88.1ヵ月後に向けて
賢吾と美智子の予想は、王都に戻った時には半分当たっていた。
レメディオスに、今の事件の調査や後片付けを進めている間にその1ヶ月後の準備をしておけと言われたのだ。
具体的には「選考会」である。
その選考会と言うのは、この事件の首謀者であるあのフードの男を追いかける為の人員を選抜する為のものだと言う。
騎士団の人員は確かに多いが、その全てが男の追跡に回れる訳では無い。
近衛騎士団は王族と王城を守らなければならないし、第1騎士団は王都の守護、第2騎士団は各場所の町や村を守り、そして第3騎士団は第2騎士団のサポート業務の傍らで魔物の討伐もしなければならないのだ。
この事件には第3騎士団が深く関わっている事もあって、指揮権は全てレメディオスに委ねられている。
とは言うものの第2騎士団の駐屯地も幾つか破壊されている為、第2騎士団からもその男を捜索する為に幾つかの部隊が編成されるのだと言う。
しかし、その人員にも限りがあるので今回傭兵を中心とした民間人からの選抜者による追撃部隊が編成される事になった。
今回の事件の被害はかなり大きく、シルヴェン王国全土に及んでいる事から王国としてもこれ以上の被害を出す訳には行かない。
だが割ける人員は限りがある為に、1ヵ月後に追跡部隊の選考会を行う事を決定したレメディオス。
勿論これについてレメディオスから賢吾と美智子にも通達があったのだが、それについて地球人2人からも幾つかの質問があった。
「色々聞きたいんだけど良いか?」
「何だ?」
「身体を鍛えておけってあんたは言ってたけど、もしかして俺達も選考会に参加するのか?」
参加するので無ければわざわざそんなアドバイスはしないだろうと思ったのだが、これについてはどうやら「半分」当たりだったらしい。
「御前達には参加はして貰わなくても結構だ。だが選考会の見学はして貰うぞ」
「だったら……」
「しかし、御前達がその男の顔を知っているのもまた事実だからな。実際に私はその男の顔を見た事が無い訳だし、ロルフだって御前達の証言を基に作成した似顔絵と服装の情報だけでその男を捜しているのだから、顔を知っている御前達が捜索に同行するのは当たり前だ。その捜索の中で何があるか分からないから、まずはとにかく選考会までに鍛えられるだけ鍛えておけ。勿論その後もだ」
レメディオスの言いたい事は、選考会云々は賢吾と美智子には関係無いものの、選考会で選ばれたメンバー達と一緒に行動するのはレメディオスによって既に決定しているので、それまでの時間の間に出来るだけ身体を鍛えておけと言う事らしい。
だが、気になるのは何で1ヵ月後なのか?
追撃をするなら人員不足なのは分かるが、騎士団が大々的に動いてすぐに追撃をしないと逃げられてしまうだろうし選考会なんてやっている場合でも無いだろうし、まして1ヶ月も期間があるのならその間に国外逃亡されてしまう可能性がほぼ100パーセントだろう、と素人の賢吾と美智子でも簡単に思いつく。
美智子がそう質問をするとレメディオスは少し困った顔つきになる。
「私も本当はそうしたいのだ」
「だったら……」
「だが、王の言葉は絶対なのでな」
「王……って、国王陛下の事?」
レメディオスの口からいきなりここで出て来た「王」と言う単語。
何でここで王が関わって来るのだろうか?
「そうだ。陛下は私達騎士団が大々的に動く事で国民に不安を与えてしまう、と考えておられる。むやみやたらに騎士団が動けば、それだけ国民の間に不安と恐怖を与えて治安の悪化に繋がる恐れもあるからだと。その陛下の言葉を聞いて私が考え付いたのが、傭兵達を参加者の中心にした選考会の話だ」
そこで一旦言葉を切り、話をする為にやって来た応接室の窓の外に浮かぶ夕日を少し見上げてレメディオスは続ける。
「だが参加者を募るとなると色々準備もあるので1ヶ月は掛かってしまう。それでも私達はあの男が間違い無くまた御前達の前に現れると踏んでからこそ、選考会は1ヵ月後でも良いと思ったのだ」
「はい?」
何で自分達の前にあの男がまた現れると分かるのだろうか?
「何で分かるんだよ? それに私「達」と言う事は、あんただけがその意見を述べているみたいじゃ無さそうだな」
若干不機嫌そうな顔と口調で賢吾がそう問うが、レメディオスは冷静な態度を崩さない。
「根拠は御前達の報告だ」
「私達の?」
「ああ。御前達は確か、あの男に「まだ死んでは困る」と言われたそうだな。それに美智子はあの男にまだ利用価値があるとも言われた。これは間違い無いな?」
「うん、それは事実よ」
美智子の返答にレメディオスは頷く。
「それが理由だ。もし本当に利用価値があり、尚且つまだ死んで貰っては困ると言うのが本当ならまた御前達に接触しに来る筈だ。だからこの王国を一旦出たとしてもまたその男は戻って来るだろうし、1ヶ月と言う長い期間を設けたのは準備の事もあるが……選考会の宣伝をする事でその男を誘い出す為の作戦でもあるんだ」
「ふぅん……そうそう都合良く行くかしらね?」
何だか自分達が囮に使われている様な気がして、美智子まで不機嫌そうな口調になった。