ストーキングトーキング
傘を何者かに持って行かれ仕方なく雨に打たれながら帰っていた俺を、見知った遠距離型ストーカーだった人が心配そうにしている。
まさか、近寄ってくるとは。
「零零零 恋くんだよね? 僕はミヨシトクヤ。君のお母さん……未夢さんの働いている弁当屋で店長やってます」
「はぁ……」
ミヨシトクヤはすでに知っている情報を伝えてきた。
当然反応に困り、テキトーに返した。
「あのね、恋君。傘を忘れちゃった時は、とぉ……」
「……?」
妙な間をとってからミヨシトクヤは言う。
「と、とりあえず! 頭だけでもカバンか何かで濡れないようにしないと、風邪をひいてしまうと思うんだけど……」
「と」と言った後に「も」と声が漏れていたのが聴こえていた。
おそらく友達的な話でもしようとしていたんだろう。
俺はこの人が一ヶ月以上前からストーカー行為を行っている事は知っていた。
つまり、今この人は俺に対して気を遣ったんだと思う。
存在しない親の話を振ってしまった時の様に。
「……カバンの中身が濡れるよりも自分が濡れた方が取り返しがつくと思いますけど?」
そういえばこの人、朝から雨が降っていたのに俺が傘を忘れたと思ってきたな……
そんな中々にバカにしてくる男は右腕を俺の肩全体を抱く様に触れさせて、二人並んで歩く形になる様に誘導してきた。
「そんな物が濡れる事よりも……君が雨に濡れて、風邪をひいて、最悪取り返しのつかない事が起きてしまう方が大変だと、僕は思うよ」
変な温かみの言葉を、少し冷えた肩に添えられた温かい手と共に伝えてきた。
そんなミヨシトクヤを父さんは真正面から顔面距離10センチで睨みつけている。
俺はなにかよくないモノが憑きそうになっているミヨシトクヤに質問する。
「ミヨシさんに訊きたい事があるんですけど、いいですか?」
「訊きたい事? 何かな?」
「どうして、俺をストーキングしてるんですか?」
俺の質問にミヨシトクヤは足を止め、呆然としていた。
「僕が……ストーキング?」
無自覚系ストーカーは自身の行いをストーカーと言われショックを受けたようだ。
「朝学校行くときとか家に帰る時とかに、何度も遠くから見てましたよね」
「あ、あれはただ恋君の事を見守っていた、だけで……」
(却下だ)
ミヨシトクヤの主張は早々に目の前で睨みを利かせている見えざる者に却下された。
よってミヨシトクヤをストーカーと認定。
「でも、確かに良く考えてみると僕のしていた事はストーキングと呼ばれることだったかもしれない……」
ミヨシトクヤが自身の行いをストーキングだと認めたので、以後ミヨシトクヤを心の中ではストーカーと思うことにした。
「だけどそれにはちゃんと理由があるんだ」
ストーカーは自らの罪をもう吹っ切ったのか、熱い様子で何かを言おうとしてくる。
俺はそんなストーカーに冷めた口調で繰り返す。
「理由、ですか……」
ストーカーは俺の声に少しも熱さを失うことなく発する。
「恋君。僕は君のお母さん、未夢さんに交際を申し込み、そしてその返事を保留にされている状態なんだ」
突然そんな話を打ち明けられた俺は、何一つ動揺する事なくその話を受け止める。
だって、知ってたから。
二人で居るのを何度も見かけてるし。
(お前……! よくも人ん家の妻にぃぃ!)
なんとなく察していた事実を受け止めている俺の目の前で父さんがよくわからない怒りを露わにしていた。
父さん、もう人じゃないだろ。
隣のストーカーは、ストーカー相手の母親を好きになったと告白してから挙動が少し気持ち悪い。
「それで……なんだけど、この際だからその事について恋君と話がしたいんだけど……」
(断るぅ!)
「別にいいですけど」
人対霊の多数決の結果、人の意見を尊重する事に決まった。
「ありがとう……こんな雨の中で話すのもなんだから、どこかで何か温かいものでも飲みながら話そうか」
ストーカーはそう言って辺りを見回し店を探している。
「それなら近くに良い店がありますよ」
「そうなんだ、それじゃあそこに案内してもらえる?」
「わかりました」
俺はストーカーを良く知る店に連れて行こうと、口をパクパクさせ何かを訴え続けてくる父さんをスルーして歩き出した。
……それにしても、さっきから父さんの反応が細かいのが気に入らないな。
落ち着きのない親を見て気分が落ち込んでくのってこういう感じなのかな。
「着きました」
さっきの場所から五分とかからずにストーカーをコンビニに案内した。
「あ、あのー恋君?」
しかし連れてこられたストーカーは居心地の悪そうな挙動で俺に説明を求めている様な顔を向けてくる。
そんなストーカーに言った。
「温かい飲み物があって、傘があり、さっきの場所から近く安全だったので」
店内に入り、さっそく傘の置いてあるところへ向かう。
たくさん置いてあった傘に安心したのも一瞬だった。
「なんだ……この傘は?」
置いてあったビニール傘のほとんどに謎の柄が施されている。
誰がこんな物を求めているのか今すぐに俺に教えてほしい。
しかし置かれている傘に焦ったのもまた一瞬で、すぐに何の柄も入って無いビニール傘を見つけた。
俺は大きいサイズの傘を手に取り、戻した。
学校に持って行くのは普通サイズの傘にしようと思い直し、手に取った。
レジに向かうとストーカーが妙に大人ぶった雰囲気を漂わせて待ち構えていた。
「恋君はなに飲む?」
自然にそう問いかけてくるストーカーに当然答えずにレジに傘を置く。
「コーヒーを一つ」
店員のオバちゃんに声をかけると後ろからも注文が飛んだ。
「同じのをもう一つお願いします」
「コーヒーをお二つでよろしいですか?」
オバちゃんがそう言ってきたので、正しく伝える。
「会計は別でお願いします」
「これくらい僕が出すよ?」
「いえ、傘もあるんで自分のものは自分で払うのは当然なので……」
レジ付近に漂う気まずい空気にオバちゃんはイヤそうな顔をしている。
(よく言った! 恋くん! 立派に育ってくれて父さんは嬉しい!)
そんな中、空気のありがたさを忘れた父さんだけが妙にテンションを上げていた。
まぁ、幽霊に空気は必要ないよね。
コーヒーを手にイートインコーナーに向かいストーカーと並んで座る。
コンビニの窓から外の景色、というより人の乗っている車を眺めつつコーヒーを飲む。
そして、コンビニに来てから居心地を悪そうにしているストーカーが俺に訴えてくる。
「恋君……これ、話しづらい」