指を振って、
「おいおい、俺のことはマイケルって呼んでくれよ、。長治なんてダセェ名前は捨てたんだ」
とカッコをつける。
「長治、アホの長治か! いつ帰ったんだ?」
「まさか長治が帰ってきていたなんて!」
「その格好、まさに長治だな!」
が他のたぬきは聞いちゃいない。
このマイケルこと長治と申しますたぬき、腕は確かでございますが、変わり者で有名で長らく旅に出ていたのでございます。
「ああ、もうマイケルだって言ってんだろ!ったく、おい委員長、その動く二宮金次郎の新作っての、誰もやらねぇってんなら俺がやってもいいぜ?」
「ほほぅ、マイケルさん、何かアイディアが?」
「はっ、アイディアなんか、これから考えるさ! 大事なのは、ノリだろ?」
何事も勢いとノリが大事、これがマイケルというたぬきでございます。
この難題、マイケルがやるというなら、他のたぬきはそれはそれで大歓迎。
このリスクの高い大役をやってくれるという変わり者に文句を言う者などありません。
かくして、マイケルによるたぬきが一席、新作「動く二宮金次郎」開演の運びと相成ったのでございます。
☆
ところ変わりまして、ここはたぬきのホーム劇場の一つ千依小学校。
こちらの学校では、人間の子どもに紛れて、この周辺のたぬきの子どもたちも登校をしているのでございます。
たぬきも学校に通うのかって?
もちろん! たぬきもきつねも学校には通いますし運動会も試験もします。
ついでに言えば、進学もしますし、就職したりもするものです。
人間相手に芸を見せるのでございますから、人間のことを知っておかなくていけません。
たぬきの子らはここで人の生活を学ぶのです。しかし、それ以上に大きな役割も担っています。
それが「噂話を広める」こと。
これが大変重要。
皆様もご経験があることと思いますが、七不思議や身近な怪談など、実際にあるかどうかもわからない出来事のはずなのに、その内容仔細に至るまでいつの間にか学校のほとんどの生徒が知っていたりするものです。
これはすべて、興行主であるきつねやたぬきの努力のたまもの! お客様に興味を持っていただき、不思議の演目に足を運んでいただくよう根回しをしているのでございます。
何もないと思っていたら、わざわざ夜の学校などに足を運んだりしないですからね。
たぬき、きつねの噂話は、宣伝であり、特別チケットのようなもの。
たぬき自身が、宣伝をしたり、時には観劇の案内役をしたりするのです。
「噂は広めたつもりだけど、みんなの反応はイマイチね……」
ランドセルを背負い登校するたぬき女子の菜奈は考えました。
そもそもみんな二宮金次郎という人のことなど知らないし、それほど興味もありません。
銅像が動くというのは確かに不思議な出来事ですが、この不思議の一席は二宮金次郎が動くだけというシンプルなもの。
不思議なものや過激な映像はもちろん、それらの真相やトリックも公開されているような現代の子どもたちの前では「だから何?」で終わってしまう程度のものなのです。
そんな【目玉】のない二宮金次郎に誰が興味を持って足を運んでくれるというのか?
それに菜奈はそんなことよりも心配していることがあったのです。それは最近元気がない仲良しの聖羅ちゃんのこと。
いつも明るく元気な聖羅ちゃんが、ここ一カ月ばかりすっかり元気をなくし、何か悩んでいるようなのです。
菜奈は“動く二宮金次郎”よりも聖羅ちゃんの方が気になって仕方がないのでした。
「いつも明るい聖羅ちゃんがあんな顔をしているなんて、何かにとっても大事なことで悩んでいるに違いないわ」
もしそうだとしたら何とか元気づけたいと思うものが友達というもの。
悩んで思い詰めている時には、リフレッシュが必要不可欠。
何か妙案はないものか?
「ねぇ、聖羅ちゃん知ってる?」
菜奈は突然に切り出しました。
「この学校に二宮金次郎の銅像があるじゃない? あれが夜中に動き出すっていう噂があるんだけど……」
聖羅ちゃんは少し驚いたような顔をします。
「それが本当かどうか、今度一緒に確かめにいかない?」
このようにして今宵の招待客が決まるということも、決して少なくない出来事なのでございます。
☆
すっかり日も落ちてあたりは真っ暗。
菜奈は青白い街灯の下で聖羅ちゃんと待ち合わせ。
聖羅ちゃんはもしもの時にすばやく逃げられるようにでしょうか、普段は見たことがないようなスポーティな格好にございます。
飛石のように点々とする街灯の明りを渡り、夜闇に沈む学校へ登校。今宵は満月はなんとも不思議日和にございます。
「夜の学校とか来たことないし、ドキドキっていうか、ぞわぞわするね」
「そ、そうだね!」
聖羅ちゃんに言われ、菜奈は別の意味でドキドキしておりました。
内心では(ああ“動く二宮金次郎”面白いといいんだけどなぁ……聖羅ちゃん喜んでくれるかな?)と気が気ではありません。
舞台は夜の千依小学校校庭。
すでに他のたぬき達は小学校に潜んでわいわいと見物席を埋めています。
学校に近づけば、道沿いからも見ることができるその学校は、正門から入ればすぐに校庭です。
この学校の二宮金次郎の銅像は、正門から見れば奥の方。校舎と体育館の間にあり、夜では正門からでは見ることはできません。
「やっぱり暗いね……」
暗い教室に見下ろされながら、わずかな月明りしかない広い校庭を歩いていくというのはなんともスリルがあるもの。
この闇に包まれた校庭を歩き回っているというのが今までの“動く二宮金次郎”。暗がりの中突然歩く銅像に遭遇し、目があったら追いかけてくるという流れでございます。
(もう少しで現れるはずだよね? マイケルさん、うまくやってよ!)
「でも、意外だなぁ。菜奈ってこういうのに興味あったんだね」
「えっ? う、うん、なんか、最近聖羅ちゃん元気なかったし、気分転換になると思って」
そわそわしている菜奈は半ば上の空で言いました。その言葉に聖羅ちゃんは驚いたようでしたが、菜奈はそれどころではありません。
「そっか、ありがとうね。菜奈、実はあたし、悩んでいたことがあって……」
その時、暗闇の向こうからズリズリと校庭の地面を擦るような不気味な音。
こんな時間に?
誰もいないはずの校庭で?
その不気味な音に聖羅ちゃんは思わず息を飲み、菜奈は期待のまなざしで闇を凝視。
「菜奈、えっと、何か聞こえるよね? 間違いないよね?」
「う、うん、確かに聞こえるね!」
「ど、銅像かな……?」
「銅像かもね!」
聖羅ちゃんはゴクリと唾を飲み、慎重に闇の中の音の正体を探ろうと前に出ます。
ここで聖羅ちゃんが二宮金次郎と遭遇して驚き楽しんでもらえれば、この一席も成功と言えるでしょう。
(さあ! どんな登場をする? 派手にやってよね! マイケルさん!)
「えっ?」
しかし、予想に先に声を上げたのは菜奈の方でございました。
「に、二宮金次郎がムーンウォークしてる!?」
なんと滑らかで見事なムーンウォークをする銅像・二宮金次郎。
前に歩いて行っているようにしか見えないのに、ズリズリと後ろに下がっていくではありませんか。二宮金次郎は言葉を失う聖羅ちゃんに顔を向けると、目が合ったと思いきやクルリとターンをして、ビシリとポーズを決めたのでございました。
ここが学校の校庭であることを忘れさせるそれは見事な、サタデーでナイトなフィーバー風のポージングにございます。
聖羅ちゃんと菜奈はあ然。
(って、何よこれ!?)
思わずツッコミそうになった菜奈は慌てて口を押えました。そんなツッコミが許されるはずがございません。
何せ今は演目中。それにこれこそがマイケルが一席“動く二宮金次郎”なのですから!
(で、でも、これじゃ出オチじゃない? 歩き方を変えただけだし……)
菜奈はチラチラと聖羅ちゃんの顔色をうかがいます。
聖羅ちゃんはただ口を開いたまま、金次郎の姿に目を奪われておりました。
それもそのはず、姿を見られた金次郎は、聖羅ちゃんたちを追いかけるわけでも、迫るでもなく、その場でダンスステップを踏み出していたのですから。
(音楽もなしで、今度はブレイクダンス!?)
夜の学校。月明りだけの暗い校庭のど真ん中、背負ったシバをカタカタ揺らしながら二宮金次郎が音なしのブレイクダンス。
これはあまりに理解不能。
これを陰で見守っていたたぬき達もただただあ然。
「いくら何でもこれはひどい……」
「目の前で踊るだけが新作か?」
「やっぱりアホの長治はアホだったか……」
と、みんな口々に言いました。
そんなことを言われているとは露知らず、金次郎のノリノリでステップを踏み、アクロバティックな技を繰り出していくではありませんか。
たった一人月夜にダンス。
なんともシュールにございます。
しかし、この金次郎のダンスの意図を理解した者が、この月夜にたった一人だけございました。
「……バトルだ。あたしたち、この金次郎に挑発されてる……」
「えっ?」
キラリと目を輝かせる聖羅ちゃんのその瞳は、すでに戦う女の目でございました。
金次郎が躍り終わると聖羅ちゃんを指さし、クイッと曲げるではありませんか。
「あたしの番ってわけね、いいわ! 受けて立とうじゃない!」
「ええっ!?」
金森聖羅、小学6年生は生粋のダンサーでございます。
幼い頃よりダンスをたしなみ、ヒップホップ、ブレイクダンス、ジャズダンス、社交ダンス、バレエ、日舞に至るまで学校が終われば、その青春のすべてダンスに捧げて来た強者です。真夜中の校庭で遭遇したダンサーが銅像と言えど、挑発をされたとあってはその胸に宿したダンサー魂に火が付かないはずがございません。
「ちょ、ちょっと聖羅ちゃん!?」
「菜奈ここは任せて! この勝負を受けなければ、きっと無事には帰してくれないわ!」
「そ、そうなの!?」
金次郎の見守る中、聖羅ちゃんが躍り始めます。踊るのは金次郎と同じステップに同じ技、さらに自分なりのアレンジを決める。
さらに聖羅ちゃんのダンスに応える金次郎、金次郎のダンスに応戦する聖羅ちゃん。
ダンスは交互に何度も何度も繰り返される。
踊りながら二人は内心、相手の実力に驚きを感じました。
(やる! この金次郎! 凄く上手い! 銅像のクセに!)
(この娘、やるじゃねぇか! 基礎が普通じゃねぇ!)
言葉は交わさずとも認め合う金次郎と聖羅ちゃん。菜奈はすっかり置いてきぼり。見物たぬきも息を飲む展開です。
「おい、なんだこいつは……?」
「なんだって、ダンスだろ?」
「二宮金次郎がダンスって……?」
「不自然だわな」
「音楽もなしで……?」
「奇妙だわな」
「暗がりの中で汗だくで……?」
「あれだけ踊ればな」
「おい、これは怪談か?」
「いや、たぶん違う」
「これは七不思議か?」
「そうとも言い難いが……だけど……」
「だけど楽しそうじゃねぇか!!」
月夜に踊りだした銅像が一体。
その意味を理解した者はたった一人。
ですが、それはここにいる全員を楽しませたのでございます。
同時に、ここにいる全員が【足りない】と感じるものがございました。
「これじゃあ、完全とは言えねぇ、違うか?」
「それは同意だ」
「だが、どうするよ?」
「どうするって、俺たちはここから見ているしかできねぇだろ?」
たぬき達が腕組頭を抱えるその時に、一陣の夜風が吹き抜ける。
「俺たちに任せろ!」
「「「「「「とうっ!!」」」」」」
夜空に吹く七色の風。月下を渡り、七つの影が宙を舞う。赤タヌ、青タヌ、緑タヌ、黒タヌ、紫タヌ、黄色タヌ、桃タヌ登場。
彼らはたぬき師匠一家の陰で支える、エリートたぬきで結成された影の七タヌは登場に最適の学校屋上からシュパッと飛び立つ!
「いくぞ、みんな! やることはわかっているな!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
「赤タヌフラーッシュ!」
赤タヌから放たれる稲妻の如き強い閃光。
一瞬、聖羅ちゃん達は目を覆う。
その間、わずか数秒。
黒タヌと緑タヌはダンスに最適なステージに、黄色タヌと青タヌは照明に、紫タヌと桃タヌはスピーカー、赤タヌはDJミキサーに変化をしたのでございます。
「う、うそ!?」
驚く聖羅ちゃんに舌打ちをする金次郎。
(ちっ、赤タヌ、お前ら……)
(無音の校庭で、それも地面の上でのパフォーマンスはそろそろ限界だろ、マイケル?)
磨かれたつるつるのステージに、良質の音を響かせるスピーカー、無人のはずなのに適格に照らす照明に、DJミキサーが動き出す。
(お前ら最高かよ)
金次郎は先にステージに上がると、再び聖羅ちゃんに指を向け、クイッと曲げて挑発したのでございます。
「ここからが本番ってこと? いいわ! あたしたちは必ず無事に帰してもらうわ!」
パチン! とステージの上で、金次郎が指をスナップ。
それを合図にミュージックスタート!
音楽はノリノリ。それもそのはず、DJミキサーを回す赤タヌはNY仕込みの本格派。
はじめにステージで踊りだしたのは金次郎でございます。
担いでいた荷物を下ろし、身軽になった金次郎はつるつるのステージでさらにステップ!
(羽でも生えているの? まるで重力を感じさせない軽くて正確なステップ……!)
背負っていた荷物から解き放たれた金次郎の背には見えない羽根が生えたかのよう。
この金次郎のパフォーマンスにいつの間にかステージを観客達が囲います。もちろん人は一人もおりません。みな見物たぬき達でございますが、それぞれ思い思いの姿に変化をしているのでございます。
その光景はまさに百鬼夜行。
金次郎のパフォーマンスに魑魅魍魎は両手を上げて大歓声!
「いよいよ逃げれないわね……」
(この勝負、あたしも大技を決めないと……)
次は自分の番だと、聖羅ちゃんが前に出ました。つるつるに磨かれたステージは校庭よりも踊りやすく、地面ではできなかった表現や技もできるはず。事実、金次郎はパフォーマンスを上げてきました。これに応えないようではこのバトルに勝つことなどできません。
ふと、聖羅ちゃんの脳裏に一カ月ほど前の記憶が蘇りました。
それはとあるダンス大会決勝での出来事。聖羅ちゃんは決勝の大舞台のステージで足を滑らし、自信のある得意技を失敗してしまっていたのでございます。
そこからリズムを崩し、結果は敗退。
それ以来、今まで経験したことのないスランプに陥り、練習でも上手くできなくなっていました。
聖羅ちゃんは練習に練習を重ねて、自分の身体に染み付いたはずの技の感覚をそのステージに置いてきてしまったのです。
「でも、金次郎に勝つにはあれしかない!」
正確でハイレベルな金次郎のパフォーマンスのあとはプレッシャーがかかる。
対抗するには、自分の中で最も完成度の高いあの技を成功させるしかない。
今、ここで! 成功させたい!
聖羅ちゃんの瞳に闘志が宿りました。
「聖羅ちゃん!」
「菜奈、見てて!」
聖羅ちゃんがステージ中央で踊り始める
音楽は上々、観客は歓声を上げる。
音楽と身体が一つとなるような集中力。
(イケる!)
身体のどこからか確信が沸き起こりました。
しかし、悲劇は繰り返されるもの!
聖羅ちゃんが得意技ウィンドミルの体勢に入ろうとした瞬間、聖羅ちゃんはまたつるつるのステージに足を取られてしまったのです。
「あっ!?」
ステージの上で無様に転倒。ダンスの流れは完全に止まってしまいました。
(あの時と同じだ)
サーッと血の気が引き、身体を包んでいった熱気が吹き飛んでいきました。
観客達のため息。
ステージが醒めていくのを肌で感じます。
(あたし、また……)
後悔の念が聖羅ちゃんを襲いました。
勝負は聖羅ちゃんのミスという呆気ない決着を見た……そう誰もが思った時のことです。
「えっ?」
魑魅魍魎が再びを歓声を上げたのです。見れば、金次郎が両手を上げ盛り上げているではありませんか。
「金次郎……」
そう金次郎は盛り上げていたのです。聖羅ちゃんのために。
「まだ終わりじゃないってこと?」
金次郎は声を発しません。
「まだチャンスがあるってこと?」
金次郎はステージを聖羅ちゃんに渡しました。
「聖羅ちゃん! 踊って!」
菜奈が魑魅魍魎の中から声援を送ります。
「菜奈! わかった……!」
聖羅ちゃんは立ち上がると再び踊り始めます。しかし、その心にはわずかに迷いがございます。
もう一度、ウィンドミルをやる? それとも失敗しない技で締める?
聖羅ちゃんはチラリと金次郎と見ました。銅像の金次郎の目に聖羅ちゃんは察します。
自分がすべきことは何なのか?
金次郎の思いは何なのか?
言葉はなくともダンスを通じて伝わってくるものがありました。
今宵、このステージで再び立った聖羅ちゃんが称賛の声を浴びたのは言うまでもありません。それは聖羅ちゃんのダンスの完成度、それにチャレンジ精神に送られた歓声でございました。
その聖羅ちゃんがその歓声に包まれた瞬間。この不思議の一席も終幕と相成ったのでございます。
☆彡
あの夜の一席から一カ月ほどのこと“動く二宮金次郎”改め“踊る二宮金次郎”は思わぬ広がりを見せ、まさにきつね、たぬき双方を驚かせることになりました。
というのも、あれから一月の後、聖羅ちゃんが大きなダンス大会で見事に優勝を飾ったためにございます。
その時の彼女のコメントが噂を広める引き金になりました。
【スランプになった時、夜の学校で二宮金次郎の銅像にダンスを教わりました。あれがなかったら、あたしはダンスをやめていたかもしれません】
それからというもの、ダンサーを目指す若者が夜の小学校に忍び込み、二宮金次郎の前にダンス祈願をするようになったのだとか。
たぬきが一席“踊る二宮金次郎”は聖羅ちゃんのおかげで思わぬ【目玉】を手にしたのでございます。
さて、マイケルこと長治はあれからどうしたのか? この演目で名は売れ、有名になれど、変わり者ゆえか、興味はないとまた旅に出たとのこと。
旅先での活躍はまた、どこか別の機会に。風の噂に聞こえた頃にでもいたしましょう。