55.意外な乱入者
タルで船内への出入り口を塞いだのが仇となり、船内の狭さを利用した戦い方が出来ない。
鉄パイプを避けて反撃しても、このままではイタズラにスタミナを消耗するだけだ。
(くそ、美智子だけでも何とか逃がしてやれたのは良いけど……)
これじゃあジリ貧だぜと思った瞬間、賢吾の目の前に迫っていた船長の足に矢が突き刺さった。
「ぐぅあああっ!?」
「えっ!?」
突然の出来事に、矢を射られた船長はともかく賢吾も動きが止まる。
船長が取り落とした鉄パイプがカランカランと音を立てて甲板を転がり、自分の目の前まで転がって来たので咄嗟にそれを拾って構える賢吾。
まだ戦いは終わった訳では無いので、最後まで油断は出来ない。
家に帰りつくまでが遠足なのと同じ様に、船長が完全にギブアップするまでが戦いだ。
片膝をついて荒い息を吐く船長を厳しい目つきで見据える賢吾の耳に、その時足音が複数聞こえて来る。
そちらの方に目を向けてみれば、どうやら騎士団員達が騒ぎを聞きつけてやって来た様なのでこれで一安心出来る、と賢吾は息を吐く。
……筈だったのだが、騎士団員と一緒にやって来た1人の人間の姿を見て賢吾は驚愕に目を見開き、そして鉄パイプを構え直した。
「おいっ、何があったんだ!!」
「なっ……」
間違い無い。
若干ウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪の毛に、フードがついている黄緑のコート、弓を背負っていて茶色の手袋にブーツと言う格好の若い男。
その出で立ちは絶対に忘れる事が出来ない、あの最初の島で自分に短剣を突き立てようとした襲撃者である。
「なっ、何でお前がここに居るんだよ!!」
自分に向けて鉄パイプを構える賢吾の姿を見ても、フードの若者は飄々とした顔つきだ。
「話は色々あるだろうが、今の僕は君にとっての敵じゃない」
「信じられるか、そんな事!」
「信じるか信じないかは別にして、このままだと君も色々とまずい事になると思うよ。魔力が無い人間さん?」
「…………」
魔力が無いと言うのは、最初のバトルの時に自分が近くに居たからこの男も分かるのだろうと賢吾は思うが、敵じゃないと言われてもはい、そうですかと素直に信用は出来ない。
「まずいって何だよ?」
「魔力が無いって言うのがばれる事だろう。それが嫌でまたトラブルに巻き込まれたくないなら、さっさとこの場を離れた方が良いと思うよ」
「……」
何処か上から目線なのがムカつくが、それでも彼の言っている事は間違ってはいない。
ここは素直に男のアドバイスに従い、奴隷船の船長以下自分を売り飛ばそうとしていたこの船のクルー達を捕まえるのに夢中な騎士団員達を尻目に賢吾は船を下りた。
船が停泊している何処かの港町の外れまで歩くと、そこには美智子が男の相棒であろうワイバーンと共に待っていた。
「美智子っ!」
「賢ちゃん、無事だったのね!!」
「ああ、何とかな。美智子は今まで何処でどうしてたんだ?」
「この人に助けて貰ったの。あの船の事を話したら、騎士団員を呼んで来てくれたのよ」
そう言いながら美智子はチラリとフードの男を見るが、当のフードの男は無反応である。
そんな男に賢吾はこう聞いてみた。
「何で、俺を助けた? あの矢は御前だろう?」
「ああそうだ。矢を放ったのはここで今、君に死なれたら困るからだよ。僕がね」
「え?」
この男の考えている事が賢吾にも美智子にもさっぱり分からない。
「どう言う事だよ?」
「今はまだ明かせない。さて、それじゃ王都まで送るよ。まだ奴隷市場の連中があちこちでウロウロしてるから、ここに何時までも居るとまずいからね」
そう言う男にワイバーンに再び乗せられた賢吾と美智子は、今度は縛られる事無く王都のすぐそばまで送って貰った。
「じゃあ僕はこれで。また会う事があったら」
「……」
妙に爽やかな笑顔のフードの男だが、賢吾はだんまりである。
そんな彼を気にする素振りも無く、男は再びワイバーンに跨って大空へと舞い上がって行った。
「助けてくれたのはありがとうだけど、何かキザな人ね」
「ああ……とにかく、王都まで送って貰ったんだしさっさと戻ろう」
何にせよ、これで王都まで戻って来られたのは事実なので自分達の無事を報告しに騎士団の総本部の建物まで戻る賢吾と美智子。
だが、そこで待っていたのはクラリッサだけだった。
「あ、あれっ、貴方達!?」
「何とか戻って来たぞ……ああ、紹介するよ。こいつは……」
無事を報告しつつ美智子の事を改めて紹介しようと思った賢吾だが、その前に掴みかからんばかりの様子でクラリッサが問いかけて来た。
「ちょ、ちょっと待って!! ロルフとレメディオスは一緒じゃないの!?」
「え? いや、俺は全然見かけてないぞ。だって俺達は奴隷市場で売られてから船に載せられた後にすぐ脱出したからな」
「ロルフとレメディオスって誰……? 船で手に入れたロープを奴隷商人達の捕縛用に渡した、送って来て貰ったあのワイバーンの人とは違うの?」
「ちょっと待った。3人共まずは話を整理した方が良さそうだな」
その賢吾の意見に女2人も同意し、建物の一角にある応接室でこれまでの状況の整理がスタートした。