98.ズレ
「じゃあ、レメディオスはまさかワザとそのルートを通る様に仕向けた……?」
「いいや、それは無いと言う話だ。私の甥が近衛騎士団で今も活動しているのだがその甥もその時レメディオスと一緒に居て、実際にルートが安全だったと言うのを確認している。……途中まではな」
「何か、ただの異常繁殖じゃ無い気がしますね」
あくまでも仮定の話でしか無い。
だがレメディオスが、ワザと王族をそのルートに進む様に仕向けたのだとしたら普通は責任問題どころのレベルでは済まされない話だ。
「そこまでは甥も分からないらしいが、甥の話では途中まで何事も無く進軍出来ていたのにいきなり何の前触れも無く魔物の大群に囲まれたらしい。何とかその場は陛下を守り切ったらしいんだが、その後の進軍は別のルートを進まざるを得なかったそうだ」
「ま、そりゃそうなるわよね」
「そしてレメディオスが陛下を危険に晒した責任を取らされて解雇された……と言う話になるのか……」
賢吾の呟きにコックも頷く。
「しかし、王を守る筈の近衛騎士団員がそんな大失態を犯したとなれば信用問題に関わるから、表向きには魔物を逃してしまったと言う事にしたらしい。かなり苦しい理由付けだと思うがな」
とても無茶苦茶な話だし、もしかしたらレメディオスが何かを企んでいたのかも知れないが確証も無い。
「とりあえずレメディオスやロルフが何かをしているかも知れないって言うのは分かったが、クラリッサも含めて騎士団の連中には気をつけるんだ」
まだそのレメディオスやクラリッサと知り合って少ししか経っていない自分達よりも、遥かにこの王国の実情を知っているであろうコックからの忠告を貰った賢吾と美智子。
だが、コックとしてはまだ確認したい事がある様だ。
「それと、そのどうしても開かなかったと言うフタを私にも見せて欲しい。何か仕掛けがあるかも知れないからな」
「えっ、これから見に行くの?」
「ああ。ここのコックを長い事勤めているが、そんなフタがあるなんて今まで見た事も聞いた事も無いからな。それこそ何か仕掛けをしない限り、フタの存在なんてすぐにバレてしまいそうな気がするんだ。何か仕掛けがしてありそうなのは大体予想出来る。詳しい事は見てみないと分からんが、やはり私もその開かずのフタと言うのは気になる」
コックがそう言うのならと、あの時フタのある大木まで案内して貰った女の従業員も一緒に再び向かう地球人2人。
今度も女の従業員を見張り番として任せておき、美智子には何時でも逃走ルートを確保出来る様に建物の窓を開けておいて貰いそこで待機させ、男2人掛かりでフタをどうにかして開けるべく奮闘を始める。
「ふうむ、かなり巧妙にカモフラージュされているな。でもこの汚れや傷の状態だとフタが設置されたのはそんなに前じゃないな」
夜の薄暗い中で、手に持った魔力をエネルギーとする懐中電灯を手にしてコックが見当をつける。
「引っ張っても押してもまるでダメでした」
「どれどれ……」
懐中電灯を賢吾に渡して実際にフタを引っ張ったり押したりしてみるコックだが、やはりフタはビクともしない。
「うーん……これは確かに開きそうも無いな。かと言って魔術のロックが掛かっているとかも無さそうだし……」
「分かるんですか?」
「私も少しばかり魔術が使えるからな。だがこれじゃあフタそのものを壊すしか無さそうだ……くそっ!!」
悔しさを募らせた顔つきで、開かずのフタを思いっ切り足の裏で蹴りつけるコック。
しかしその感情任せの行動が、思いもよらない結果を呼ぶ。
「……んっ!?」
「どうした?」
「ず、ズレた……フタが……」
「はっ!?」
ライトで照らされたフタを見て呟いた賢吾のその一言に、半ば奪い取る様にして賢吾から懐中電灯を受け取ったコックもフタを確認。
そしてフタの形状を再確認してある事に気がついた。
「ま、まさかこのフタって開かないんじゃなくて……!!」
取っ手に手を掛け、思いっ切り奥に向かって押してみる。
すると地面と平行に吸い込まれて行く形で、ガラガラガラと音を立ててフタが開いたのだ。
「……もしかして、このフタって引っ張るんじゃなくて、押すんでも無くて……」
「どうやら引き戸になっていたみたいだな」
その事実を知った賢吾はへなへなと膝から地面に崩れ落ち、がっくりと頭を垂れた。
「な、何てシンプルなのかしら……」
「と言うかこんなの、普通は上に引っ張る様に作るわよね?」
何時の間にかフタのそばまでやって来ていた美智子と女の従業員も、物凄く冷めた目つきでそのフタを見つめる。
「な、何ちゅー……大マヌケ……」
もう何も口に出したくない。
身近な引き戸スタイルのドアと言えば、それこそコンビニやスーパーマーケットの自動ドア位である賢吾と美智子の頭の中にこの瞬間、フタの開け方の方法として「引っ張る」「押す」「回す」ともう1つ「ずらしてみる」が鮮明にインプットされたのであった。
フタのエピソードは実際に病院のトイレのドアで作者がやらかしたエピソード。
つまりノンフィクション。失笑とちょっと感動の嵐。




