87.メリットとデメリット
王都に戻る前に、麓の村で一夜を明かした騎士団。
賢吾と美智子も例に漏れずなのだが、その一夜を明かす時にこんな質問を美智子が賢吾にしていた。
「ねえ賢ちゃん、私、どうしても気になってる事があるの」
「何だ?」
「あの大きな怪物と戦っていた時、賢ちゃんが崖の下に落っこちて行ったのを私が見て……もうダメだと思ったの。でも……私があの男に連れて行かれそうになった時、賢ちゃんが後ろから現れた時はまるでヒーローみたいだったわ。どうやって崖から戻って来たのかなって」
「ああ……あれは本当に奇跡だったよ」
「奇跡?」
不思議そうな顔で美智子が聞けば、その時の事を思い出しつつ神妙な表情で賢吾が話し始める。
「あれは俺の体重が軽かったから助かった様なもんさ」
「え?」
「具体的に言えばあの崖の途中に木が生えててな。俺があいつに落とされた時、運良くその木の近くに落ちたんだ。そうで無かったら月明かりに照らされたその木の枝を無我夢中で掴んでから這い上がる事なんて出来ずに、そのまま崖下の川に叩きつけられていた筈だ」
美智子にはにわかに信じられない話だったが、考えてみればそれなりの太さのある枝ならば賢吾の体重でも支えられるだろう。
小柄な体格で体重も軽い事が功を奏し、木の枝にぶら下がっても折れなかったのである。
自分の体格に感謝して事無きを得た賢吾は、公園で見かける「うんてい」の要領でかなり太いその木の枝を伝って自力で崖から這い上がる。
夜の闇で崖の様子は見え難いものの、月明かりをライト代わりにしてしっかりと木の幹を踏み台にして崖を登る事に成功。
(まだ……まだ、こんな所で死んでたまるか!!)
色々と謎が残ったまま死ねない上に、今まで散々「地球に帰りたい、地球に帰るんだ」と言う強い意志を持って行動して来た自分がこんな場所で朽ち果てる訳には行かないし、何より幼馴染の美智子を1人にするのは賢吾にとってまっぴらゴメンだった。
崖から這い上がった賢吾は、美智子が男に連れて行かれそうになっているのを見てこっそり忍び寄り……最終的にはワイバーンに助けられてしまったものの男を崖の下に落とす事に成功したのだった。
「この時ばかりは自分の体重に感謝したよ。仮に俺がボディービルダーみたいな筋骨隆々の体格だったら木の枝が耐え切れなかっただろうな」
今の時代では「背が低い男はモテない」とか言われる事もあるし、戦う時はリーチ不足とパワー不足に泣かされて来た賢吾も、意外と背が低かったり体重が軽いと言うのもデメリットばかりでは無いらしいと考える。
「成る程ねぇ。今回みたいに体重が軽いから命が助かったって事もあるし、その他にも例えば何処か狭い場所に隠れたり、敵が通り抜けられない様な狭い空間をすり抜ける事が出来たりしそうね」
「車では入れない路地も、バイクでは入って行けるみたいなもんだな」
「上手いわね、その例え」
イメージしやすい例えを賢吾が出した所で、美智子はレメディオスが言っていた事を思い出した。
「そう言えば、レメディオスが王都に戻ったら何かをするって言ってなかったっけ?」
「あー、そう言えばそうだったな。1ヵ月後を目処にして何かをやるって話をしてたけど、それが何なのかまでは分からないな」
今回の事件の後処理をしてからになるだろうが、賢吾と美智子がチラッと聞いた話によると何でも大掛かりなイベントらしいのである。
「俺達にも関係あるのかな?」
「さぁ? 私はレメディオスじゃないからあの人が考えている事までは分からないわ。私達に関係があるのならその内に何か連絡があるでしょ」
「それもそうだな」
確かに美智子の言う通りだと納得する賢吾だが、そう言えばこんな事を言われていたのも思い出した。
「あれ、でもさ……レメディオスはこうも言って無かったか?」
「何?」
「1ヵ月後に向けて身体を鍛えておけ、って」
「あっ……」
そう言えばそんなセリフを言われた気もする。
その時は「1ヵ月後に大きなイベントを王都で開催する」と言う事が大きく頭に残っていたが、わざわざ2人にレメディオスがそうアドバイスするのであれば、やはり1ヵ月後のイベントは何かしら自分達にも関係があるのでは無いか? と思ってしまう。
「身体を鍛えるってなると、身体を動かす事に関する話なのかしら?」
「そうかもな。美智子は確かRPGのゲームとか小説とかに詳しかったよな? こう言う場合に何か思い当たる話の展開は無いか?」
そう言われてもゲームと現実の話は違うんだけどね、と前置きをした上で美智子は思いつく1つの展開を言ってみた。
「そうねぇ……王都で大きなイベント、それから身体を鍛えるってなると武術大会とかの競技かしらね?」
「武術大会か……」
日本拳法の大会に出ていた賢吾にとっては、武術大会と言う単語は何だか懐かしい響きだ。
「と言っても武術大会がメインになる話って、ゲームと小説とかで大分変わって来るのよ。ゲームだったらメインのストーリーに絡まずに参加しなくても先に進めたりするけど、小説とかだったらストーリーのチャプターの1つだったりするわね」
「そうなのか」
美智子がプラスアルファで話してくれたゲームや小説の例の部分を、サブカルチャー方面に疎い賢吾は何処か冷めた目つきで彼女を見ながら聞くのだった。