56.反撃に向けて
「……大体事情は分かったわ」
賢吾と美智子から事情を聞きつつ紙にメモを取っていたクラリッサは羽根ペンを置き、納得した表情を見せる。
だが、当事者である賢吾にはまだまだ納得出来ない事がある。
「でも分からないのは、一時は俺達を襲撃したあいつが今回は俺達を助けてくれたのかって事だよ」
そう、あの状況だったらフードの男が幾らでも賢吾を殺すタイミングがあった筈なのだ。
船の上でドサクサに紛れて殺す事も出来るし、ワイバーンの上から突き落としてしまう事だって。
なのに彼は賢吾を殺すどころか、「君に死なれては困る」と言う意味深なセリフまで残して何もせず去って行った。
それがあの男の行動で最も分からないポイントである。
「賢ちゃんが最初に殺されかけたんなら、その行動は確かに不自然よねえ」
ポリポリと小指で頰を掻きながら、美智子も納得行かない顔つきで呟いた。
「その男はまたワイバーンで飛び去って行ったって話だから、行き先はなかなか掴めないかもね。でも、とにかく無事でまたこうして会えたんだから良かったじゃない」
「ああ……そうだな」
賢吾がもう1人の異世界人を連れて戻って来たとなれば、ロルフとレメディオスに連絡しておかなければならない。
その為、事情聴取よりも先にクラリッサが連絡用の鷹を飛ばしておいた。
これで連絡は済んだのだが、まだこの事件そのものにピリオドが打たれた訳では無い。
この世界の住人では無い賢吾と美智子はこれから先、あのウルリーカとか言う女頭目率いる盗賊団にまた狙われる可能性が高いのだ。
だったら不安の芽は早急に摘み取っておくべきだろう。
「あの女の盗賊団、しっかり捕まえてくれよ」
騎士団員であるクラリッサにそう願い出る賢吾だが、そのクラリッサからは渋い顔と歯切れの悪い答えが返って来る。
「う……うん……」
「どうしたのよ?」
「それがね……あの盗賊団の事について私の方でも出来るだけ調べたんだけど、このシルヴェン王国のほぼ全域で活動しているらしくて、女頭目の居場所も転々としてるらしいからなかなか足取りが掴めないのよねぇ……」
「お、おいおい……そんなネガティブな気持ちをこっちに出されるとこっちまで不安になるよ」
戦いのスペシャリストである騎士団員からの返答がこれならば、余り頼りに出来なさそうだと言うレッテルを貼らざるを得なくなってしまうではないか。
しかしクラリッサの言う事も一理ある、と賢吾も美智子も思う。
地球でも交番や駅の構内に貼り出された指名手配犯のポスターがなかなか剥がされないのと一緒で、各地を転々としている様な根無し草の連中をすぐに捕まえろと言うのもハードルが高い。
美智子の足取りを追って最初に向かった坑道で捕まえたあのリーダーの様に、分隊を幾つも持てるだけの規模があるのだから、下っ端をどれだけ捕まえた所でトカゲの尻尾切りをされて逃げられてしまうのは簡単にオチとして読めてしまう。
その女頭目を捕まえる事が出来れば一気に盗賊団そのものを壊滅に追い込める可能性もあるだけに、彼女の行きそうな場所を考えてみるが……。
「駄目だ、さっぱり分からん」
「私達じゃイメージ出来ないわよ。騎士団員の貴女でも分からないんでしょ?」
「うん。残念だけどね」
「それじゃあ今この場で色々考えても無理よ。私達はあの女の仲間じゃないんだから行き場所なんて分からないわ」
何処かうんざりした様にぼやく美智子だが、そのぼやきを隣で聞いていた賢吾がハッとした顔つきになった。
「いや待てよ? それ……もしかしたら行けるかも知れないぞ!」
「え?」
何が行けるのかさっぱり事情が呑み込めない美智子とクラリッサに、賢吾は自分の思いついたアイディアを口に出し始める。
「そうだよ、分かる奴に聞けば良いんだ!」
「分かる奴って?」
「ほら、俺とあの坑道で戦った赤い髪の奴が居ただろう? 分隊のリーダーとか言う立場の若い男だよ! その男って今何処に居るんだ?」
賢吾の捲くし立てる様な速いペースの疑問口調に、ようやく美智子とクラリッサも気がついた様である。
「えっ、もしかして賢ちゃん……そのリーダーの人にアジトの事を聞いてみるって考えてるの?」
「その男だったら地下の監獄に入れてあるけど、でも無理よ。ここに戻って来てから取り調べをした騎士団員の話だと、彼は凄く口が堅いらしくて幾ら問い詰めても何も話してくれなかったらしいわ」
地球で言う所の黙秘権を最大限に行使しているらしいが、そんな彼の心に隙を見せなければ効果的な尋問とは言えない。
「普通はそうだよな。そうそう簡単に仲間の居場所を供述するなんで事は考えられない。だけど人間は自分の欲には弱いのもまた事実だ。だからそこを突くんだよ」
「欲……?」
それは一体どう言う事なのだろうか?
確かに賢吾はそのリーダーの男と戦った事があるが、だからと言ってリーダーの欲まで知っているとは思えない。
だったらどう言うやり方で女頭目の居場所を聞き出すのか、キョトンとした目つきのまま2人の女は賢吾の次のセリフを待った。