82.追跡の果てに
「み、美智子!!」
まさか……と最悪の展開が賢吾の脳裏を過ぎるが、岩壁に阻まれた通路の向こうからは美智子の声が聞こえた。
「わ、私なら大丈夫! こっちの道にも通路と看板があるからこっちに進むわ。賢ちゃんは追って!!」
「……分かった! 危ないと思ったら何処かに隠れるなり、すぐに逃げるなりしろよ!」
「うん、気をつけてね!」
美智子の声が聞こえて来て無事だと言う事は分かったし、この状況ではどの道自分は引き返せない事も明白なので賢吾はすぐに立ち上がってたいまつも拾い上げて通路の先に進む。
走り出した賢吾はまた上へ上へと洞窟を上がって行くが、今のT字路で分かれ道はどうやら終わりだった様で残りはずっと1本道だったのだ。
(この先に一体何があるんだ?)
さっき追いかけていた人物が逃げて行ったのはこの先しか無いので、不安な気持ちや引き返せ無いと言う絶望感と戦いながら賢吾は足を動かしてたいまつを片手に進んで行った。
美智子はたいまつと鉄パイプをそれぞれ片手に1本ずつ構えて用心しながら進む。
相変わらずの焼け焦げた臭いは鼻に漂って来るものの、殆ど感じられない位になった。
(上に上って来てからさっきの変な臭いが薄れて来たわね。なら……火元は下って事なのかしら?)
そもそもこの洞窟自体、様々な場所に様々な材料を貯蔵する為に造られただけあってかなり広い。
それでこの今の時点で臭いがすると言うのは、火元が近いか火が大きくなっているかの2つしか考えられない。
(まずいわね。とにかくもう少しだけ進んでみて、何も無かったら私だけでも下に戻りましょう)
まさかたいまつの布が焼けている臭いを勘違いしているのでは無いかと最初は思っていたのだが、たいまつを持たされているのはあの人物を追いかける前からだったし臭いがして来たのは追いかけている途中なのでそれは無い筈だ。
そう思いながら美智子が道なりに通路を進んで行くと、やがて外の空気が入り込んで来る場所に近付いて来た。
「……え……?」
どうやら洞窟の出入り口の何処かに近づいているらしい。
外に出られるのであれば一応の脱出口は確保出来ると思い、美智子は自然と早足になって駆け出した。
一方で美智子と別れて追いかけ続けていた賢吾も、彼女と同じ様に外へと出る事に成功していた。
だが、その視線の先では夜の月明かりに照らされている人間が大きな生物に乗り込もうとしている。
(逃がすか!!)
考えるよりも先に身体が動く。
視線の先で大きな生物に乗ろうとしている人物目掛け、先程天井が崩れて来た時にも何とか無事だったたいまつを投げつける!!
「うわっ!?」
人間、奇跡と言うものはどうやら存在するらしい。
無我夢中で投げたそのたいまつは綺麗な放物線を描き、大きな生物―月明かりに照らし出されたその姿はまさしくワイバーンだった―の飛行を阻止する事に成功した。
厳密に言えば飛び立つ前にその人物の元にたいまつが届いたおかげで、ワイバーンの背中からその人物が飛び降りる結果になったのだ。
同時にたいまつが折れて使えなくなってしまったのもあるが、これで何とかその人物に色々聞き出す事が出来る。
フードをバサリと取って顔が月明かりに照らし出されたその人物の正体は、やはり賢吾の予想通り因縁の人物だった。
「やっぱり御前だったか!!」
「ふうん、まだ死んでいなくて良かったよ」
「その意味が分からないな。あの船の時と同じ……どう言う意味だ?」
最初は自分を襲って殺そうとしたのに、その次の奴隷船の時は船から助けてくれて意味深なセリフまで残している。そして今も。
この男の考えている事がさっぱり分からない上に、ここで一体何をしようとしているのか?
賢吾はそれを自分の言葉で問いかけてみたが、男は更に意味深なセリフを吐いた。
「まだそれを言う訳にはいかないね。でも……もし君が向こうの手先として活動し続けるんだったら、こっちもこれ以上容赦はしないよ!!」
「手先?」
「ああそうさ。その内に騎士団に頼らなくても自分のやる事がこの先、分かって来るんじゃないのかな?」
ますます意味が分からない。この男は頭がおかしい人間では無いかとまで思ってしまう。
こんな男の言葉に惑わされてはいけない。
「騎士団がどうのこうのとか……何処までもふざけた男だ。少なくともここで何かをしていたって言うのは分かるんだ。何をしていた?」
賢吾がそう問いかけると、フードの男は意外な程あっさりと自白し始める。
「あえて村人の目につく様に魔物を進ませ、通報によってやって来た騎士団をこの洞窟の中におびき寄せる。それからこの洞窟の地下にある大元の貯蔵庫を時間で発火する様に細工した魔術で爆破する。その上で洞窟の中で大量の魔物を使って騎士団員達に奇襲をかける。他の貯蔵庫も同じ様に時間差で今頃発火している筈さ」
「何だと!? じゃあ、あのさっきの焼ける様な臭いは……」
「今頃、下は爆発に次ぐ爆発で大騒ぎだろうね。でも、後はここから逃げるだけだったのにまだこうして邪魔されるんじゃあね。本当に……魔力を持っていない人間って言うのは厄介な存在だよ!」
そう言いながらフードの男は右手に持っている杖を空に向かって高く掲げる。
するとその杖の先端が赤く光り、先端から発射された光線が大きな1つの塊を作り始める。
そうして出来上がったシルエットは、紛れも無くあの島で見かけた大きな魔物だった!!