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たぬきときつねの小噺集  作者: 紫生亭更松
2/8

変化こうもり一座ショー・こうもり一座の逆襲~怪人「もじゃもじゃ」襲来!の巻~

霜月透子様主催・ひだまり童話館「もじゃもじゃは話」参加作品

 何よりも「思いきり」が肝心ということがございます。思っているだけは、物事は容易に先に進まないもの。しかし、一度思いきれば、それまでとは全く違った世界を見ることができることもございます。


   壱


 ズダダダダダダダダ……ジャーン!

 

 パッと照らされるスポットライト。

 燕尾服をピシリと着こなした座長が恭しくお辞儀を一つ。

「紳士淑女のみなさんようこそ! どうか今宵はこうもり一座のショーを心ゆくまでお楽しみください!」

 パチパチパチ! と拍手喝采大歓声。

 座長はニッコリ。

 さあ、これから世にも奇妙で珍しい楽しいショーの始まり始まり!


 となるところで、こうもり座長は、古ぼけた穴の開いたソファから転げ落ちて目を覚ましたのでございます。

「ああ、夢だったのか……」

 そうそれは過去の栄光の甘い夢。

 映画館のポップコーンのように売れるチケット。隙間なくうめつくされた賑やかな観客席、テントを揺らす大歓声。

 すべては過去の出来事、夢のお話。

 こうもり一座は変化の術を使う「こうもり」たちが集まってできた、それはそれは特別なサーカス団。

 とはいえ、一座が多くの仲間と一緒にショーを行い、華やかに成功していたのは遥か昔、今の若座長が子どもの頃のこと。

 先代から座長の座を譲り受けてからは、時代の荒波に揉みにもまれ、落ちぶれる一方というありさま。

 一昔前は、玉乗り、綱渡り、空中ブランコ、ライオンの火の輪くぐりなどでお客様は大喜び、大人も子供も目をキラキラさせたものでございました。

 しかし、最近はどうでしょう。シルク・ドゥ・ソレイユのような凄い団体が出てきて、昔ながらの小さなこうもり一座の公演など、どこに行っても鳴かず飛ばずの閑古鳥。

 一座はサーカス公演という場を離れ、昔から訓練と副業目的であったUMA業をSNSにアップしてはわずかばかりの収益を稼ぐユーチューバーに転身していたのでございます。

 UMAユーマと申しますは、雪男やフライングヒューマン、チュパカブラ、モスマン、ジャージーデビル、などの未確認生物のこと。こうもり一座は得意の人型変化を駆使しUMAを企画立案、世に送り出してきたのでした。

 しかし、当世の映像技術の発達は大変目覚ましいものがございます。

 すぐにこうもり一座よりもすごい合成映像が作られ、アクセス数は伸び悩み、広告収入はスズメの涙。

生活は楽にはなりません。

 一座は、仕事と収入、安心して眠れる場所と美味しいごはんを求めて、アメリカ、ヨーロッパ、コーカサス、中国、ロシアをめぐり、ついには日本にたどり着いたのでございます。

「日本でならやっていけるはずだ」

 エンターティメントの本場、アメリカ、ヨーロッパでやっていけなくても、小さな島国日本ならやっていけるはず。

 一座はそれを信じ、貨物船にぶら下がり最後の希望の地である日本にやってきたのでございます。

 日本で活動しようとまず始めたのが市場調査。日本の演芸の調査であります。

 するとどうでしょう。日本には独特な都市伝説や学園七不思議なるものが存在するというではないですか。

 さらにさらに調べてみれば、どうやらそれらは変化の術を使う「たぬき師匠一家」と「きつね先生一門」なる者たちがいるとのこと。

 なるほど、とこうもり座長。

 この小さな島国にも自分たちと似たような術を使い、人間を楽しませている輩がいるのだな。これは是非とも挨拶をしておかなくてはいけない。ついでに、日本の変化の術のレベルを見てやろう、と思い立つわけでございます。

「まあ、こんな小さな国の田舎変化など大したことはないだろう」

 そもそも、たぬき師匠に、きつね先生などという名などエンターティメント界で聞いたこともない。 

 落ちぶれたとはいえ、こうもり一座は世界を股にかける一流のエンターティメント集団。座長はこのように腹積もりいたします。

 挨拶ついでに一座の実力を見せつけるのも悪くない。見せつけて、子分にして仲良くしてもらおう、そして、ご飯を分けてもらって、住む場所を紹介してもらうのだ。

「ぐふふ」と密かな野望に笑みもこぼしつつ、お腹をグーと鳴らします。

 そんな折、チャンス到来。 

 時は十五夜のお月見の晩。

 一門一家の一同が介して宴をするという噂をキャッチ。

 まさに好都合。片方ずつ訪ねる手間が省ける上、双方揃うところで華々しくデビューと行こうじゃないか。

 座長は一座の仲間を引き連れ、夜闇に羽を羽ばたかせたのでありました。

「たぬきときつねの実力は如何ほどか?」

 茂みに隠れ、ひっょこり顔を出すこうもり一座。

 目に見えるは、たぬきたちに囲まれるかっぷくのいい男が一人。

 もう片方にはきつねに囲まれる派手な着物姿の妖艶美女。

 それに何より、豪華な料理に、菓子に酒。

 お腹の空いたこうもり一座はよだれがタラり。

「座長、お腹が空きました!」

 座長の妹、ララがお腹を鳴らしながら申します。

「少しまて、もう少し様子を見るんだ」

 とクールに座長。そうは言いつつも、座長もよだれを拭き拭き。

 たぬき師匠ときつね先生とその一家一門の弟子生徒。

 みんな集まり、秘密の丘で大宴会。

 こうもり一座は、ひっそりこっそり木陰に隠れて出ていくタイミングを計ります。

 何せ、物事は最初が肝心。

 最初の七秒で第一印象が決まり、それが覆るのには三年かかると申します。

 何事も最初でつまずきたくはないものです。こうもり一座にとっても明日のご飯を左右する大事な場面。ここは絶好のタイミングで行かねばなりません。

 都合の良いことにちょうど宴会は弟子と生徒の変化勝負の真っ最中。

 弟子と生徒のレベルを見れば、自ずと師匠先生の技量も知れるというもの。

 一座はお腹がグーッと鳴るのを我慢して、しばし観客となることに相成りました。


   弐


 あ、ソレッ、あ、ソレっ、あ、ソレッ♪

「きつねの変化で、猫、独楽こま、枕♪」

 あ、ソレッ、あ、ソレっ、あ、ソレッ♪

「たぬきの変化で、ライオン、ねずみ、ミミズク変化♪」

 お互い代表者が一匹ずつ舞台の上で、音と歌に合わせて、しりとり三変化。

 ポン、ポン、ポンと大小大きさ、お題を問わず、何とも軽快に変化していくではありませんか。

「座長、あの変化の速度は……」

 蝶ネクタイをした紳士こうもりが思わず座長に目を向けます。

 しりとりをしながら一匹で三種のものに立て続けに高速変化。これは、簡単なことではございません。

 例えるなら、お手玉多数をよどみなく繰り返しつつ、歩きまわるようなもの。

 一座のメンバーでもできるものいるかどうかの高等技術です。

「ま、まあ待て、変化は速度じゃないぞ。クォリティが大事……」

 あ、ソレッ、あ、ソレっ、あ、ソレッ♪

「きつねの変化で、流星りゅうせい、隕石、絹ごし豆腐♪」

 きつねが宙返るとキラリと見事な流れ星。そのまま隕石落下。落下地点に何故か絹ごし豆腐がぷりんと一丁。

 あ、ソレッ、あ、ソレっ、あ、ソレッ♪

「たぬきの変化で、藤に樹木に栗一つ♪」

 たぬきがパッと消えると藤の花がハラりと開花。大樹がにょきにょき。消えた樹の根元には何故か美味しそうなモンブラン一つ。

「流れ星に隕石、花に大樹って……あんな風にサイズを自由字自在に一匹で……」

 青ざめるこうもり一同。もちろん、座長も青ざめていましたが、座長としてここで弱気を見せるわけにはいきません。

 座長は毅然と「大したことはないさ」と震えた声で申したのであります。

 その後も、見たこともないほどのハイクオリティでスピーディな変化しりとりは続きました。

 一座はすっかり、たぬきときつねたちに変化に目を奪われたのでございます。

 なかでも度肝を抜かれたのは

「それではみなさん! 最後は恒例のアレでいきましょう! 師匠、先生お願いいたします!」

 学級委員長のような司会のたぬきがヒョコリと手を上げました。

 すると今まで座って宴会を楽しんでいたたぬき師匠ときつね先生が立ち上がり、ポンッと変化の術を披露。

 師匠は巨大な白い虎に。

 先生は巨大な青い龍に。

 弟子と生徒の大歓声。こうもり絶句。

「「それでは皆様、お手を拝借!」」

 見上げるほどの巨大な龍と虎。たぬきときつねが一斉にポフリと一本締め。

 はてさて、これにて宴はお開き、仕舞いと相成りました。

 しかして、こうもりたちはついに出ていくことができなかったのでございます。


   参


「とんでもない奴らだった……」

 人、物、動物、空想の生き物、変化の大きさ、変化速度……そのバリエーションもさることながら、そのクオリティの高さ。 

 こうもりたちの得意はなんと言っても人型変化ではありますが、実を言えば一匹一匹のバリエーションはそれほど多くはありません。

 ショーの間は基本的に人間の姿をしているし、お客さまの前で変化の術を行うなど、手品師がトリックを全部公開するような本来あってはならないこと。

 そのため、たぬきやきつねのような連続変化というものを考えたことがなかったのでございます。

「日本のレベルがここまでとは……」

 まずい。

 座長は頭を抱えます。

 日本に来たのは、まさに背水の陣の決断あってのこと。ここで何としても一旗揚げなくてはならないのです。

 出来れば、一門一家の方々にも認めれ、今よりもいい住む場所と美味しいごはんを分けていただきたい。

 これは座長だけでなく、こうもり一座全員の宿願でございます。

「そこで、みんなの意見を聞きたい。ここはどんな出し物で勝負をするか?」

 近所の子供たちが「お化けが出そう」と言って怖がりつつも面白がる古い洋館がこうもり一座の今の住まい。

 これまた勝手に会議室にした一室でメンバー一同、顔を突き合わせます。

「座長、ここは日本の都市伝説、七不思議に則って勝負をするべきです」

 座長の右腕とも言える蝶ネクタイをした紳士こうもりが言いました。

「噂では、きつねとたぬきは変化勝負なんてものをしてるっていうじゃない? それに便乗してさ、こっちも名前を売って、向こうに探してもらうのがいいと思う」

 まったりとしたしゃべりのセクシーお姉さんこうもりの言葉にみんなウンウンとうなずきます。

 もし、ショーが成功し、有名になれば、一家も一門も一座を認めてくれることでしょう。失敗した場合でも、一家や一門の耳に入る可能性は低いのですから知られることもない。自分たちから飛び込んで行って、たぬきやきつねの前で恥をかよりも堅実安全な策と言えそうです。

 すると、一座の最年長白髭こうもりが「絞り込みが重要だな。どの層をターゲットにして、どんな出し物をするのか?」と進言。さすが最年長、冷静でございます。昨日の今日で浮足立ってはおりません。

すべての人に届けようとして考えれば誰の心にも届かず、誰か一人に届くように考えれば多くの人に届く、というのはこうもり一座に伝わる格言でございます。

 ここはしっかり考えなくてはいけません。

「僕のリサーチによると、都市伝説、七不思議は一定の需要があるようですけど、特に人気がある層は小学校から中学生くらい、だそうです」

 最年少のこうもり坊やが、メガネをキラリキラリとさせながら手を上げます。

 この若きこうもりは若き座長の弟にして頭脳明晰、情報収集が得意な引きこもりこうもりなのでございます。

「なるほど、ではそのあたりをターゲットにしていきたいな」

 座長は腕組をして頭を捻りました。

 ターゲットは小学生から中学生辺り。ここは一つ、こうもり一座得意のものを出していきたい。

 一座にはすでにサーカスをするほどの機材や設備はなく、自信をもってできるジャンルと言えば……。

「やはりここは……」

 座長の目が光を宿しました。

「UMAだな! こうもり一座の日本向け新演目は、今までにない新UMAだ!」

「「おおっ!」」

 湧きたつ一同。

「でも、問題があると思う。例えば、日本の環境だと、動物系とかは難しいかもよ?」

 座長の妹、栗毛のこうもりララの言葉に、みんな「「確かに」」と声を揃えます。

 日本は海外のような環境とは違います。家と家は密集しているし、自然も広大で険しく未開というわけでもないのです。

 現にこうもり一座のいる町は比較的都会。街には宣伝に利用できる監視カメラなどもありますが、捕獲のリスクも高くなり、長期間公演が難しくなってしまいます。チュパカブラやジャージーデビルのような動物型の出現は難しいでしょう。

「そうすると人型の方がいいだろう。怪人系で驚かすというのはどうだろう?」

「学校の帰り道、夕暮れ時、友達と別れて一人になった時に遭遇するパターンとか?」

 座長の言葉にララが続きます。

 全員が、頭の中に夕暮れ時、一人で歩く子供を驚かしている姿が思い浮かびました。

 悲鳴を上げる子、逃げ出す子を謎の怪人が追いかけていく。子供はさらに逃げ、それでも怪人は追ってくる。もうダメだと思った瞬間。怪人はどこかにいなくなっている。

 頭の中で考えていると、こうもりたちはみんなウキウキドキドキしてきました。

こうもりたちは人間が驚いたり、怖がったり、喜んだりするのを見るのが大好きなのでございます。

「どんな怪人がいいだろうか? 紳士風? 美女風? それとも……?」

 古今東西、学校の帰り道に遭遇するホラーエンターティメントと言えば、不気味な紳士、異様な美女、高速で追いかけてくるお婆さんなどさまざまなスタイルがあるものです。

「見るからに異様な感じがいいな。インパクトのあるのがいい」

「動物と人間の間くらいの感じで、先代たちが昔流行らせた狼男みたいに、人間だけど、毛がもじゃもじゃある感じは?」

「日本の都市伝説や七不思議にはあまりいないパターンですね」

 経験豊かな白髭こうもりの提案に、こうもり坊やが続きます。

「あまりいない」これはとても大事なこと。これがヒットすれば、オリジナリティ溢れる演目として自ずと名は広まり、きつねもたぬきにも気づいてもらえるでしょう。

 そしてそれをきっかけにお近づきになり、美味しいご飯と快適な住処をわけてもらうのです。

 座長はポンと手を打ちました。

「よし、その線で行こう。名前はそう、わかりやすくキャッチーに、「もじゃもじゃ」だ! こうもり一座が作る新UMAは怪人もじゃもじゃとする!」

「「おおっ!」」

 と、一同。

「演者は?」

「ふむ、最適なのは……」

「ここは人型変化と動物変化が得意なララ嬢だろう」

 と、白髭こうもり。

「それもそうだ、よし、ララ、頼めるな」

「えっ、う、うん……」

 満場一致。

 こうしてこうもり一座、起死回生の日本初公演は「新UMA・怪人もじゃもじゃ」と相成ったのでございます。


   四


 一座の会議はその後も続き、もじゃもじゃの容貌を決め、決め台詞を決め、公演場所を決めて、いよいよ今夜上演という運びになりました。

【怪人もじゃもじゃ】下校時間の逢魔が刻に開幕です。

 ショーへの期待が高まりますが、直前まで宣伝を忘れてはいけません。

 人に溶け込み生活をするこうもり一座は、昼間は、それぞれの年齢にあった場所で過ごすのでございます。

 座長であれば高校へ、妹ララ=アルテナとして中学校へ。

 もちろんこうもりであるとバレないように生活をしながら、同時に宣伝用の噂話をしっかり流すのでございます。

「はあ……」

 絶好の宣伝タイムである休み時間だというのに、ララは自分の机で意気消沈。自慢のつやつやブラウンロングヘアーを両手でつかみ、顔を覆って頭を抱えているではありませんか。

『ああ、最悪……』

 乙女の吐息は闇色吐息。ダークな愚痴が今も心の外に漏れ出てしまいそう。

『っていうか、何よ、怪人もじゃもじゃって? センスないっていうか、カッコわるっ、ていうか、ダサッっていうか、子ども騙しっていうか、ああ、もう、言葉が見当たらないくらい最悪! それもよりにもよって、それを演じるのが私? はあっ? この世の終わりよ!』

 いくら嘆き悲しみ、愚痴をこぼせど、すでにもじゃもじゃのデザインも決まり、決め台詞まで決まっています。

【お前をもじゃもじゃにしてやろうか!】

『何よそれ。もじゃもじゃに、って何? そもそも決め台詞いる?

 ターゲットが中学生だからって、有無を言わさずこの学校の生徒の誰かになるし、もし私だってバレたらどうするの?

 強制黒歴史じゃん!

 変なタイミングで転校してきたのに、優しく受け入れてくれたみんないい子ばっかりの学校なのに、強制退去確定じゃん!』

「絶対、何が何でもバレないようにしないと。私のスクールライフを死守するのよ」

「アルテナ、どうしたの?」

「えっ?」

 ララが顔を上げますと、なんと、クラス女子人気ランキング第五位のクラス委員の野上君が声をかけてくれたのでありました。

 男子には秘密で作られるランキングでは五位の野上衛君ですが、ララにとってはとろけそうなほどドストライクなサラサラヘアーインテリメガネ男子でございます。 

「大丈夫? 何か心配事?」

 何かある度にララのことを心配してくれているのは彼がクラス委員だから……とわかっていても、ララは嬉しくて仕方がないのでございます。

「あ、うん、あの、何でもないの……」

 ああ、せっかくのチャンスなんだから、何か話題、何か話題はないかな……!

 ふと、「怪人もじゃもじゃ」の宣伝のことが頭に浮かびましたが、それはとんでもないこと! と頭を振ります。

『野上君にだけは知られてはダメ! 野上君がUMAに興味があるとは思えないけど、少しでも興味を持たれたら大変だ。

 学生ノリでUMAを探そうみたいになったら……こっちはプロだし、見つからない自信はあるけど、その要素は少しでもない方がいい。

 そうだ、昨日見た深夜アニメの話でもしよう。うん、それがいい!』

「えっと、あの……」

「そう言えば、アルテナはさ、怪人もじゃもじゃって聞いたことある?」

「……はっ?」

 思考停止。野上君との甘い会話の中からまさかの喉元にキルワード。

「えっと、なにそれ……?」

「えっ、姉さんの高校で最近噂になっているらしくてさ」

「へ、へぇ~」

 冷や汗タラり。

 背後から死神の大鎌が首にかけられたような戦慄に震えながらも、ララはプロギャンブラー並みのスマイルポーカーフェイス。

「は、はじめて聞いたわ、怪人? もしゃもしゃ? あれ? もじゃもじゃだっけ?」

「怪人もじゃもじゃだってさ。見た人がいるらしいよ。本当にいるのかなぁ?」

『いるもなにもデビュー間近なの! 見た人がいるって体で!』

 渾身のポーカーフェイスを保ちつつも、ララの膝はガクガクでございます。

「え、の、野上君は、そういうの、興味あるの? そういう、なんていうか、都市伝説とか、UMAみたいな……?」

「UMA? 興味……?」

 うーん、と首を傾げる野上君。

 顔はニコニコでも、胸はドキドキのララの笑顔はすでに限界間近。

「どちらかっていうと……」

「うん、うんっ!?」

『興味あるの!? ないの!?』 

「どっち!?」

『せめてそれだけ教えて! 興味あるの!? ないの!? それだけが今大事だから!』

「あんまりないかな」

『コングラチュレーション!』

 机の下で小さくガッツポーズ。

 興味がないなら、野上君がこの件に興味を持って追求してくることはないはず。

「そうだよね! UMAとかいるわけないもんね!」

『とはいえ、この付近でやるのは危険すぎる。今夜はやらないわけはいかないけど、何度も公演するのは、私にとってはハイリスクローリターンすぎる』 

『今夜適当に「怪人もじゃもじゃ」をやって乗りきろう。二、三回もやれば充分なはず。大丈夫、怪人もじゃもじゃはヒットしない。

 さっさと終わらせるんだ。

 それで、私の素敵スクールライフと野上君の甘い関係は守られる』

 ララは「ふふっ」と上機嫌に、愛らしく笑みをこぼすのでございました。


  伍


 時は黄昏、逢魔が刻。

 日本初上陸こうもり一座の初公演。

 今は豪華な舞台も、ライトも、音楽もございませんが、皆様ご安心を。

 ここから一気にスターダムを駆け上る至極のショー「UMA・怪人もじゃもじゃ」世にも妖しく怪演です。

 場所は、いろは中学校から少し離れた暗がりの道、ちょうど部活帰りの子が友達と別れて一人になってしまうほどの距離。でも、近くの民家まではまだそれほど近くないという絶妙な位置取り、ここが観客席一席、限定一名様の特別舞台にございます。

 変化したララはすっかり準備万端。

 すくっと立てば、スラリと長身。男か女かも見分けもつかない奇異奇怪なシルエット。さらにトイプードルのような毛で全身覆われ、これぞまさに「もじゃもじゃ」にございます。ここにマントをハラリと纏えば、見事な怪人もじゃもじゃの完成!

「ああ、なんて恥ずかしい格好……」

 予想以上のもじゃもじゃのため、はた目から顔色はわかりませんが、ララの顔からは火を噴きそうな勢いでございます。

『できれば今すぐ逃げ出したい』

 多感な中学二年生。このような「もじゃもじゃ」姿での一人舞台となりますと、恥ずかしさも不安もより一層。

 しかし、ふと目を向ければ、一座のみんなが見守っているではありませんか。

「みんな……」

『ダメ、みんなが応援してくれているんだし、期待を裏切れない!』

 ララは気持ちを切り替えるため、まぶたを閉じて決死の回想。

『ここまでの旅の中、楽しい時も苦しい時も助け合い、励ましあい、一緒にやってきた仲間。たくさんいたメンバーが次第に散っていったにも関わらず、残ってくれたのが今のメンバーだ。

 ここで成功すれば、美味しいご飯にありつけて、あの家から出てもっといい場所に住める。仲間も増えるかもしれない。

 そんな一座の願いはすべて今、自分の演技にかかっているんだ。

 こうもり一座のキャストとしてやり遂げなくては』

 やや過度に美化された思い出が、ララの気持ちに火をつけました。今は中学2年生ララ=アルテナではなく、こうもり一座のキャスト、ララ=アルテナです。

『やれる、今ならやれるわ! 

 今夜だけ、一度だけ! 私は「怪人もじゃもじゃ」になりきる!』

「ララ、もうすぐやってくるぞ」

「いつでも平気、タイミングを教えて」

 座長の言葉にララの闘志がみなぎる。

「こちらでカウントをする。思いっきりやってくれ」

「うん、まかせて」

『やってやるわ、渾身の「怪人もじゃもじゃ」を! みんな「もじゃもじゃ」の「もじゃもじゃ」してやる!』

「来たぞ……3、2、1!」

 座長のカウント。

 場を盛り上げるこうもり一座一同で奏でる効果音。

『今だ!』

 怪人もじゃもじゃは怪しくマントをひるがえし、物陰より飛び出した!

 雄叫びを上げる怪人もじゃもじゃ!

 思わず歩みを止める中学生!

「「……!」」

 遭遇したるは、白い肌にサラサラヘアーのインテリメガネ男子中学生。その容貌は、まさに怪人もじゃもじゃにとってはとろけそうなほどのどストライク男子!

『えっ? うそ? の、野上君!? よりにもよって野上君が限定先着一名様の特別席をご当選!?』

 このような所で再会を果たすなんて。

 彼との間に感じるただならぬ運命に顔を赤らめつつも、こみ上げる戸惑いと恥じらいに遥か彼方に飛んでいく決意と台詞。

 中学生と怪人は双方硬直の睨みあい。

 怪人もじゃもじゃは両手にマントを広げ、今にも襲いかからんとする様相。固まったままのインテリメガネ。

 どちらも沈黙を守りつつ、相手の出方を待つばかり。

『ああ、野上君、驚いて逃げてぇ、お願い見ないでぇ……』

 両手を上げた怪人ポーズのまま、ララは心の中で涙しながら、野上君に懇願いたしました。しかし、もじゃもじゃな乙女心が愛しい彼に届くはずもございません。

 野上君は怯える様子もなく、特別怖がる様子もなく、まさに怪人もじゃもじゃの次の動きを待っているではございませんか。

(ララ! 台詞、台詞!)

 茂みの中から仲間たちの声。

『えっ? 台詞? ああ、そんな今それどころじゃないのに!』

 いいえ、今がその時なのです。間合い充分、間も充分、あとは台詞を残すのみ!

『言いたくない、あんな恥ずかしい台詞言いたくない!』

 葛藤するもじゃもじゃ。

 ここまでの仲間達との旅、雨風にさらされながらも休まず夜闇を飛び、やっとのことで辿り着いた古い洋館。学校の手続き、新しい制服、新しい友達、好きな人……。

 思い出が走馬燈のように駆け巡りました。もしかして本当に走馬燈なのではないか思うほどの勢いです。

 その時! 膠着は破られた! 今までずっと様子を見ていた野上君の方から動いたのでございます。

 もじゃもじゃは「ゾッ!」と青ざめる。

 もじゃもじゃしているために、はた目からはわかりにくいですが、確かに血の気が引いたのでございます。

 ポケットを探り、野上君が出したもの、それは多機能型携帯電話、通称スマホ。

 そこから導き出される答えは?

 写真、動画→Twitter、インスタグラム→#拡散、#怪人もじゃもじゃ。

(((うわあああああああっ!)))

 歓喜! こうもり一座大歓喜。

(((一気に拡散! 一気に拡散!)))

 小躍りするこうもりたち、青ざめるもじゃもじゃ。

『もうダメだ、それはそれだけは阻止しなくては! 私のスクールライフと野上君とのこれからの甘い生活を守るために、それだけは何してもやらせるわけにはいかない』

 ララの心に言い知れぬ闘志が沸き起こりました。

『決め台詞を言うんだ。決め台詞さえ言ってしまえば、退場できる。それにこのまま背中を見せたら後ろ姿を撮られちゃう! 驚かせて、手が止まった瞬間に逃げるんだ! 初めて野上君に撮ってもらう写真がもじゃもじゃなんて絶対に嫌だ!』

 スマホの影が見えてからわずか0.3秒の即断。ララの決意は固まった。

「お、おま……」

「えっ?」

 沈黙を破るもじゃもじゃに思わず、野上君の手が止まる。スマホはまだポケットから出し切っていない。

 完全に取り出し、カメラに切り替えるまでに時間がある。

『まだ間にあう! 躊躇するな、思いきれ私!』

 一座の声が遠ざかる。舞台に立つはララ一人。それを見守る観客も野上君ただ一人。

『野上君との未来のために……!』

「お前をもじゃもじゃにしてやろうか!」

「……」 

 ……。

「えっ?」

 ……えっ?

 もじゃもじゃとメガネ男子の間に渦巻く疑問符。

 それもそのはず、奇異奇怪の怪人であるはずのもじゃもじゃの声は、何とも可愛らしい女の子の声なのですから。

「今の声……」

 しまった! 声が私のまま……!

 夜闇の迫る逢魔が刻より帳は落ちて、辺りはすっかり夜の香。

 怪人もじゃもじゃは慌てて闇夜に退場。

 席に残る観客は、しばしその場でその余韻を胸に残しつつ。今宵のショーはこれにて閉幕と相成りました。


   ☆彡


 はてさて、怪人もじゃもじゃの噂は皆さんお聞きになったことがあるでしょうか?

 こうもり一座最新演目「怪人もじゃもじゃ」は、それから数日経ったあとも、少しの噂にもなることはありませんでした。

 一座は、また一から新たな企画を考えるという選択をするという方向に話はまとまったようでございます。

 おそらく、皆様がここ以外で「怪人もじゃもじゃ」を耳にすることはないでしょう。

 残念なことに一座の思いきった戦略は失敗に終わってしまったようでございます。

 ところで、怪人もじゃもじゃを演じたララ=アルテナはその後、どうしたのでしょう? 

 実は翌日、ララは野上君からこのようなことを言われたのだとか。

「なんか僕、UMAとかにすごく興味がわいたんだよね、なあ、アルテナは? そういうの、興味ある?」

「へぇっ!? う、うん……」

「よかった! あっ、でもUMA好きとかいうと恥ずかしいからさ、二人だけの秘密にしない?」

 ララの思いきった行動が二人の関係に如何なるきっかけもたらし、如何なる変化を与えるのか……いえ、それは二人の距離がもっと近くなるほど思いきった出来事があった時にでもお話いたしましょう。


 終わり

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