68.予期せぬ遭遇
「あっ、鍛錬場に来ちゃったわよ!?」
「あれ、でもここの鍛錬場って何時も使ってる場所と違う所じゃないか?」
入り口の看板には「近衛騎士団専用鍛錬場」と描かれている。
賢吾や美智子がトレーニングに使っている鍛錬場とは広さが違う。
鍛錬場の敷地を示す外壁が入り口から今まで見えなかったのに対し、この鍛錬場はハッキリと見える程に広さが限られている。
近衛騎士団はエリートなので、選ばれた一握りの人材しかここを使うのを許されていないのだろうとすぐに見当がついた。
この鍛錬場が王城から近いと言う事もあり、有事の際には鍛錬中の騎士もすぐに現場に駆けつける事が出来る様にされているのだろう。
今の時間帯は誰も鍛錬をしていない様だが、こう言う時こそ誰か騎士団員が居て欲しいものだった。
それでも来てしまったからには引き返すしか無いので、2人は別のルートを探す為に踵を返そうとした……が。
「何だい、ここに来てみて正解だった様だねぇ?」
「なっ……」
引き返そうとした2人の目の前に、見覚えのある姿が現れた。
それは見覚えのある女……盗賊団の女頭目であるウルリーカ・シンベリがロングソードをグルグルと回しながら降りて来る。
見た所は彼女1人だけらしいが、他に伏兵が居る可能性も十分に考えられる。
「逃げても無駄さ。今頃私の部下がこっちに向かっているから、逃げた所で捕まっちまうのがオチだよ」
「くっ……」
ただのハッタリかも知れないが、もしそれが本当なら美智子だけをここで逃がすとそれこそまた捕まってしまうだろう。
だったらより可能性の高い方に賭けるだけだ。
賢吾と美智子は鍛錬場の出入り口のドアを閉め、更にカギもかけてドアをロックする。
これで外からの追っ手が侵入して来るのを遅らせる事が出来る筈だが、それは同時にウルリーカと戦うしか選択肢が残されていない事になる。
賢吾や美智子にとって空想上の存在でしか無かったワイバーンを操縦出来る訳も無いので、2人が生き残る道はウルリーカとの死闘を制するのみだ。
「ふぅん、私とやろうってのかい?」
「どうせ逃げても俺達を地の果てまで追いかけて来るんだろうからな。だったらそのリスクを無くさないとこの先の不安も消えないんだよ!」
「私達は奴隷になんかならないわよ。そもそもここは騎士団の領地なんだし、何でわざわざここにあんな目立つ乗り物で降りて来ちゃったんだか? そっちこそ早く逃げた方が良いんじゃないかしらね?」
リスクを考えればわざわざ捕まる可能性の高い、しかもよりにもよって王城に近い近衛騎士団の鍛錬場までワイバーンで降りずに、別の場所で賢吾や美智子を捕まえるチャンスを窺えば良いだけの話なのに。
美智子にそう言われたウルリーカは、ロングソードを持っていない左手を腰に当てながらぽかんとした表情を見せる。
「えっ、私はここまでワイバーンで来てないわよ?」
「は? じゃああのワイバーンは……」
「まあ良いさ。別にわざわざあんた達に話すまでも無い。それよりも私は1度あんた達に逃げられてるんだから、これじゃ次の仕事を回して貰えなくなっちまうよ。捕まえてすぐに逃げられたんじゃあ、私の信用問題だからね! そんな信用を取り戻す為にも、まずはここであんた達をまた捕まえて売り飛ばさなきゃいけないんだ。上手くやれば今回の私の仕事は成功って形でめでたく終わりなんだからねえ!」
そう言い終わると同時に、ウルリーカの左手の中が煌く。
「うおっ!?」
何か嫌な予感がした賢吾が咄嗟に横っ飛びで回避したそのすぐ上を、銀色に輝く投げナイフが通って行った。
それと同時にウルリーカが向かって来ようとする為、美智子が先手必勝とばかりに彼女にパンチを繰り出す。
だがウルリーカはそれを左手でしっかりキャッチしつつも、ロングソードで斬る事はせずに右手のアッパーカットで美智子のアゴを殴り上げる。
ロングソードを握ったままの状態のアッパーカットは、普通に拳を握った状態よりもパワーアップしている。
「げへっ!?」
人間の急所の1つであるアゴにアッパーカットがクリーンヒットし、美智子は後ろに吹っ飛びつつそのまま地面に仰向けに倒れ込んでしまった。
「……くっそ!!」
美智子が呆気無くノックアウトされてしまったのを見て、立ち上がった賢吾が勿論黙っている筈も無く1人でウルリーカに立ち向かう。
実質、これは賢吾とウルリーカのタイマンバトルとなった。
なるべくロングソードを振るわれない様に、ダッシュからジャンプしつつ右足を蹴り出す。
ブロックされても今度は小柄な体格を活かして素早い動きでウルリーカを翻弄しつつ、どうやってこの女を倒すかが賢吾の最終的な目標だ。
と言っても考える余裕は無いので、賢吾はガムシャラに攻めるだけ。
賢吾と美智子を売り物だと考えているウルリーカはロングソードを余り使わず、なるべくキックや急所を外した投げナイフで傷つけない様に戦うと決めているのだが、最悪の場合は手足を斬り落としてでも連れて行く予定だ。