96.謎の出入り口
騎士団の総本部の建物の裏側には今まで賢吾も美智子も行った事が無いので、その従業員の女の証言がどれ程の驚きなのかと言うのは分かりかねる。
だが、何も無い筈の場所で忽然と姿を消したと言うのであれば気になるので、実際に見てみたいと思う賢吾と美智子。
「それじゃ、そのクラリッサが消えたと言う場所を見せてくれないか?」
「ええ、良いわよ」
クラリッサの入ったと思われるその謎の出入り口を調べるべく、残りの食事を平らげてからその女の従業員と共に賢吾と美智子は食堂の営業時間が終わった夕暮れ時に騎士団の総本部の裏へと向かう。
裏庭と呼べる程の広さは無いが、人が6人横並びになってもまだ少しスペースに余裕がある建物の裏手。
そこには確かに大きな木がそびえ立っている。
「この木の根元よ」
「……ああ、これがそうだな」
不自然に長方形で形取られた、台所の床下の収納庫の様な取っ手がついている部分がある。
女の証言通りだ。
それじゃあ中に入ってみるかとフタを持ち上げようとする賢吾だが、取っ手に指を掛けていざグイッと上に引っ張ってみてもそのフタはビクともしない。
「あっ……あれ?」
「どうしたのよ?」
「おかしい……全然開かないぞ、何だこれ……!?」
押してダメなら引いてみろと良く言われるので、その逆パターンで思いっ切りフタを押してみるが……開かない。
「ダメだ……どうしてもこのフタが開かないぞ」
「ジャムの瓶のフタじゃないんだから……そんなにそこまで硬いものなの?」
離れた場所で誰か来ないかどうか見張らせていた美智子が、従業員の女と見張り番を交代してフタを開けるのにチャレンジする。
「何かロックが掛かっているとか、まさかそう言うオチじゃないでしょうね……」
まじまじとフタを見て、実際に色々と触ってみてからいよいよフタの取っ手に手を掛ける美智子。
だがやはり結果は同じ。
押しても引いてもフタはビクともしない。
「うーん、ダメねえ……何か開ける為の方法が他にあるんじゃないかしら?」
こんな所に開かずのフタを作る意味が分からないし、一緒にやって来た従業員の女の話ではここでクラリッサが姿を消したと言うのだから、やはり怪しいとなれば大木の根元にあるこのフタしか無いだろう。
諦めずにもう1度チャレンジしようと、再び賢吾がフタの取っ手に手を掛けた……その時だった。
「まずい、誰か来るわよ!!」
「ええっ!?」
見張り番をしていた従業員の女の声で、すぐさまフタから離れる賢吾と美智子。
急いで近くの開いている窓から騎士団の建物の中に3人続けて飛び込み、素早く身を屈めてフタのある大木の様子を窺う。
そこに姿を現したのはクラリッサ……では無いが、騎士団の制服を着込んでいる数人の男女だった。
全員がその肩に布で包まれている大きな何かの物体を抱えており、夕暮れ時の建物の裏手を明らかに警戒している素振りで歩いて来た。
「……魔力が無い2人はどう思う?」
「私はかなり怪しいと思うわ。賢ちゃんは?」
「俺も同感。肩に担いでいるあの物体の中身が気になるが……あ、やっぱりあの木の根元にあるフタの所で何かしてるぞ」
数人の中の1人が肩に担いでいたその物体を一旦地面に起き、木の根元にしゃがみ込んで何やら手を動かすのが微妙なアングルだが分かる。
その人物は地面に置いていた物体をそのままにして、地面へと身体を埋め込ませる。
恐らくはフタが開いたので、そのフタの中に自分の身体を半身だけ入れた様だ。
他の人間達は肩に担いでいた物体とその地面に置きっ放しにされていた物体を、バケツリレーのスタイルで次々に大木の根元へと運んで行く。
「何か運び込んでいるみたいだな。何かあそこに地下倉庫とかってあったりするのか?」
「いいえ……私はそんな話なんて聞いた事も無いわ」
騎士団しか知らない秘密の場所なのかも知れないし、ただの地下の武器庫かも知れない。
それでも怪しいと思える理由は、物体を担いでここにやって来たあの一行の表情が警戒心むき出しのもので、挙動も明らかに不審なものだったので「そこまでコソコソするレベルの話なのか?」と疑問に思ったからだ。
地下にあるのが武器庫だとして、そこに武器や防具を運び込むだけならコソコソする必要なんて無い。
「コソコソしなければいけない」理由があるからこそ顔つきや挙動に現れるのだ。
全ての物体を運び終え、足早に大木から離れて行く騎士団員達を見送った3人。
しかしまた何時同じ様に物体を運んで来る騎士団員が来るかが分からないので、これ以上ここに留まっているのは危険だと判断した3人もここから立ち去る事にする。
「どうする、このまま部屋に戻る?」
「いいや、鍛錬場に行こうよ。鍛錬城でトレーニングしていたって言えば遅くなった理由も作れるし、この従業員の人と一緒に居る理由はこの世界の料理について教えて貰ってた、って言えば私も賢ちゃんもそうそう怪しまれないと思うわ」
実際の所はどう思われるか分からないものの、自然に思いつく理由はそれ位しか無い美智子。
この辺りは足を運んだ事が無い区画なので、従業員に鍛錬場まで案内して貰いつつまたの再会を約束したのだった。