ナクシモノ
テレビを見てるうちに陽が落ち始め部屋の中にオレンジ色の光が入ってくる。
今日という日も、もう終わっていく。
「ねぇ父さん、面白い話があるんだけどさ」
窓の外に広がっている空を見て、同じ空を見ている父さんに言う。
「今こうして陽の光に照らされてるその風景を眺めてるけどさ、光を全く通さない黒い布一枚に纏われるだけで何も見えなくなるんだよ……」
(……)
父さんは視線をゆっくりと窓の外から俺へと向けて、言った。
(それのどこが面白いの……)
「……」
俺は、無視する。
そう言われると、困る……
(はやく父さんに教えなさい、恋くん……)
父さんはとても穏やかな口調だった。
この時間帯の雰囲気と静けさは嫌いじゃなかった。
父さんに生温かい目で見続けられながら、呟く様に声を出す。
「生きてるけど何もしてないのって死んでるのと同じようなものだと思わない?」
聞かされた父さんは、少し哀しげに見える。
そんな父さんを見て、なんか思った。
「もしかして父さんが視えるようになったのも、そういった意味で俺が死に近づきすぎたからなんじゃない?」
なんでそんな事を思ったのか。
どうしてそんな風に考えてしまうのか。
それは自分でも、わかってない。
別にいつもこんな事を考えてるわけじゃない。
こういう思考を巡らせるのは、きっと生きる事に集中できてない時だ。
ただここにいるって自覚してしまった時に、こうなってる気もする。
そして、俺の悪いところはこういう苦しい事を真面目に考えて受け止めようとするところなんだとも思う。
けど、それも含めて、自分でもわかってない。
わかってないから、変えられない。
わからないから、変えようとする気にもならなかった。
どうしてそんな事を訊いたかもわかってない問いかけに、父さんは少し間を置いてから答える。
(……生きてるけど何もしてない、という言葉がそもそもおかしい)
少しづつ暗くなっていく窓の外の空から、父さんの目へと視線を向けた。
そして父さんは言う。
(生きてる事は当たり前の事じゃない。してるから出来てる事なんだ)
俺の目を真っ直ぐに見て、そう伝えてくる。
「……成してるから成せてる」
(いやいや、どうして言い換えてるのかな? してるから出来てるという言い方に不満があるのか)
父さんは、俺の発言に不満そうだった。
「ただ他人の話を鵜呑みに出来ない人間不信なだけ」
(それについては父さん何も言えない……って、もしかして単純に父さんの事を信用してないって言ってないかい?)
バレた。
「何かをするって生きてる上に成り立つ事だから、それを生きてるという事をして出来てるって言われてもさ……何もしてないのは変わらない」
そう口にする俺に父さんは突然、
(恋くんは父さんの名前知ってるかい)
自身の名前について尋ねてきた。
「え……まぁ、そりゃ知ってるけど……」
(……)
父さんは無言で眉を吊り上げて、途切れた言葉の先を促してくる。
それに対し俺は右手を席を譲る時の様に差し出して、
「……お先にどうぞ」
と告げる。
父さんはポルターガイストを起こそうとしてるのか、体を震わせ始めた。
(知らないのか、知らないんだなそうなんだな!?)
その寒さに凍えて震えてるみたいな表情を出来ればやめてほしい。
名前だけはちゃんと知ってるから。
言わないだけで。
(父さんの名前は生きる善、生きてる善と書いて生善と読むんだ)
零零零 生善、それが俺の父さんの名前だった。
(人は生きてるというだけで一日一善が出来てるんだって昔マ…母さんに由来を聞かされた事があるよ)
恋くんにとってのおばあちゃんな、と苦笑混じりに付け足してくる。
それくらいわかりますけど? パパ?
「でも世の中には死んだ方が良さそうな人はいくらでもいると思うんだけど……」
父さんの言葉を嘘臭く感じながらも、どこか信じたくもあった。
暖かなオレンジ色の光に照らされた部屋はだいぶ薄暗くなってきていた。
今日の夕飯は作り慣れてるハンバーグにした。
それを俺と母さんの二人分作っていった。
夕食の支度を終えた頃に玄関のドアが開く音が聴こえた。
買い物袋を片手に持った母さんが、冷蔵庫へと目がけてやってきた。
「あ、ただいまー」
「おかえり……母さん何か作るの?」
母さんの買ってきた物に目を向けて言った。
「アイスとお酒買ってきただけー」
手早く冷蔵庫に買ってきた品々を入れていった。
それから、言ってくる。
「恋くんは今日も自分でご飯作ったのー?」
「うん、まぁ……一応母さんの分も作ったけど……」
「本当に! それじゃ頂いちゃおうかな~」
「うん、今用意するから」
少し久しぶりの母さんとの食事になった。
居間のテーブルに夕食を運び終えて、俺が定位置に座ったところで、
「いただきます」
と、声が重なり響いた。
母さんはハンバーグを箸で一口食べると、
「うん、おいしい」
と、感想を告げる。
その感想に何も返すことも無く、俺も夕食に手をつける。
「……」
「……」
二人で夕飯を黙々と食べていくのを点けっぱなしにしてあったテレビの音が間をとりもっていた。
いったいいつからだっただろう。
きっかけはあっただろうか。
何もないという事で、何かが失われていく気がしてる。
『家族でも無言でいるのは気まずいものなの?』
母さんの隣に座る父さんに問いかけるも、
(……)
何故か父さんは黙ったままだった。