72.緊急事態
「何か見つかったか?」
「全然駄目ね。賢ちゃんは?」
「俺の方も駄目だ。違う世界の情報なんて全然無いな」
図書室が閉まるギリギリまで2人は調べ物をしていたのだが、結局何の手掛かりも見つける事が出来ずに終わってしまった。
色々と本棚を見て、気になる本を持って来てはひたすら読みふける。
その繰り返しで情報を集めようとしていたのだが、違う世界の話なんてまるで見当たらない。
「やっぱり違う世界から人間がやって来るなんて、この世界では考えられないみたいね……」
図書室が閉まると言うので読んでいた最後の本を本棚に戻し、2人は部屋まで騎士団員の1人に案内して貰って戻った。
「地球だったらこのスマートフォンで色々調べられるんだろうけど、アンテナなんてこの世界に無いだろうしな……」
自分の部屋のベッドの上で、賢吾はスマートフォンをポケットから取り出して自分の目の前にかざしてみる。
荷物の中に一緒に入っていたスマートフォンも共にこうして異世界へとやって来た訳だが、何か本当に役に立つ時があるかも知れないと思って電源をオフにしているのだ。
それは美智子も同じで、同じく自分のスマートフォンを取り出して電源をオンにしてみる。
するとその瞬間、美智子の表情が変わった。
「え、嘘っ!?」
「どうした?」
「アンテナが立ってる!!」
「本当か!?」
まさかの美智子の発言に、慌てて賢吾も美智子のスマートフォンを覗き込むが……。
「……なーんて、そんな都合良く行く訳無いでしょ」
「お前なあ……」
どうやら美智子なりのジョークだったらしい。
ぬか喜びさせやがってと思うものの、色々と調べ物をして疲れただけあって賢吾も怒る気すら起きない。
「でも仮にスマートフォンにアンテナが立ってたとして地球と通信が出来るかは分からないし、まして異世界から帰る方法なんて何処を調べても出て来ないと思うけどな」
「それは言えるわね」
中世ヨーロッパの生活様式を調べたり、野生動物の解体方法を検索出来たりする事は出来るかも知れないが、最終的な目標は地球に帰る事なのでその帰り方を調べたい。
だが今の自分達がこうして実際に体験している事は、地球では空想上の出来事でしか無いのだ。
質問サイトで真面目に質問した所で、ふざけた回答しか返って来ないのは目に見えている。
だったら結局意味無いじゃん……と電源をオフにしたスマートフォンを2人はポケットにしまいこみ、一先ず明日もまた図書室で情報収集をするしか無い、と考えていたその時だった。
ドタドタと部屋の外から騒々しい足音が聞こえて来たかと思うと、いきなりバンッと部屋のドアが勢い良く開かれて1人の人間が部屋に飛び込んで来た。
「御前等、無事かっ!?」
「えっ!?」
飛び込んで来たのは青髪の服騎士団長のロルフ。
だが額には汗が浮かび、息を少し切らせたその様子からするに明らかに只事では無い。
「な、何よロルフいきなり……どうしたのよそんなに慌てて?」
とにかく落ち着いて話してよ、と美智子がロルフに願い出る。
だがロルフの方はそれ所では無い様で、荒々しい口調でとんでもない事を言い出した
「そんな落ち着いてる場合じゃ無えんだ!! お前が戦ったあの分隊のリーダーが居ただろ。あいつが囚人の作業場に護送中に脱走しちまったんだよ!!」
「はあっ!?」
分隊のリーダーと言えば、最初の坑道で賢吾が腕ひしぎ十字固めを決めたあの赤毛の男の事だろう。
その男が脱走してしまったとなれば、リーダーが死亡したあの盗賊団がまた復活してしまう可能性もある。
「その男は何処に行ったんだ?」
「分かんねえ。もしかしたら前にやられた御前の所に行ったんじゃないかと思ってこうして俺が来たんだが、こっちには来てねえみたいだな。じゃあ、とりあえずこの部屋からは出ないでじっとしてろよ!」
また慌ただしくロルフは扉を閉め、部屋を出て行ってしまった。
そのドアの閉まる音がやけに大きく響いた室内の中で、賢吾と美智子はお互いに顔を見合わせて溜め息を吐いた。
「はぁ……全く、何だってこう次から次へと問題が起こるんだ?」
「本当ね。もう頭の中が混乱して来てるから、一旦私達の身の回りで起こっている事を整理しましょうよ」
「そうだな」
前にもこんな事があった気がするが、現状確認の為にもう1度纏めてみる。
「ええと、地球に帰る手がかりは今の所はまるで無しね。手掛かり以外の話だと賢ちゃんがあのウル何とかって女頭目を倒したけど、その部下の分隊のリーダーが脱走して現在捜索中ね」
「それから、俺が最初に見たあのでかくて炎に包まれている魔物が目撃されたとの情報が出ているって事もな。後……騎士団のセキュリティ面の甘さも不可解だし、ロルフとレメディオスらしき人間を見かけた事も未だに気になるし、俺達を襲って来たワイバーンとあの女頭目の関連性も引っ掛かる」
まだまだ考える事は山積みだが、とにかく今は状況が状況なのでこの部屋からは出られない。
脱走したその男が自分達の元に現れないのを願いながら、せっかくだからと室内でも出来る日本拳法のトレーニングを賢吾と美智子は始めるのだった。