94.食堂にて
だけど自分達2人で考えても分からない。
丁度腹の虫が鳴った事もあって、食堂に昼食を摂りに行く事にした。
朝のトレーニングを1ヶ月前から日課にした事で、今日も例外無くエスケープテクニックのトレーニングに励んでいた美智子。
毎日励んでいたその甲斐もあって、ある程度簡単なテクニックであれば自然に身体が反応する様にもなった。
慣れって言うのは怖いと同時に大事なものなのだ、と美智子は実感する。
賢吾の武器術の方はまだまだこれからなのだが、誰か騎士団員が鍛錬場に居る時は一緒にトレーニングをさせて貰っている。
それでもクラリッサやレメディオス等に手解きを少し受けて来ている事もあり、段々と騎士団員達の動きやスピードについて行ける様になって来ている。
「1ヶ月もここに通っていると、もう道順も覚えたな」
「今日のメニューは何かしらね?」
そんな会話をしつつ、もはや歩き慣れた足取りで食堂への道のりを進む2人。
前は部屋まで食事を持って来て貰っていたのが殆どだったのだが、賢吾と美智子が特に危険人物では無いと言う事が分かった今では食堂の出入りが許される様になった。
騎士団の総本部の建物の中であれば迂闊に襲撃も出来ないだろうと言う考えがレメディオスにも賢吾にもあるので、セキュリティの面でも心配無いとの結論に達した。
だが、それでもあの女頭目の侵入を許してしまった事もあって今まで以上に警備は強化されている。
今日の様にイベントで騎士団員が多数駆り出されている日でも、巡回の第1騎士団員が歩き回って警備に励んでいる。
そんな物々しい雰囲気の漂う廊下を抜けて食堂に辿り着いた賢吾と美智子は、前にこの食堂に来た時と同じ様に騎士団員が食べている物と同じ物を食べる。
騎士団の食堂では色々なメニューがあるのだが、日替わりで食べる事の出来るメニューも存在しているのでそれを頼む騎士団員も多い。
賢吾と美智子も日替わりで色々と食べられるのなら選ばずに済むとばかりに、トレーニングを始めた1ヶ月前からほぼ毎日来ている騎士団の食堂でそれを食べてから部屋に戻るのが日課になっていた。
そして今日の日替わりメニューは……。
「今日は魚だな」
「海が近いから海鮮中心のメニューが多いわね」
2人とも魚は嫌いでは無い。
特にスポーツに長年携わって来ている賢吾にとっては、栄養バランスを考えて食事を取るのもまたトレーニングの1つなのだ。
2人が生まれ育った岩手県の花巻市はわんこそば発祥の地として有名なので、たまには麺類が食べたいと思う時もある。
日替わりメニューでパスタが出て来る時もあるのでそれで麺類を味わう2人だが、もっと和風な料理が食べたいと思うのはやはり日本人だからであろうか?
けれども、そう言う料理が当然この世界にある訳も無いので我慢するしか無い。
その代わり、無事に地球に戻る事が出来たら絶対に和食を食べるんだと約束する2人の前に食堂の従業員がやって来る。
「今日も格闘術の練習か?」
「ええ、大分慣れて来たわよ」
「毎日良くやるね」
「ああ、どうも」
もはや顔馴染みになった食堂の従業員達。やはり魔力が無いと言う2人の存在は珍しいのか、若者から中年、人間と獣人、そして男女問わずにこうして話しかけられる事が多くなった。
「今日は選考会があるって話を聞いてるんだけど、あんた達は行かないのか?」
「もう行った。だけど人数が多くて時間が掛かりそうだったし、結果だけ聞ければ俺達はそれで良いから今日も鍛錬場で色々トレーニングさせて貰ってるんです」
「そうなんだ。じゃあ結果が出てから色々と知る訳なんだね」
ただ単に住まわせて貰っているのは悪いと言う事で、何か手伝い出来ないかと以前に申し出た事がある賢吾と美智子。
しかし食堂の従業員達には「これが自分達の仕事だから、手伝って貰えるのはありがたいけど気持ちだけで十分だよ」と断られてしまった。
地球でも例えば契約で仕事内容がしっかり分担されており、下手に契約外の人間が手を出すとその契約絡みで面倒臭い事になってしまうと言う海外の事例を賢吾と美智子も聞いた事があり、そう言うパターンなのかもと素直に引き下がった。
地球には地球のルールがある様に、ここにはここのルールがあるのだから。
しかし、美智子はそれならばと食堂の従業員達にあるお願いをしていた。
「そう言えば、今日は料理を作る所を見ないのかい?」
「今日はちょっとトレーニングが長引いちゃったから、また今度で良いわ」
今日はこうして断ってしまったものの、手伝いが出来ないならせめて異世界の料理がどんな食材でどの様に作られているのかを見学したいと申し出たのである。
元々料理や裁縫等の家事全般が得意な美智子は、そうした料理関係の技術に関しては自分でも興味があったからだ。
なので髪の毛が料理に入らない様に帽子を被り、エプロンも身につけて許可を貰ってから厨房を見学させて貰っている。
それで仲良くなった従業員も居る位なのだ。
だが、何時もその調理過程を見せてくれている食堂のコックが気になる事を言い出したのは次の瞬間だった。