零零零 恋の日常
キーンコーンカーンコンンン……と、授業の終わりをベルが告げた。
少し後。
「……」
「……なんか零零零っていっつもああやって寝てるよね」
机に突っ伏しているとクラスの女子の声が聞こえた。
「まぁ、休み時間の過ごし方は人それぞれだから……」
どうやら薄茶ロングとぱっつんメガネが俺の事を話題にしているみたいだ。
「いやいや、むしろ休み時間にあんな風に寝てるとかヤバイでしょ? まだ授業中にああしてる方がわかるって」
「きっと疲れてるんだよ。だから授業中は起きてるぶん、休み時間に寝てるんじゃない?」
「すみれは、零零零が毎日疲れてるから毎日寝てるっていうの?」
「……たぶん」
「ハッハッハッ! アンタってホントウケるよねー! 一体ナニをして毎日疲れてるって思うわけ!?」
「何って言われてもわかんないけど……」
「ハハハ、すみれってたまにマジウケるよねー!」
……俺、起きてるんだけど。
バカでかい笑い声が教室に響き渡る中、俺は本当に寝ることにした。
……もちろん寝れなかったけど。
なんとなく受けていた授業が一段落し、昼食をとろうとカバンから布に包まれた弁当箱を取り出す。
「ん?」
布の結びを解くと、弁当箱の上に手紙が入っていた。
手紙には母さんの字で「恋くん、ごめんね」と書かれている。
弁当箱のフタを取ると、そこには一面真っ白の白銀世界が広がっていた。
なるほど。これがいわゆる雪弁というやつか……
すると近くの男子達から控えめな声のつもりのようでまるで抑えられてない声が聞こえてくる。
「お、おい!? 零零零の弁当、白米しか入ってねぇぞ……」
「いやいやいや、いくらなんでも白米だけとかないでしょ?」
「白米の上に何もかかってないという事は、中に何か仕掛けがあるのでは?」
……いただきます。
「もぐもぐもぐ……」
「お、おい! やっぱり何も入ってねぇぞ!?」
「マジかよ!?」
「中に何も入ってないという事は、炊き方に何か仕掛けがあるのでは?」
涙って塩の代わりになるかな?
わりとどうでもいい授業が全て終わり、いつもの様に担任と争い一番に教室を後にした、かったけど……
「ちょっと! あんたらふざけてないで掃除してよ!」
残念ながら今日は教室の掃除当番の日だ。
しょうがないので、同じ班の人を急かす形にならないギリギリの攻め具合で作業を進めている。
なので、キレ女が注意してるのは俺じゃないと思っておく……
「別にふざけてねぇよ。ただ掃除が苦手なだけだし、な?」
「そうそう! ってか、やり方がいまいちわかんないっていうか?」
「あんたらねぇ……高二にもなって、まだ掃除の仕方も分かんないっていうの?」
「まぁ、オレ達甘やかされて育ってきたからなぁ」
「そうそう! ウチの母ちゃん過保護だから」
「なんて言い訳してんだ、あんたらは……」
「ふふふ……」
「ちょっと守屋! そんなアホな言い訳笑ったらバカどもが調子にのるでしょ!」
「ご、ごめん……」
「まったく、いい加減ちゃんと掃除しないといつまでも終わらないでしょ。あんたらもさっさと働く! ……って零零零!?」
「え、何?」
「え、何? じゃないでしょ。あんたなんでゴミ箱持ってんの?」
「ゴミ捨てて掃除終わろうと思ってた」
「はぁ!?」
キレ女は驚いた様な怒ってる様な戸惑ってる様な。
「……それじゃ」
そんな不思議な顔で辺りを見回して掃除が終わってるか確認しているキレ女にそう言って、ごみを捨てに教室を出ようとした。
「ちょい待ち! あんたらまだ何もしてないでしょ! 代わりにゴミ捨てに行ってきて」
「ええー! 何でオレらが?」
「何で? って何? 何が何でなの!? いいから早く行ってこーい!」
「……自分らだって、そんなにしてなかったじゃん……」
短髪寝ぐせとシミ跡残しはそうぼやきながら、教室を出ていった。
「ったく、ゴミ捨てぐらいちゃちゃっと行ってきなさいよね」
「まぁまぁ。私らもあんまり掃除してなかったし」
「そうなんだけどさ。それもこれも零零零が一人で……って零零零!?」
「え、何?」
「え、何? じゃないでしょ。あんたなんでカバン持って教室を出ていこうとしてんの?」
そんなことを聞いてくるなんて、キレ女はよくわからない人だ。
「掃除終わったみたいだから、帰ります」
何事もなく自分家に帰り着いた俺は、鍵を開けようとした。
「今日は帰ってきてるのか……」
鍵のかかってない扉を開け、家の中に入ろうとした。
「あ! 恋くんおかえり~」
「ただいま。母さん」
ちょうど玄関でヒールを履いていた母さんと遭遇した。
すると、母さんは持っていたスマホを両手で挟み込む形で合わせ、特に悪びれるカンジもなく言う。
「ごめーん恋くん。悪いんだけど夜ゴハン自分で作ってもらえる?」
「うん。わかった」
だから俺も、普通のカンジで返事をする。
「なんかね~近くにレアな怪人さんが出没したんだって~だからさっそく捕えに行かなきゃなの。それじゃね~」
「そうなんだ。気を付けてね」
母さんは今、怪人コレクションというゲームにハマっている。
だから「怪人を捕えに行く」と言う時の母さんは、いつも楽しそうだ。
それだけは、
嬉しいと思う。
……。
「冷蔵庫には、卵とハム……とキャベツくらいか」
手早く済ませられるものでいいか。
……いただきます
「もぐもぐもぐ……」
母さんならハムエッグのキャベツ千切り添え辺りだったかな?
俺はチャーハンとキャベツスープを食べ終え、使った食器や調理器具と使われた弁当箱を二つを洗い、シャワーを浴びた。
なんとなく今日は早めに寝ようと思い、電気を消して布団に入る。
静かで人の気配のしない部屋で、少しづつ眠りに落ちていく……
いつもと変わらない日々を続け過ごしているはずなのに、日々自分から何かが失われていく気がした。
何かしたい事があるわけじゃない。
誰かと一緒にいたいと思うわけでもない。
だからって死ぬ気があるわけでもない。
……
どうして、死にたいと思わないんだろう。
少しくらい思ってもよさそうなものなのに。
もしかして、自分の事すら手放してるのか。
俺って、孤独にすらなれてないのか……
だいぶ重たくなってきた瞼をこじ開けて端から自分が家出していくのがわかった。
家出した自分は自身の冷たさを主張しながらゆっくりと下へと落ちていく。
そして結局、耳から自分に帰ってこようとしてきた。
……
俺は、そんな自分を不自然な寝返りを打つことで、枕に押し付け、
忘れた。