67.油断大敵
何とか上手くワイバーンの足から逃れた2人だが、そのワイバーンは引き続き賢吾と美智子を狙って襲い掛かって来る。
「くっそ、一旦下に下りるぞ!!」
「う、うん!!」
このままでは非常にまずいので、さっさと下に下りて騎士団の総本部を目指すしか無い。
近くの階段から美智子をまずは下に逃がし、続いて賢吾も地上部分に下りてダッシュする。
建物と建物の間ならばスペースの確保が出来ずワイバーンの体格だと迂闊に降りられないので、空中から狙われる危機は一時的に避けられる。
だが地上は地上で、先程賢吾が物干し竿で突き落とした追っ手達がまだ居る為にモタモタするのは命取りだ。
アメリカのカーチェイスの様に地上ではパトカーの集団に追われ、空からはヘリコプターで逃げられない様に追われ続ける犯人の気持ちが今では良く分かると賢吾は思ってしまう。
だったらその犯人(?)の気持ちになって、どうやって逃げおおせるべきか?
(何処かに隠れるか、もしくはこのまま騎士団の総本部まで突っ走る!)
この2つしか咄嗟に思い浮かばなかったものの、考えてみると隠れるよりかはワイバーンの脅威を考えてみても安全な場所まで逃げ切ってしまう方が良いだろう。
無理に隠れてもワイバーンから見えてしまう位置で隠れてしまえば地上部隊に連絡が回るし、隠れるまでに捕まってしまったらそれで全てアウトだ。
やはり場所がここからすぐ近くと言うのもあって、さっさと騎士団の本部の建物に入ってしまえばそれで良い。
出入り口が遠目にもう見える所まで来ているのだから。
「人混みだ、人混みを利用しろ!」
「う、うん!」
メインストリートの人混み、それから自分の小柄な体格を利用して器用に人混みをすり抜ける2人。
パワー不足には文字通り「死ぬ程」泣かされるが、こう言うシチュエーションでは逆に自分達の小柄な体格が大きなメリットだ。
デメリットばかりでは無いのを大いに実感しつつ、目の前に見えて来た総本部の出入り口を目指してひたすら突っ走る。
賢吾だけでは無く、美智子だって東京に出て来て通学と通勤のラッシュに身体が慣れた人間なのだから。
結局は時折り他の通行人にぶつかりながらも、意外な程に何事も無く騎士団の総本部まで辿り着く事が出来た賢吾と美智子。
しかしまだ油断は出来ない。
「くそっ、そう言えばレメディオスもロルフもクラリッサも居ないんだよな!?」
「あっ、そう言えばそうね!」
そう、自分達が追い掛け回されている理由を知る者が騎士団の中にどれだけ居るか。
1度誘拐されている事もあって、クラリッサの口から騎士団にその事がどれだけ伝わっているかがキーポイントだろう。
大部隊であればある程、その末端まではなかなか命令も報告も届きにくいもの。
総本部の建物であると言う事、あの女盗賊団のネームバリュー、そして自分達と女盗賊団の事件からまだ時間が余り経っていない事を全てひっくるめて、希望と不安を込めながら賢吾は騎士団総本部の出入り口の横に立っている騎士団員に助けを求める。
「た、助けてくれ! 追われてるんだ!」
「えっ?」
賢吾が話し掛けた騎士団員の反応からするに状況が呑み込めていないのは明らかだが、それでも必死さをアピールして警備を強化して貰う様に伝えつつ建物の中へ。
「部屋に篭っていよう! そして1歩も出るなよ!」
「そうね!」
自分達の部屋に向かい、ひたすら閉じ篭るしか無い。
今の自分達が頼りに出来る存在と言えば、この世界にやって来てから色々と世話をしてくれた王国騎士団の人間達しか居ないのだから。
だが、こう言ったパニック状態の時に冷静に行動出来る人間は限られている。
賢吾はどちらかと言えば冷静な方なのだが、美智子を従えながら部屋へと突き進む過程でとんでもない事に気がついてしまった。
「……やばい……」
「どうしたのよ?」
「道に迷った!」
「ええっ!?」
妙にテンポの良い会話ながらも、笑える状況で無いのは確かである。
考えてみればこの総本部の建物に来てからまだそんなに時間が経っていない。
それに加えて総本部、と言うだけあって建物だけでも大学のキャンパスをおよそ3倍は広くしたであろう面積がある。
本部の建物以外にも屋外の鍛錬場が幾つもあるし、魔術研究院の建物も併設されているし、何より騎士団の敷地のそばには何かあった時に何時でも駆けつけられる様に王城がそびえ立っている。
これだけの広い敷地を数日で全て覚えろと言うのは賢吾と美智子には無理な話なので、迷ってしまうのも無理は無い。
とにかく覚えている限りでも自分達の部屋に向かおうとする2人だが、その焦りから更に進む方向を誤ってしまう。
「やばい……完全に迷った……」
「と、とにかく1度入り口の方に戻りましょうよ!」
「駄目だ! 入り口からあいつ等の追っ手が来るかも知れないんだぞ!」
「じゃあどうしろって言うのよ!?」
「俺に聞くなよ! 今考えてるんだから黙ってろ!」
「考えても分からないから言ってるんでしょ!?」
「うるせえな、ちょっと口閉じてろ!」
言い争いにまで発展してしまった2人は、その足で何時の間にか鍛錬場までやって来てしまっていた。