95.気になる証言
「そう言えば、ロルフ副団長って今は遠征に出ているんだよな?」
「ええ、俺と美智子をさらおうとしたそのフードの男を追い掛けて行ってますよ」
「そうか、ならやっぱり人違いだな……」
「えっ、どう言う事ですか?」
考え込む素振りでそう呟いたコックに対して思わず賢吾が問いかけてみると、神妙な顔つきはそのままに彼は自分が見たと言う光景について語り出す。
「3日前の話だ。城下町に何時も食材を買い付けに行っている王室御用達の業者があるんだが、何時もの様に私が買い付けの話をしに行った帰り道に、ロルフ副団長らしき人物を見かけたんだ。それも人通りの少ない裏通りを歩いて、周りを警戒する素振りで居たから良く覚えている」
「ロルフ副団長を見かけたって事……?」
美智子もその話に食いついて来たが、コックは首を横に振った。
「断定は出来ん。あくまでも似た人物を見かけたと言うだけだ。だが今の話を聞く限りではどうやら私の見間違いだった様だな。見かけたのも斜め後ろから横顔にかけてを見ただけだったし、似ている他人と見間違えただけかも知れないからな」
だが、賢吾はどうしてもその話を「そうですか」と素直にそこで終わらせる事は出来そうに無かった。
前にも同じ事があったのを良く覚えているからだ。
「…………」
「どうしたのよ、賢ちゃん?」
今度は賢吾が黙り込んで考え込む素振りを見せ始めた事で、その様子を隣で見た美智子が声をかける。
「これ、言っても良いのかな……」
「どうしたのよ?」
「何かあったのか?」
騎士団の食堂の従業員と言う事もあって、ロルフと何処で繋がっているか分からないこの面々。
だがコックが今の話をした時の他の従業員のリアクションを見る限りでは、少なくともロルフとの直接的な繋がりは無いだろうしそれをわざわざロルフに伝える事もしないだろうと考えて、意を決して賢吾はあの女頭目の襲撃前の話をし始めた。
「……と言う訳で……俺もその時、そこに居る筈の無いレメディオスとロルフを見かけたんだ」
その一連の話を聞き、コックを始めとした従業員達も美智子もますます考え込む。
「確かに妙だな」
「予定より早く着いたと言う事も考えられるけど、それだったらあんた達の所に姿を見せに行く筈だし……」
「でもよぉ、やっぱり他人と見間違えただけかも知れないぜ?」
従業員達の会話を聞いて、今の賢吾が考えるもっとも信憑性のある説はライオン獣人の従業員が唱える「他人との見間違い」である。
自分がレメディオスらしき人影を見た時は薄暗い騎士団の総本部の建物の中だったし、ロルフだってその確証は無い。
「けど、もし本物のレメディオスとかロルフだったとするのなら……色々とおかしいわね」
美智子がこの場に居る人間や獣人全員に共通する脳内メッセージを吐き出した。
「だったら、レメディオス団長やロルフ副団長は陰に隠れて何かをコソコソやっているって事なのか?」
「その可能性もあると言えばあるかも知れないわね」
カラス獣人のコックと給仕係の女が顔を見合わせてそう言うが、いずれも確証は無い。
「コソコソやっているのなら何をやっているのかって事も気になるけど、下手に探りを入れるのは危険よね」
「今の段階ではそれが良い事か悪い事なのかも分からないしな」
自分達にもプライバシーがある様に、騎士団にも騎士団のプライバシーがあるのだからそこは賢吾や美智子が簡単に踏み込んで良いものでは無い。
自分達の世話を色々してくれて、自分達が地球に帰るまでの手助けもしてくれているし、何よりも自分達の敵を討伐する為に現在頑張ってくれているその騎士団員を疑う等と言うのは賢吾にも美智子にも出来ない。
だが、そんな地球人2人の気持ちを全くと言って良い程に無視する証言が従業員の1人からもたらされる。
「そう言えば私……気になるものを見たのよ」
「ん?」
「ええっと……何て言ったかしら、あの……大きな斧を持っている茶色い髪の女の騎士団員よ。貴方達と一緒に居るのを何度か見た事がある……」
「ああ、クラリッサだな」
今度はどうやらクラリッサについての目撃証言があるらしい。
「そうそう。そのクラリッサって言う女の人なんだけど、1週間位前の夜だったかしら。私が従業員用の宿舎に帰る時に、そのクラリッサって人が何か大きな物を抱えて騎士団の総本部の建物の裏に向かって歩くのを見たのよ」
「大きな物? 選考会の準備で色々と物品を運んでいたとかじゃないのか?」
別に物を運んでいる姿を見たからと言ってそれが全て怪しいと言う訳では無いのだが、その従業員には何か思う所がある様だ。
「私も最初はそう思ったんだけど……でも、建物の裏には出入り口とかが無い筈なのにそこでフッと姿を消しちゃったのよ」
「消した?」
「うん。魔術を使ったのなら魔力が解放されるから、例えば姿を消す魔力を使えばその魔力の気配で使ったのが分かるんだけど、その時は何も感じなかったの。それでどうしても気になっちゃって、私はそのクラリッサが姿を消した場所に向かったのよ。そこには大きな木があって、その根元に何処かに繋がる出入り口らしきフタを見つけたのよね」