64.駆け引き
翌日、例の分隊のリーダーを取り調べに行く前に賢吾が自分のアイディアをレメディオスとロルフにも話してみる。
結論から言えば、驚く程あっさりとそのアイディアは通った。
……いや、アイディア自体に驚かれなかったと言う方が正しいだろう。
「え、やってたの?」
「それ位の駆け引きは私もロルフも今までに何回もやっている」
「じゃあクラリッサもやってたのか?」
「ううん、私は基本的に取り調べには関わらないからやった事が無いし、話には聞いてたんだけどそんなに上手く行くかなって思っちゃっただけ……」
「じゃあさっさと行こうぜ。そいつへの対応は俺達に任せておけ。俺達もその案には賛成だからな」
気まずそうに頭を掻くクラリッサを横目で見つつ、ロルフが取調室への移動を促す。
とにかくこれで、あの分隊のリーダーに賢吾が考えたのと同じ作戦を実行して貰えるらしい。
とは言え、流石に取り調べの場所まで賢吾と美智子が立ち入る事は許されなかった。
クラリッサの見張りつきで再び応接室で待機する事になった2人は、ひたすら取り調べが終わるまで待つしか無い。
「取り調べってどれ位掛かるもんなのかな?」
「さぁ……経験した事無いから分からないわ。クラリッサさんなら分かるんじゃないかしら?」
美智子に話を振られるクラリッサだが、話を振られた彼女は力無く首を横に振る。
「残念だけど私もハッキリと、どれ位の時間が掛かるとは断言出来ないわよ。それこそ10分位でテキパキと済んじゃう事もあれば、3日掛かっても終わらない事だってあるもん。要は取り調べを受けている人間が自白するまでの時間によって違って来るって言う訳ね」
「ああ……それもそうか。例えば日本の警察でもアメリカの警察でも「黙秘権」と言うのが認められているんだけど、そう言うのってこっちの世界にあるのか?」
「日本? アメリカ? 黙秘権?」
「ああ、無いみたいだな。こっちの世界にある国の名前。黙秘権って言うのは喋りたくない事は黙っている事が出来る権利だよ」
「え? そう言うのならあるけど……」
「何だ、あるんじゃないのよ」
日本とアメリカを知らないのは当然として、黙秘権まで知らないと思っていた賢吾はクラリッサに黙秘権の説明をしたのだが、どうやらそれは要らぬ説明だった様だ。
「うん。喋りたくないなら黙って貰ってて結構。でもこっちだって国の治安を守るプロって言う自覚はあるから、事件に関して聞き出せる情報は全て聞き出さないとね」
別に連行した人間の過去の事にまで踏み込む訳じゃ無いしとクラリッサは言うのでそれは同意する賢吾と美智子。
だが、今回はちょっとは過去の話も絡んで来るかも知れない。
「それはそうだが……あの男が入っている盗賊団がどうしてあそこまでの規模を持っているのかって事は聞いておかなきゃならないだろ?」
「それは私も思ったわ。ズケズケ踏み込んで人のプライバシーとか過去を気にするのはハッキリ言って良くないけど、今回の盗賊団の規模とかアジトの場所とかは絶対に聞き出さなきゃ、またあの女は何処に行っても問題を起こすと思うわ」
「それは言えるわね。とにかく今はあの2人を信じて待つしか無いわよ」
それまでは再び今日の分のトレーニングをして待つ賢吾と美智子。
クラリッサは騎士団の執務が色々とあるし、騎士団の建物の敷地から外に出ずに鍛錬場でトレーニングをするなら、取り調べが終わったら呼びに行くからと彼女に言われて今日もトレーニングだ。
そんなトレーニングを始めてまだまだ数日だが、自分からやりたいと言い出した為か美智子は文句も泣き言も言わずに賢吾のトレーニングについて来る。
パンチやキックは基本的なものしかまずは教えずに、ひたすら基礎トレーニングでまずは基礎体力を身につけて行く。
日本拳法もそうだし、美智子が得意としている料理や裁縫だって基礎がなっていなければ良い出来にはならない。
頭で考えるのも大事だが、1番重要なのは「慣れ」でもある。
基礎トレーニングを徹底的に身体に慣れさせる事によって、いざと言う時に素早く身体が動いてくれる様にするのだ。
それでもトレーニング中に気になるのはやはり取り調べの事。
夕方から始めたトレーニングをそれこそ月が昇って夜が更けるまで続けていた賢吾と美智子だったが、何時まで経ってもクラリッサが呼びに来ない。
「取り調べ、長いわね……」
「確かにそうだな。もしかしたら結構長引いてるのかもしれないし、俺達も疲れたから部屋に戻って晩メシ食って、風呂入って寝るとしようか」
「そうね」
クラリッサの言っていた通り、取り調べの時間は今みたいに夜遅くまで時間が掛かる事も珍しくない様だ。
その分トレーニングが出来たので良かったと言えば良かったが、この日々が後何日続くかは分からない。
だから今日はもうトレーニングを終わらせて部屋に戻ろうと思ったその矢先、鍛錬場を出ようとした2人の前にクラリッサが息を切らせて走って来た。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
「あっ、クラリッサ?」
「どうしたのよそんなに慌てて?」
「あの男が女頭目の居るアジトの場所をついに喋ったわ!!」
 




