74.北上
「あのフードの男の姿が見えるかも知れないから一緒に来て欲しいの」
「えっ……」
理由はそれだった。
思わず「えっ」と言ってしまった賢吾だが、勿論そのクラリッサのセリフの意味が分からない訳では無い。
最初にあの魔物に出会った後、賢吾がクラリッサと共に船で逃げる時に出会ったフードの男。
あの時の出来事は今でも鮮明にフラッシュバックする。
「そうか、俺だけだったもんな。あの時あいつの姿が見えたのは」
「そう言う事。こっちとしては一般人の貴方達をこれ以上巻き込みたくは無いんだけど、魔術でまた姿を隠されたら何処であの魔物を操っているのか分からないからね」
「操っている?」
美智子はそのフードの男について聞くのは2回目なので、気になった所を質問してみる。
「うん。操っているって言うのはあくまでも予想なんだけど、私と賢吾さんが出会ったあの男があの魔物と無関係とはどうしても思えなくてね。だからその魔物がまた現れたって事になったら、その男も絶対に近くに居る様な気がするの」
そのクラリッサのセリフに続いて、ロルフからもこんな話が。
「あんな魔物は野生じゃ今まで見た事が無いんだ。それはこの王国だけじゃねえ。世界中の何処からもあんな魔物は目撃されて無いって言う報告がすでに届いているから、あれは……俺は良く分からねえな」
自分ではどう説明したら良いか分からないロルフが頭をバリバリとかきむしる横から、レメディオスが代わって説明を始める。
「武器の攻撃は炎で防がれて身体に到達する前に焼かれてしまい、魔術の攻撃も防御魔術が張られているらしくて効果が無い。まさに不死の生物と言える存在だ」
「不死の……生物……」
あの島で出会ったでかい魔物が、今は島を離れて王国内で暴れ回っていると言う話だ。
しかもその生物は武器も魔術もとにかく一切の攻撃を通さず、倒す為の手段が見つからないのだとレメディオスですら頭を抱える。
「そんな魔物をどうやって倒せば良いの?」
誰の口からも出て来そうな美智子の疑問に対して、レメディオスは歯切れが悪いまま答える。
「……私達が今の時点で考えられるのは、その時にクラリッサが出会ったと言うフードの男が何らかの情報を握っていると見て間違いは無いだろう。クラリッサから聞いた話によるとその男はクラリッサや賢吾を狙っていたらしいからな。魔物が王国内で騎士団の駐屯地を狙っていると言う事も照らし合わせると、私達騎士団に対して何らかの狙いがあるのは十分に考えられるから、そのフードの男をもう1度何としても捕まえるのが魔物を倒す為の足掛かりになるだろうな」
「やっぱりその男が関わっているのか……」
賢吾にとってそのフードの男と言えば良く分からない立場の人間だ。
最初は自分やクラリッサの命を狙っていきなり襲撃して来た。
なのに、あの奴隷船に囚われてしまった時には船長とのバトルを手助けしてくれただけでは無く、王都までワイバーンで送ってくれた上に意味深なセリフまで残して行った。
それは勿論騎士団の人間達にも伝わっているのだが、今回の様に騎士団を狙って魔物を使役しているとすればやはりあの男は賢吾にとって敵と言う事になる。
「命の恩人であるのと同時に敵でもあるのよね、こうなって来ると」
賢吾の心の中の思いをそのまま美智子が口に出した結果、ますますこの場に居る5人全員に疑問が沸き起こる。
だが、悩んでいてばかりでは仕方が無いとばかりにロルフが口を開く。
「ええい、今ここでウダウダ考えたって仕方が無えな。とにかく俺達が実際にその不死の魔物の所に向かって、それから色々と考えるしか無えだろうよ」
「確かにロルフの言う通りだ。そう言う訳だから私達と一緒にまた来て貰うぞ」
「あ、ああ……」
「私も賢ちゃんと一緒に行って良いかしら?」
「勿論そのつもりよ。貴女もそのフードの男に助けられたって話だからね」
こうして賢吾と美智子は騎士団の遠征に付き合い、最後に目撃されたと言う北の駐屯地に向かう為に王都から北上する。
考えてみれば北上するのは初めてかも知れないので、北の方には何があるのかをキャンプを張った夜にレメディオスに聞いてみる。
「北の方はソルイール帝国と魔術王国カシュラーゼに面している事もあって、芸術と魔術に秀でた地域だ。今の魔術研究所に勤務している魔術師達も、元々北の方からやって来た人間や獣人が殆どだからな」
「じゃあそっちの方に行けば、もしかしたら地球に帰る為の手立てが見つかるかも知れないわね」
「かもな」
芸術の面はともかくとしても、魔術の力を駆使すればもしかしたら地球に帰れるかも知れない。
王都の魔術研究所にはまだ相談していない事もあって、北の方で帰る手がかりが見つからなければその時に研究所に相談してみようと美智子は決意する。
その一方で、遠征に来たからと言ってトレーニングも欠かさない。
美智子はクラリッサと一緒に体力作りの基礎トレーニング。それから丁度良い長さと太さを兼ね備えた丸太があったので武器術も試しにやり始める事にする。
賢吾はロルフやレメディオスに相手になって貰って、素手で武器に対抗するシチュエーションのトレーニングをしながらその夜は更けて行った。