6.ファーストコンタクト(前編)
その物体のある場所までは歩いておよそ5分位しか掛からなかったので、思ったよりも早く滝の下に辿り着いた。
しかしながら、その物体の正体を目の前にして賢吾は息をのむ。
見下ろした視線の先には、どう見ても「人間の女」が倒れていたのだから。
何処か少し違和感を覚えるものの、どうやら服装や持ち物からしてこの女は狩りをしにここまでやって来て……倒れている。
目の前で死なれていたら後味が悪いので、一先ず賢吾は声を掛けてみる事にした。
「だ……大丈夫ですかぁ?」
妙に間延びした呼び掛けになってしまったのはこの際気にせず、女から反応があるかどうかを確認する。
すると、ピクリと女の身体が動いた。
どうやら息はある様だ。
「……ず……」
「はい?」
「み……ず……」
どうやら川を目の前にして力尽きてしまったらしい、厳つさの無い柔らかい丸顔に、肩にかかりそうな位にまで伸ばされている茶色の髪の毛の女。
とは言っても賢吾は何か水を入れて飲ませられる様な道具を持っていない。
どうしようかと思っていると、女の手のそばに水筒が落ちているのが目に入った。
なのでその水筒を手に取り、川の水を汲んでからうつ伏せになっている女の身体を両腕でぐいっと持ち上げ、仰向けにさせて水筒の水を女の口へとゆっくり流し込む。
少しこぼしながらも喉が上下しているのを見て、賢吾は段々と安堵の表情に変わって行く。
そしてある程度の水を飲み、女はようやく立ち上がれるまでに回復出来た様である。
それでも陽射しが照り付けているとまた水分が奪われるので、一先ず近くの木陰に2人揃って入る。
「ありがと、おかげで助かったわ」
水分補給して行き倒れから回復した女は賢吾に礼を言う。
「どういたしまして。ところで何でこんな場所で倒れてたんだよ? その格好からすると狩りをしに来たみたいだけどさ」
率直に感じた疑問を賢吾がぶつけてみるが、その女の答えに質問した彼は自分の耳を疑う結果になった。
「ああ……私は魔物討伐の命令で王国騎士団から派遣されてここまで来たんだけど、他の団員達と一緒にここまで来る途中にその魔物に襲われちゃってね」
「……はい?」
まずい、この女の言っている事がまるで理解出来ない。
今自分は何を聞いた?
魔物討伐だとか騎士団だとか、明らかに聞き慣れない単語が出て来たのが分かった賢吾は、ほぼ反射的にこう口に出した。
「えっと、何言ってんの?」
「え……だから、私は騎士団の仕事でこうして魔物討伐にやって来たんだけど……」
何度聞き直しても返って来る答えは一緒の様だ。
そこで、思いついた可能性を素直に賢吾はぶつけてみる。
「さっきから騎士団だの魔物だのって言ってるけど、ここは一体何処の国なんだい?」
素直な気持ちでそう尋ねる賢吾に対し、女はキョトンとした後に
「何処……って、シルヴェン王国に決まってるじゃない」
「んん!?」
そんな国の名前を聞いた事があるか。いや、無い。
心の中で自分自身への質疑応答を終えた賢吾は、何処からか襲い来る嫌な予感と戦い始める。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ。それって6大陸の何処にあるんだ?」
シル何とか王国なんて聞いた事が無い。
賢吾も地球上にある国々全てを覚えている訳では無いので、もしかしたら自分の知らない国がまだ何処かにあるのかも知れない。
そう思いながら彼は質問をしてみたのだが、女の答えは賢吾の予想から大きく外れてしまった。
「6大陸? 何言ってんのよ、この世界に大陸は3つしか無いでしょ?」
「はい!?」
いやいや、どう考えてもそれはおかしい。
「そっちこそ何言ってんだよ!? 良いか、ユーラシア大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸、そして南極大陸の合計6大陸ってのが常識だろ、地球のよぉ!!」
賢吾はブンブンと首と左手を横に振りながら、地球の常識を女に伝える。
これで予想外の返答が来たら流石にどうしようか、と思う賢吾の目の前で、賢吾よりも若干年下の様な気がする顔立ちで、皮の鎧らしき物を着込んだ茶髪の女はこう返答した。
「それ、何の神話の話なのよ? 1つも聞いた事の無い大陸の名前なんだけど、貴方はこの世界の常識も知らないのかしら?」
バカにされている様な……いや、あからさまにバカにしている様なその口調に賢吾はムッとした口調になる。
「常識? 常識が無いのはそっちの方だろう? こんなの地球に住んでいる文明社会の人間なら誰でも知っている事だぜ? 学校でも習うだろ? まさか、文明社会の人間じゃないとでも言いたいのか? それとも俺をバカにしているのか?」
一気にまくし立ててしまったのはこの女の常識の無さに対しての怒りからなのか、それとも何かがおかしいと思い始めている焦りからなのか賢吾には自分で分からなかった。
いや、もしかしたら両方かも知れない。
「地球って何よ?」
そしてこの回答が返って来た時、賢吾は思わず右手で自分の顔を覆って溜息を吐き、頭をブンブンと振った。
「……今、目の前グニャってなった……ちょっと待ってくれ。何か話がおかしくないか?」
「うん、私もそう思うわ」
さっきからこの女は淡々とした口調で受け答えをするので、余り感情の起伏が無いのかも知れないと賢吾は思う。
とにかく文明社会……少なくともスマートフォンでの通話が出来る場所まで出られれば何とかなるかも……と考えていた賢吾の耳に、新たな足音と人の話し声が聞こえて来たのはその時だった。