86.召喚獣
「追撃部隊を編成させてそのワイバーンを追い掛ける。ここからは私達に任せておけ」
これで確かあのフードの男に遭遇するのは3回目だし、行動理念がさっぱり分からない以上は何としても捕らえなければならない。
賢吾と美智子の証言を基にして、ワイバーンが飛び去って行った方向に追撃部隊を編成しようと思っていたレメディオスなのだが、この夜の闇でアバウトにしか伝えられないのが賢吾にとってはもどかしい。
それに本来であれば賢吾と美智子は大人しく待っていなければならなかった筈なのに、勝手な行動をして自分達が命の危機に晒されたと言うのは騎士団からすれば見過ごせない行為なので、騎士団を代表してレメディオスから苦言を呈される。
「御前達は確かに良くやってくれた。魔物が消えたのも御前達のおかげだと言うのは迎えに行ったクラリッサから聞いている。しかし、私達も騎士団の責任と言うのがあるのでな。今後はこう言った行動は控えて貰いたい」
勝手な行動をされて怒りたい気持ちはあるのだが、賢吾と美智子が活躍した事によって無限に襲い掛かって来ていた魔物は事実だし、主犯のあの男も捕まえる寸前まで行ったし、何よりあの大きな魔物のアディラードを出て来られなくしたと言うのはこれ以上騎士団に対しての被害を無くすと言う事になるので余り強くは言えないのだ。
こうしてロルフがリーダーで追撃部隊を編成してワイバーンの追撃をし、レメディオスとクラリッサは一旦麓の村に戻って更に詳しく話を聞く。
「その男はこの杖からあの魔物を出していたと?」
「ああそうだ。アディラードって名前のあのでかい奴を、その杖で遠隔操作で操っていたみたいなんだよ」
「遠隔操作……」
あの林の中で折った杖を騎士団で回収し、それを実際にこうして目の前で見せられながらありのままの説明を求められる賢吾と美智子。
「うん、私も見たわ。賢ちゃんから聞いていた赤い光線があの魔物に向かって伸びていたから、間違い無くこの杖を使って操ってたわね。私が人質に取られた時に目の前で見たから間違い無いわよ」
「となると、この杖の中に魔物を出し入れ出来ると言う事か。つまりは召喚獣と言う奴だな」
「召喚獣?」
「えっ、召喚獣!?」
言葉の意味はそのままらしいので何と無く理解は出来る賢吾と美智子だが、やはり魔術に詳しいレメディオスと言う人物にここからはきちんと話を聞いておかなければならないだろう。
クラリッサが驚きの声を上げた事もその賢吾と美智子の考えを大きくする。
「召喚獣って……あの召喚獣の話よね!?」
「ああ。と言っても構想だけで実用化にはまだまだ程遠いのだが……もしそれが本当だとするのなら、その男はこの杖の中から自由自在にその魔物を出し入れ出来たと言う事になるな」
「そんな……それじゃあ、あの男は私達の想像をはるかに超える戦力を持っていたって事になるわよね!?」
腕を組んで唸るレメディオスと、明らかに動揺の色を見せるクラリッサ。
そして話について行けなくなりつつある地球人の2人は、今度は自分達が騎士団に対して詳しい説明を求める。
「ちょちょちょ、ちょっと待って。その召喚獣って言う名前からするとどんなやり方で出現させるのかって言うのはイメージが出来るんだけど、召喚獣って言うのはまだ実用化されてないの?」
率直な美智子の疑問にクラリッサが頷いて答える。
「ええ。これが実現すれば魔物を使役する上で場所を取らずに運用する事が出来る様になるわ。だからその召喚獣の実現に向けて今は各国が研究に励んでいるんだけど、つい最近になってカシュラーゼが実用化したとかしていないとかの情報しか無いのよ」
「えっ……」
「さっき程遠いって話をしてたじゃん」
レメディオスとクラリッサの発言の矛盾に賢吾が突っ込むものの、レメディオスが冷静な口調でそこの言い分を口に出す。
「我が王国ではまだまだ実用化には程遠い。それにカシュラーゼは昔から新たな魔術の技術は実用化をしてから他国に売り込みを掛けに来るから、クラリッサの今の話も噂にしか過ぎん」
いずれにせよ、まだこの王国では実用化されていない魔術のテクノロジーをあのフードの男が使っていた事になる。
「じゃあ、その男はもしかしたらそのカシュラーゼって言う所から来たかも知れないな」
「それは分からないけど……少なくとも、この召喚獣って言うテクノロジーを何故持つ事が出来たのかと言うのだけはしっかり話を聞かなきゃね」
あの男の行動理念も、それから何処の誰なのかも全くと言って良い程に素性が分からない。
更に賢吾や美智子を狙ったかと思えば助けてくれた事もあったので、敵か味方かすらも不明だ。
あの男に関わると謎が謎を呼ぶ事態になるので、まずは一旦王都に戻る事にする。
それにレメディオス曰くこれからロルフの連絡を待ちつつ1ヶ月後を目処にして、王都で別にやるべき事があるらしいのだ。
それが何なのかは王都に戻ってから説明するとレメディオスが言うので、何処かもやもやした気持ちを抱えつつも今は賢吾と美智子も素直に王都に戻る事を決めた。