現充実
朝、目覚まし時計が時間通りにキレ始め、イライラをぶつけてくる。
俺はそのイライラを、穏やかな気持ちで止めた。
「……う~ん」
そして止めてすぐに体を起こし、少しぼぉーっとする。
(……? 恋くん、おはよう)
見えない3メートルのリードがつけられ放し飼いにされてる亡霊が、こっちを見て朝の挨拶をしてきた。
「あぁ、うん、おはよう」
(すごくテキトー感のするおはようをありがとう)
「いや、幽霊って起きてるのか眠ってるのかわかんなくてさ」
(父さんは恋くんに、もっと暖かな朝を希望したいよ……)
父さんは窓の外へと目を向けて、遠い目をしている。
(それはそうと、今日は休みだっていうのに学校がある日よりもすんなりと起きるんだね)
「……起きるか、寝てるか選べるからじゃない? 起きなきゃいけないって思うとなぜか一分単位で寝てたくなる」
さて、とりあえず洗濯機から回すか、天気も良いし。
(なんだか、父さんの事をすっかり普通の事として受け入れちゃったみたいだね)
しみじみとそう口にする父さんに言う。
「まぁ、居ても居なくてもどうでもいいのは元々の事だから」
洗濯機を回そうと脱衣場へ向かって行く俺の後ろをパッと見人間そのものの父さんが、ノーステップでのムーンウォークでついてくる。
というよりこれはもう、俺に引きずられていると言っていい。
今日の朝は少し冷え込みが強かったのかもしれない。
洗濯機を回してから居間でテレビを点けて見ていると、母さんの部屋の戸が開いた。
「ふあぁ……」
「……」
軽くあくびをした母さんはそのままキッチンの方へと歩いてく。
特に会話を交わすことは無かった。
まぁそれも、いつもの事だ。
冷蔵庫を開ける音……コップがシンクへと置かれた音が聞こえたのち母さんは脱衣場へと向かった。
テレビを見続けていると洗濯機から脱水完了の報せが響いた。
「……」
俺はそのままテレビを見続けている。
すると脱衣場の方からドライヤーの音が居間まで届く。
その音が鳴りやむと母さんが居間へとやってくる。
「洗濯終わってるよ~」
「あぁうん、わかった」
俺は母さんに言われてから、洗濯物を取り出し干していった。
母さんは化粧などの出かける準備を済ませ居間でスマホを操作している。
俺はテーブル越しの向かいに座り、テレビの方を向いている。
「あ、そうだ。母さん今日は夜どっかいくの?」
気づいた風に母さんに今日の予定を訊く。
「う~ん、今日は何にもないかなぁ~。今の所」
「そっか……」
「……さてっと、それじゃそろそろいってきますか~」
母さんはスマホをバッグにしまい、立ち上がって言う。
「気を付けて……」
それだけ口にして、言う。
……
そういえば不機嫌だからか、父さんは珍しくずっと無言だった。
母さんが出かけていった後も俺は居間でテレビを見続けている。
「……」
(……)
画面の中では変わり映えのしない見慣れた面々が特に変わった事を言うわけでもなく、穏やかに時間が過ぎていく。
「……」
(……)
季節限定番組とかやれば面白いだろうか。
この番組はこの夏の間しか見られない。とか言ったら期待感とかプレミア感とか感じられて楽しめるようにならないかな。
「……」
(……)
あ、洗濯終わった。
洗濯物を取り出し、また洗濯物を入れ、回す。
「……」
(……ぁ)
なんだろう、急にテレビの中の世界の変わらなさが、自分の日常の変わらなさとつながってるんじゃないかと思ってきた。
「……」
(……ぇ)
まぁでも、それも表向きな話で裏ではみんな楽しく生きてるだろうから、結局は俺が勝手にテレビに合わせて一人でそうなってるだけなんだろうけど。
「……」
(……あのさぁ、恋くん?)
「なに?」
(テレビ見てて、楽しいかい?)
父さんがデリケートな話でも切り出してるかのような口調で問いかけてきた。
そんな父さんに軽く言う。
「まぁ、ただ見てるだけだから」
テーブルの向かいに座っている父さんは俺と同じ方向、テレビへと顔を向けて静かで穏やかに言う。
(その生活をするのは、半世紀早いんじゃないかなぁ……)
昼食をとり、午後になった。
外は相変わらずの晴れっぷりで、絶好のお出かけ日和とでも言えそうだった。
そんな中、居間でテレビを見ている。
「……」
(今日は本当に天気が良いなぁ)
父さんは俺から3メートルほど窓に近づき、景色を見ている。
(こんなに天気の良い日は、いつもはしないことをしてみると吉)
……吉? なぜおみくじ風?
そう思ったけど、ここは会話を発生させないでおく。
(そうだなぁ、こんな日は公園に散歩なんてどうだろう)
幽霊とは思えないほど清々しい表情を俺に向けてくる。
……ってか、少し考えられてから散歩を勧められるとか、さすがに空しい。
「こんなに天気の良い日に若いヤツが一人で公園に出没したら、子供が早く帰らされて可哀相だと思う」
(恋くん、その自虐はちょっと強すぎないかい?)
「客観的な話です」
(客観的な話ですか……)
「父さんは俺の事を、そういうことしそうに見える?」
(父さんとしては闇が深そうには見えるけど、客観的には見えないな)
「……そういう人の方が今は怖がられるもんだよ」
……他人に闇が深そうとか言われると、ちょっと驚くな。
(恋くんは、何かしたい事とか無いのかい? 趣味とか部活とか)
「興味ある事って言われても全然浮かばないんだよなぁ。それに何かをするのって大体が集団活動になるから苦手なんだよ」
最後に集団活動したの、いつだっけ……
「それにそういうのって、必ず面倒くさい事になるから俺には合わないと思う」
(……それなら、いざという時の為にお金を貯めておいたらいいんじゃないか? バイト自体もいい経験になるだろうし)
「金は最低限あれば別にいいし、足りないと感じてからバイトを始めればそれで十分な気がする。わざわざ今のうちから貯めておこうとは思わないよ。どうなるかも分からない先の事で今から疲れたくはない」
そう告げると父さんは口が半開きになり、さっきまでの清々しい表情はどんよりと曇っていった。
そしてその顔のまま再び窓の外へと視線を向けた。
(天気が良い日に過ごす室内は、何とも不思議な居心地……)